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(メンバーが気まぐれに書いています・・・)



5回目  by 長谷川

2月X日晴れ時々曇り所により俄か雨

 kylie minogueをネットで検索したら英語圏の有料アダルト動画サイトにつながって少しへこんだ。どういう意味なんだろう?この人のように好きな曲も少しはあるけれどアルバムを買うほど好きなわけでもない人の曲って以外と多い。アルバム買ったら好きな曲が知ってる曲だけの時の虚しさと言ったらない。そうしてそういう少し好きな曲は忘れていく。慣れって嫌なもので昔ほどいろんな曲を聞いても背中がゾクゾクってことが少ないような..。あ、でもOzzyのI don't know(ライブ版)久しぶりに 聞いたらきたのでめでたしめでたし。いや?なつかしがってあの頃の記憶思い出してるだけか。。

 これから音楽ってどう変わって行くのかなー?とか思ったりする。僕達は当たり前のようにドラムとギターとベースと12の音階使ってポップバンドとか言っているし、これからも言う。僕は有名な曲(多くの人に支持されている曲)が好きな場合が多くて自分が作るにも人に聞かせる場合にも4ピースと言う今の形態は良いと思っている。そして人に聞かせたいと思う気持ちの中には他の誰かでも作ることが出来る曲ならそんな物は聞かせても意味がない ってのが耐えずついてまわる。。。んだけどまーんなことどんなバンドも考えとるわなー(汗)

 そういえばオジーオズボーンは曲を作るときは外部からの情報を全く遮断して本当に自分の中にあるものが出せる状態にするんだそうで、そんなことするには僕等は経験不足だと感じるけれど、出来るもんならそうあるべきだなーと。そう思いつつまた僕は曲を作るのでした。


4回目  by 長谷川

12月X日 晴れ

 コラム書かな過ぎだぞとメンバーに言おうと思ったが、じゃあお前が書けと言う話なので書くことにした。そもそもコラムて何なん?と(辞書引いたら新聞などの縦の欄らしい)おもいきし横文字だし。僕は馬鹿なので辞書は欠かせない。

さてもう今年も終りと言うことで僕の周りの全ての人にまた来年もよろしくお願いしますと呟く。年賀状は書かない。おばーちゃんにさえメールで済ます。本当はこういった年行事、イベントは季節を感じる大切なもんで僕もそういうのは好きなのだが、クリスマスも殆んど一人だったので(10時くらいから1時まで海外に留学している彼女を持つ連れと軽く飲んだ)まあ今年は季節を余り考えるのをやめにする。

 年明けの目標はやりたい事をひたすらやりつつしたくないけれどもすべき事をも無難にこなすという事で。いや、このバンドの今後もそんなに計画的に進めているわけではないが、とりあえず来年もなるべく音楽のことだけ考えて生活しよ。ヒッキーになるけれども。色々な人との出会いでしか産まれないものも多くあると思うが今は一人の時間をどれだけ一つの事に使えるかの方が重要だよな?

 なんか全然面白くもなんともない下手な文章になってしまったので話題を換える(ぐだぐだ)。まあそんで一人でコツコツするのにも他からの刺激が必要なので外にでる機会には極力他人とぶっちゃけ話をしよう。これ大事ね。3年間大学生をして先生を有効に使えなかったことは痛い。但し授業は下手だし他言う事はありきたりの人もいるのでそういった人から必要なことだけ掴むのは難しいなー。僕もそういった人と思われないよう言いたいことを簡潔に述べる練習をしよう。(またテメエの目標かよ)

 だーっ!、こんなんで良いのかコラム。俺。しかし、日本の明日とか世界とか考える気も無し。でもライブに来て貰ったお客さんにはそういう事考えている人もいるのかな?自分のこれからとか恋愛について考える人は多いだろう。(どうしよう、ということはボチボチまた恋愛もしなければ駄目なんでないか?)そんないろいろな人の励みになるようなライブがしたいなー。。。また目標ー!実行しろよ!俺。そして歌詞ももっと様々な心情をわかりやすくまとまった風情のあるものにしてーんだよ。頑張れ俺!負けるな俺!


3回目  by 長谷川

3月××日 曇り

最近ライブ続きで頑張ってるなーと思いつつザゲッツというバンドの今後をよく考えたりする。
さっきレンジで牛乳を温めた。やりすぎで半分以上こぼれた。テンションはがた落ちた。

牛乳をレンジで温めるのは難しい。溢れ出すのは一瞬だ。
あっと思ったら一瞬にして今まで積み上げたものが消えていくことは意外とある。

最近僕はふとした弾みで無くしものをした。普段なら出来ることがすんなり行かない。
でもこんな上手く行かないときの努力や考えが新たな何かを生み出すからいいや。

という明日へのドラッグの宣伝みたいなコラムを書いてみました。
個人的にはかなり思い入れあるんだけどウケはあんましだね(涙)。


2回目 友達  by 大築

 この前高校のプチ同窓会という感じで地方から戻ってきた友達と連日会ったんでその時の様子を・・・

 初日は、飯→カラオケ→ビリヤード とすんなり進むはずだったのだが、「最近の曲が分からず結局昔の歌」「久しぶりすぎてなかなか球を落とせない」と散々のまま時間に。まあ普通の奴と会ったらこんなものか。濃い奴等は後回しやし初日は無事終了。

 2日目は、焼肉食い放題・飲み放題から始まったため皆のテンションは最高潮!恐ろしい勢いで肉と酒を注文し続ける12人(うち4人は2浪中)は店には迷惑な存在だったことは間違いないです。なんせ肉が来る度、網に吸い込まれて空き皿を返す感じやからね。眼鏡を耳から下げて「ケミストリー!」て店の姉ちゃんに言って困らせるやつも出てくるし・・・アホな連中やで。そのままカラオケになだれ込み朝までマラソン!昔の曲で攻めてしのぎきった感じはするが何とか終了。

 皆は帰ったが次の日も別の友達に10時から合うため阪神電車に乗って少し仮眠を取る(高速神戸〜梅田をひたすら往復)つもりだったが「車庫入るで、兄ちゃん!」の声で起こされろくに寝れずに3日目突入。

 小学校(Dr内藤の家の近く)の門を乗り越えてサッカーとバスケをしようとするが体が言うことを聞かない。炎天下の中ゲームを続けるが足にまめができてついにダウン。 飯を食ってからはメンバー増強をしてプールに突撃!メンバーがプール部(名目上は水泳部だが練習よりも遊びがメイン)だったため激しく遊ぼうとするが、ことごとく監視員に注意をされて目をつけられ欲求不満がたまったまま終了。飲み会では顧問(身長150cm位のおっさん)を呼び出してひたすら絡む。奢ってくれたしやっぱり良いおっさんやわ〜。

 その後海岸でジャパンで買い込んだ花火で撃ち合いをし始めたらポリ公が来て「苦情が出てるから帰れ」と言われたので一時的に片付けるがすぐ再戦!相当撃ち込んだが集中砲火を浴びて服が炎上!少し焦る。花火も無くなり最後に打ち上げの筒の中に爆竹を2箱分入れて火を投入して終了。薄れ行く意識の中で麻雀をして全員くたばってやっと眠りの世界へ・・・

家に帰ってからは2日分爆睡し続けたけど疲れが取れん……

やっぱり一緒にアホなことをできる友達は必要やで、皆も遠くにいる友達とも疎遠にならんように気を付けや!


1回目 夏の思ひ出  by 井上

 どうもザゲッツ、Gt.の井上です。この度、コラムを書くことになりました。一応メンバー全員でヒマなときに各自コラムを書き足すことにしたいのですが、なにせズボラなやつが多いバンドなんでコラムを書く人間はそのうち限られてくるだろうと思います。特にVo.の長谷川なんかは絶対書かんのではないかと初回ながら疑ってたりします。まぁメンバーの誰かがヒマになったら更新とかされてると思うんで、思い出した頃にのぞいてやってくださいな。感想とかを掲示板に書き込みしてくれると感無量です。

 さてさて、第一回目ということで何を書こうか...。じゃあとりあえず、今が夏真っ盛りということで、俺の夏の思い出でも書いときますね。夏の思い出といえば中学生だった頃の部活動が思い出されます。実は俺、こう見えても柔道部だったりとかしました。しかもわりと熱心にがんばってる部活だった。毎年団体戦で県大会までは絶対いってたし。で、あの分厚い柔道着で練習するわけだから夏の暑さは尋常じゃなかったりとかします。特に夏休み中は強化練習とか銘打って特別厳しかったり。柔道着を絞ると汗が...なんて毎日でしたね。いやほんとに。でも雑巾みたいな素材で出来た柔道着から汗が滴るってよく考えるとすごいことです。

 そうそう、柔道って体重制限のあるスポーツだから練習の前後で体重を測ってたんですよ。練習前に測って、終わってまた測るって具合に。そしたら、夏は1日の練習で体重が3kg減ってたんですよ!これって今考えると恐ろしい事だと思うんですが...。でも次の日になると2.5kg体重が戻ってました。それでも一日0.5kgのダイエットは着実に進められていました。当時50kg足らずだった俺の夏の終わりの体重は毎年エラい事になってましたね。(笑)

 他にも、夏にもかかわらずわざわざ練習場の窓を閉め切って練習とかもしてました。体力つけるとかって。こいつははっきり言って地獄でしたね。酸欠で軽い記憶喪失に陥るやつとかいました。いやマジで。練習が終わって外に出ると、40℃近いはずの夏の外気がクーラーの風のように冷たかったりしました。一体、練習場の中の気温は何℃なんだったんでしょうか?とまぁそんな事よりたぶん一番迷惑だったのは、なんの関係もなく隣で練習してただけでその地獄に付き合わされた剣道部の皆さんだったんでしょうなぁ。きっと彼らも死にかけていたことでしょう。

 今思えばあの頃、なんであんなに柔道なんてスポーツに夢中だったのか疑問を抱くばかりです。でも今のように恵まれない体格ながら、柔道といういかにも体格の大事なスポーツに挑み、当時レギュラーの座を死守し続けた自分を誇りに思います。そんな当時の「努力と根性」的なものが今の自分を根底から支えているような気がします。ほんと、いい夏の思い出かも。

インターネットで面白いページがあったんで載せときます。
コンビニ店員の爆笑日記。

http://homepage1.nifty.com/ukyou/nisshi.html