2018年8月9日(木)〜8月30日(木) メキシコ3週間よれよれ日記  9日

 よれよれ日記もくじ


 今回のメキシコ行きは、4年前にCAPで行われた催しがきっかけになっている。
 2014年10月26日〜11月1日、メキシコのアーティスト、プリシリアーノ・ヒメーネスさんが「アーティスト滞在プログラムと展覧会、講演会、メキシコ文化体験」で来日し、Q2で死者の日を祝う祭壇「オフレンダ」を制作した。彼が今度は逆に自分の町タカンバロにCAPの人たちを招待して文化交流をはかりたいと発案し、それが実現したのだ。
 この時には、プリシリアーノの他に、日本在住の陶芸作家マウリシオ・マセドさん、メキシコの大学で美術を教えている矢作隆一さんも参加している。矢作さんとは今回、タカンバロで再会した。
 また同じ年の11月22日から28日「apariciones y apariencias~幻影、気配をとらえて~」というタイトルで、メキシコの著名な写真家グラシエラ・イトゥルビデさん、美術家としてメキシコで活躍するはぎのみほさん、建築家のタロウ・ソリジャさんが来日参加し、ワダスもQ2で行われたパーティーで話をした。この3人にも、メキシコシティーのグラシエラ宅で再会することになった。
 プリシリアーノは、2014年の帰国後、タカンバロ市観光担当官になり、従姉妹のマリナを文化担当官として招待した。彼女は2016年からその仕事を始めた。
 帰国後、市当局と交渉し、今回のプロジェクトが具体化する。しかしプリシリアーノは任期を待たず退官。そして去年2017年1月24日、引き継いだ観光文化担当官、マリナ・サルコ・エルナンデスさんから1月18日付けの公式のJapón en Tacámbaro芸術祭決定知らせが届いた。タカンバロ市として公式に決定したとはいえ、CAPからの参加者に対する渡航費は出ず、滞在費用のみを負担するとのことだった。

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マリナから届いた決定通知


 早速、渡航希望者を募り、4月には、角正之(ダンサー)、Hiros(音楽家)、石上和也(音楽家、ラップトップやシンセ)、森田優希子(美術家、パンの照明オブジェ)、平林沙也加(美術家、飾り羽子板/押絵羽子板)、淺野夕紀(美術家、ドローイングやインスタレーション/在ベルリン)、
下田展久(C.A.P.代表/制作担当)の7名が渡航希望を表明。また、6月には渡航を2018年8月の20日間とすることが決まった。その後、石上の都合がつかないということで、岩本象一(音楽家)が参加することになった。
 渡航費用捻出のために文化庁と業務スーパーのジャパンドリーム財団に助成金を申請した。文化庁への申請は却下されたが、業務スーパージャパンドリーム財団から助成を得ることになった。
 以下は、文化庁に提出した下田入魂の申請書である。今回のプロジェクト概要がよく理解できる。

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ジャパン・イン・タカンバロ・フェスティバル
JAPAN IN TACÁMBARO

「ジャパン・イン・タカンバロ・フェスティバル」は、私たちの真摯な友情と芸術文化の交流によって日本とメキシコの絆を強めるため、メキシコと日本の国交樹立130年にあたる2018年に開催する。開催地はメキシコのミチョアカン州タカンバロ、日程は2018年8月10日より31日まで。日本から特定非営利活動法人芸術と計画会議(C.A.P.)の音楽家、舞踊家、美術家を招待する。彼らとミチョアカン州で活動する音楽グループ、エル・グスト・ポル・エルソンとプルエンベグループ、そしてウエウエコヨトゥル舞踊団は、ワークショップやプレゼンテーションを通じて両国の文化を披露しあう。このフェスティバルが互いを芸術的に触発し、友好を深める機会となることを期待している」
・・・Lic. Mauricio Acosta Almanza, Presidente Municipal Constitucional(マウリシオ・アコスタ・アルマンサ、タカンバロ市長)

企画概要;
参加アーティスト:
特定非営利活動法人芸術と計画会議(C.A.P.)からの参加アーティスト
淺野 夕紀/Yuki ASANO(美術家、ベルリン在住)
岩本象一/Shoichi IWAMOTO(音楽家、岡山市在住)
下田 展久/Nobuhisa SHIMODA(プロデューサー、音楽家、神戸市在住)
角 正之/Masayuki SUMI(舞踊家、振付家、神戸市在住)
Hiros(中川博志)/Hiroshi NAKAGAWA(音楽家、神戸市在住)
平林 沙也加/Sayaka HIRABAYASHI(美術家、神戸市在住)
森田優希子/Yukiko MORITA(美術家、神戸市在住)

メキシコ・タカンバロ市の参加団体
Huehuecóyotl(ウエウエコヨトゥル)・・・民族バレエ
El gusto por el son(エル・グスト・ポル・エルソン) ・・・音楽
Grupo Purhembe(プルエンベグループ)・・・プレペチャ民族音楽

開催日程:2018年8月10日(金)より31日(金)まで
会場:タカンバロ市/ミチョアカン州メキシコ合衆国 
 Explanada "Nicolás de Régules" (タカンバロの中央広場)
 Casa de la Cultura "Marcos A. Jiménez" (タカンバロ文化芸術センター)、他

主催:タカンバロ市:HEROICA CIUDAD DE TACÁMBARO. MICHOACÁN
協力:Espartaco Martinez Cardenas、横尾咲子(特定非営利活動法人手をつなぐメキシコと日本)、矢作隆一、特定非営利活動法人芸術と計画会議(C.A.P.)
助成:公益財団法人ジャパンドリーム財団

企画主旨:
「ジャパン・イン・タカンバロ・フェスティバル」は、日本メキシコ外交関係樹立130周年にあたる2018年に両国の絆を強めるため、両国アーティストの友情と交流によって、タカンバロ市が主催するフェステバルである。
日本からは音楽家、舞踊家、美術家などが参加。現地の音楽集団であるエル・グスト・ポル・エルソンやプルエンベグループ、また民族舞踊団ウエウエコヨトゥルと日本からの参加者が、ワークショップを通して互いの文化を紹介しあうことでスタートする。最終公演は、死者を迎える日本の文化である「盆踊り」スタイルの音楽と舞踊の作品を、タカンバロ市民とともに上演する。現地のアーティストの協力を得てタカンバロの伝統文化の調査を行い作品に取り込む。
公演では現地のアーティストやタカンバロ市民も参加し、「盆踊り」は徐々にメキシコ的な音楽と舞踊と溶け合い変容していくだろう。盆踊りのコミュナルな在り方は、現代の舞台芸術作品に革新的なバイタリティーを吹き込み、音楽や舞踊の原初的な動機を再発見することにつながれば、と期待する。
 このフェスティバルは、以前神戸で特定非営利活動法人芸術と計画会議(C.A.P.)が開催した「メキシコと日本、それぞれの視点、移民と文化変容」で来日したアーティスト、プリシリアーノ・ヒメネスの発案によりタカンバロ市で実施されることになった。日本とメキシコ、「お盆」や「死者の日」など似たような民俗行事があり、また正反対とも思える精神性も感じる。3年間両国の関係者で温めてきた企画である。この機会に芸術的可能性と両国友好を発展させたい。
また、今年のメキシコでの震災も、神戸で阪神淡路大震災を体験した我々は忘れることができない。先祖や亡くなった方々のことを思い芸術交流を推進したい。

予定プログラム:
第1部<両国参加者によるパフォーマンス>
8/12(日)  16時より
場所: Explanada "Nicolás de Régules" (タカンバロの中央広場)
概要:日墨の参加団体メンバーが互いに自己紹介のパフォーマンスを披露する。日本側からは音楽と舞踊の新作盆踊りの原形となるものを披露する。

第2部<ワークショップとレクチャー>
8/13(月)〜17(金)
場所:Casa de la Cultura "Marcos A. Jiménez" (タカンバロ文化芸術センター)
概要:タカンバロ側から日本の参加者に音楽、ダンス、伝統文化のワークショップやレクチャーを行う。

8/20(月)〜24(金)
場所は同じタカンバロ文化芸術センター
概要:日本側からタカンバロのみなさんに音楽、ダンス、盆踊り、装飾など教授する。

第3部<盆踊り/死者の日>
8/25(土) 
場所: Explanada "Nicolás de Régules"(タカンバロの中央広場)
タカンバロで用意してもらう盆踊りのやぐらに美術家たちが中心となり滞在期間中装飾をしてゆき、会場を日墨の協力で設営していく。タカンバロ側参加者のダンス、音楽など上演。また、日本側の新作盆踊りを行う。盆踊りは日本でのように市民、タカンバロ側の参加者も誘い、会場全体でひとつのイベントとなる予定。

第4部 <フィナーレセレモニー>
8/26(日)
盆踊りのヤグラや飾り付けなどは解体し、この期間迎えた死者の魂を再び送り返すためのセレモニーを行う。現地で日墨共同で制作にあたる。

出演者プロフィール
C.A.P.からの参加アーティスト

淺野 夕紀/Yuki ASANO(美術家、ベルリン在住)
1984年、兵庫県生れ。2016年〜ベルリン在住。2007年、京都造形芸術大学総合造形コース卒。2007年〜2010年、彫刻家・名和晃平の制作アシスタントを務める。2010年、ノルウェーの版画スタジオのインターンシップに参加。これまで参加した展覧会に、2012年中国広州の53美術館主催の滞在制作、日中美術交流展。同年兵庫県西宮船坂ビエンナーレ。2014年大阪アートコートギャラリーにて評論家や学芸員等が作家を推薦するグループ展「アートコートフロンティア」。2016年ドイツ・ハンブルグにてC.A.P.主催の滞在制作プログラム等。繊細なドローイングとインスタレーション作品を国内外で積極的に発表し続けている。また、若手美術家を中心とした展覧会のプロデュースも行っている。

岩本象一/Shoichi IWAMOTO(音楽家、岡山市在住)
1981年、神戸市生まれ。2005~2008年、インドネシア政府国費留学生としてインドネシア国立芸術大学にてガムランや舞踊を学ぶ。帰国後岡山に移住しジャワガムラン教室を開く一方、様々な場所でワークショップや公演を行なっている。2014年より高松市障害者アートリンク事業に参加。福祉作業施設と共同作業で音楽作品を制作している。また、国内外問わず様々なジャンルのアーティストと共演し活動は多岐にわたる。

下田 展久/Nobuhisa SHIMODA(プロデューサー、音楽家、神戸市在住)
1957年、川崎生まれ。1979年、アルファレコードよりアルバム「ムーンダンサー」でレコードデビュー。1988年、神戸の音響機器メーカーTOA株式会社に入社し、ジーベック設立準備室に参加。1989年、ジーベックホールがオープン、以来2000 年まで、同ホールでプロデュースを担当する。1997年よりC.A.P.(芸術と計画会議)に参加。2002年より旧神戸移住センターでC.A.P.が主催するアートスペースのプロジェクト「CAP HOUSE」のディレクターを勤める。C.A.P. は、2009年より海外移住と文化の交流センターで指定管理者の一員として芸術の国際交流事業を担当している。2015年よりC.A.P.代表。

角正之/Masayuki SUMI(舞踊家、振付家、神戸市在住)
Sumish Living Project主宰、Sumish Dance Company代表、1973年ブレヒト演劇ゼミナールを経て、騙らぬカラダの沈黙に魅了されダンスを始める。1989年埼玉国際創作舞踊コンクール奨励賞受賞、1991年同コンクール最優秀賞連続受賞。1995年阪神淡路大震災で被災後、96年より音と動きの即興対話(Magical Dance Gear)、2000年建築と美術と音と動きの共生する環境場(ZOYD.BA)創造-ZOYD.LOGUE)を始める。また、劇場制作振付作品20作品以上、1998年以降海外アーチストとの芸術共同ワークショップを行う(フランス、スイス、スロベニア、台湾、ドイツ、韓国、他)

中川博志/Hiroshi NAKAGAWA(音楽家、神戸市在住)
1950年、山形県生れ。1981年〜1984年インドのベナレス・ヒンドゥー大学音楽学部楽理科に留学、インド音楽理論を研究。大学のかたわら、バーンスリー(横笛)、ヴォーカルを習う。後にハリプラサード・チャウラースィヤー氏、故マルハール・クルカルニにバーンスリーを師事。自身の内外での演奏活動の他、聲明グループ<七聲会>のプロデューサーとして国内外の舞台公演制作、アジアの音楽を中心としたコンサートの企画制作の活動を続けている。香川大学(99)、 京都市立芸大(00)、神戸山手女子短期大学(01〜04)、 龍谷大学(04〜)、大谷大学(08〜)、佛教大学(13〜)非常勤講師。訳書に『インド音楽序説』(東方出版、1994)がある。

平林 沙也加/Sayaka HIRABAYASHI(美術家、神戸市在住)
1990年、金沢市生まれ。江戸の伝統工芸である押絵羽子板の技術に基づいた似顔絵羽子板を制作している。押絵羽子板は、歌舞伎役者を意匠に、押絵の技法でデザインされた羽子板。家族や友人をモチーフにした作品が多いが、しばしば祖母の着物や友人が所有する思い出の着物などを再利用して作品を作ることがある。
2010年「おてらーと*****」(金沢市こーせい寺)、2011年「乙女の隠れ家」(Full of Beans Gallery/金沢)、2017年「モビール展」(C.A.P./神戸市)などの展覧会に参加。また2014年神戸の摩耶山で開催のリュックサックマーケットに参加。2016年は浅草、浅草寺の羽子板市にも出品した。(北野町「のきさきタコス」メキシコ料理屋でバイト経験)

森田優希子/Yukiko MORITA(美術家、神戸市在住)
1985年 大阪生まれ。2008年京都市立芸術大学美術学部版画学科卒業。パン屋でのアルバイトでパンの奥深さに感銘を受ける。2008〜2015年京都の寝具メーカーにて企画・デザイン業務を手がける傍、自身の製作活動も並行して行う。2016年 モリタ製パン所として独立。本物のパンから出来たインテリアライト、「パンプシェード」の製作・販売を手がける。

メキシコ・タカンバロ市の参加団体
ウエウエコヨトゥル/Huehuecóyotl(民族舞踊)
ウエウエコヨトゥルはメキシコの民族舞踊を踊るグループで、タカンバロ市のプロモーションビデオの映像の一部にタカンバロのプールで行なわれた花の戦いショーにウエウエコヨトゥルも参加するなど、色々な機会に踊っている。舞踊団の中には子供たちのグループもあり、活発に活動している。グループの名前はアステカ文明の神から来ていてウエウエは非常に古い、またコヨトルはコヨーテの意味で、音楽と踊りの非常に縁起の良い神。

エル・グスト・ポル・エルソン/El gusto por el son(音楽)
ティエラ・カリエンテの伝統的な伝統音楽とダンスの保存と普及を目的に2012年末に結成されたグループ。この地の伝統的な音楽の解釈に専念し、前世紀の後半頃の音楽のジャンルとレパートリーを中心に演奏している。この音楽の特徴として歌、ダンスなどが混ざり合い、よくパーティーの時に演奏された。しかしだんだんとその機会が少なくなってきている。グループにはタカンバロとその周辺の若者が含まれ、ティエラ・カリエンテ地域であるグアダラハラ、アルセリア、ビジャエルモッサ、サカテカス、ケレタロ、コアッツアコアルコスとミチョアカンの大部分の伝統音楽を共有している。楽器はギター、コントラバス、ヴァイオリン、時には6番目のギター、ヴァイエラ、タンボリータ、ハープなどを使い、舞台やテーブルでの踊りが特徴的で、この地域の典型的な音楽とダンスといえます。エル・グスト・ポル・エルソンはまだ結成して間もないが、この地の音楽とダンスを楽しむだけでなく、ティエラ・カリエンテ地域の伝統的な音楽とダンスを新しい世代のために保存し、普及する若者のグループだ。

プルエンベグループ/GRUPO PURHEMBE(プレペチャ民族音楽)
プルエンベグループは、プレペチャ民族を継承する家族の一員であるフランシスコ・バウティスタによって1989年に結成された。プルエンベグループはミチョアカン州やメキシコ議会の中でも優秀なグループと認められており、広報活動や民族音楽の普及活動を行なっている。先コロンビア時代からの先住民族の音楽であるプレペチャ民族音楽。この音楽における彼らのレパートリーとその規模は幅広く多様で驚異的だ。彼らは、洗練された繊細さで美しい音楽を忠実に解釈し、昔と現代のプレペチャ民族音楽を再現している。創始者であるフランシスコ・バウティスタによる継続的な研究の成果がこのアンサンブルには息づいている。ミチョアカン州のパラチョは音楽的な情熱を持ち、創設者は故郷のその音楽を世界のあらゆる場所に広めるために研究を行っていた。
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CAP音頭

 2017年10月5日、渡航者による最初の打ち合わせが行われ、メキシコの「死者の日」に近いイベントとして盆踊りがいいのではないか、というようなことが話し合われた。11月16日の会議で岩本象一(以下象くん)作詞、HIROS作曲になる、お国自慢ご当地ソング風の「CAP音頭」が完成しその練習を始めた。その歌詞が以下。


①港眺めりゃ 万国の旗 文化 往来 異人館
ボォーッ ボォーッと汽笛鳴る あゝ麗しき我が神戸

②川を辿りゃ 布引の滝 湧き水 名水  灘五郷
ちびりちびりと酌み交わす あゝほろ酔い我が神戸

③山より眺めりゃ 淡路の国 浜風 松の木、一ノ谷
パリッとパリッと須磨の海苔 あゝ万葉我が神戸

④山を越えりゃ 湯けむる里 夕霧 もみぢ、 湯に浮かべ
カランコロンと下駄は鳴る あゝほっこり我が神戸

⑤空より眺めりゃ 扇の都 潮風 颪 (おろし)、風見鶏
今昔 未来 泰然 と ゆらり 舞い立ち 不死の鳥

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 また、角の奥さんでありダンサーでもある敦子さんに振り付けを依頼し、素晴らしいものができた。
 その後、今年に入って何度か打ち合わせをして現地でのプログラムの詰めや盆踊りの練習、それをマリナさんとすり合わせる作業が続いた。結果的には、申請書の内容とほぼ変わらないプログラムとなった。

渡航メンバーに求められたもの

今回のプロジェクト参加によって渡航メンバーに求められたのは、それぞれの持つ専門領域をいかに効果的に披露するか、現地アーティストとの交流からその専門分野にいかにフィードバックできるかということよりも、違った文化に出会ったとき専門分野で培われた柔軟性や適応性をいかに生かすことができるかにあった。何しろタカンバロには公共の劇場や音楽ホール、ギャラリー、美術館もないのだ。
 なので、例えば図画工作や自分がダンスをすることなんてことにまったく縁のなかったワダスが、地元のステップダンスにヘトヘトになり、折り紙や提灯やうちわ文字や切り紙細工などでいかに自分が不器用かを自覚したり、日本でも自ら直接関わったことのなかった盆踊りの指導をしたり、コミュニケーション能力が試されたりした。このような状況では、専門分野におけるプライドが高ければ高いほど、フラストレーションが高まる。
 しかし、日本でもメキシコでも社会やコミュニティーで求められることは、自分の専門分野を発揮することよりもソーシャルなアーティストとしての役割の方がずっと大きい。そういう意味では、今回の交流活動は大げさにいえば、これまでの経験によって培われた総合的適応能力が求められたといえる。専門分野に特化した活動はアーティストとしての本来のあり方かもしれないが、同時にそうした活動をベースとしつつコミュニティーの活性化を促すこともアーティストの役割であろう。今回のプロジェクトで問われたのは後者であった。

タカンバロという町

plaza
タカンバロ 広場

 我々が17日間滞在したミチョアカン州タカンバロ市は、ウィキペディアによれば18世紀初頭に現在のような街区が形成された現在人口約2.5万人の小さな町である。
 低層階の煉瓦造の建物が細い石畳の路地に区切られて隙間なく立ち並ぶ、まるで山の斜面にへばりついたパン生地のような姿をしている。それぞれの建物が密着しているので街区それ自体が1つの建物といえるほどだ。坂だらけの路地に面した開口部が少ないので、間口の狭い小店舗や出入り口のドアの他は白い壁が続く。そのせいもあり、一旦ドアを開けて個人の家の中に入ると、路地からの眺めとは全く異なる光景に驚くことが多かった。
 比較的平らなところに町のシンボルであるカテドラルと2ブロック分の広さのある広場があり、人々の社交生活の中心をなしていた。カテドラルに面した広場には、ミチョアカンを中心にフランス軍と戦ったホセ・ヴィセンテ・ヴィジャーダ(1843~1904)と1865年にベルギー軍のタカンバロ侵攻に対して戦った将軍ニコラス・デ・レグレスの像が建っていた。また先住民族から選出された初のメキシコ大統領ベニート・フアレス(1858~1872)の名を冠した東屋も隣接していた。

villada regules
ホセ・ヴィセンテ・ヴィジャーダ像 ニコラス・デ・レグレス像
city
ベニート・フアレス東屋 タカンバロ 中心部を望む


 町の名前はカテドラルの横に立つ背の高いココヤシ、タカンバからきている。
 広場は陽射しを遮る樹木やコンクリート製のベンチ、噴水などがあり、いつ行っても人々がたむろしていた。ベンチに座っているのは老人が多かったが、家族連れや、まだ若い高校生か中学生くらいの青少年たちも、露天商から買ったアイスクリームを舐めたりタコスを頬張ったりしながら行き交うのだった。
 路肩に駐車された車や狭い道を行き交うトラックや自動車のデザイン、大抵の人が持っているスマホが現代を感じさせるとはいえ、狭い石畳の路地を挟んで縦横に続く街並みは、交通信号が1つもないせいもあって、まるで100年前の世界に迷い込んだような錯覚を覚えさせる。
 メキシコ政府がこの町をプエブロ・マヒコ(魔法の町)と認定したということだが、これといって大きなモニュメントも目を引く建物もなく、時代から取り残されたような佇まいはまさにマヒコ(魔法)といえる。アボカドとサトウキビに支えられて中空に浮かぶ魔法の町。タカンバロはこんな町だった。
 我々日本人が熱狂的ともいえるほど歓迎されたのは、隣のパツクアロのように観光客が年中訪れるわけではない、ポツンと世界から隔離されたような、それでいて完結した人々の生活に、新しい風のようなものを吹き込んだせいもあるかもしれない。とはいえ、一見濃密に見えた人々の歓迎ぶりではあったが、渡航メンバーのそれぞれの個人的活動や背景に関する質問をほとんど受けなかったことは、我々の存在が個人としてというよりも異文化世界から突然やって来たエトランジェのシンボルとして歓迎されたのではないかと思う。

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