武満 徹の映画音楽

かつて、映画音楽なんてものをまともに聴いたことがなかった。
好きな映画があり、その中の曲が好きだから−という程度でしか接していなかった。

変則的な“架空サウンドトラック”として作られた音楽は聴いたことがある。(フランクザッパなど)

武満 徹の映画音楽は架空ではないのに、元の映画を観ずに聴いているからか、オレにとってはまるで“架空サウンドトラック”のようである。いや、観たことのある映画の曲でさえ、そのように聞こえる。

大学時代、アパートでは夜中に隣の部屋に大きな音が漏れるとまずいのでどうしていたかというと、(ヘッドフォンは長く使うと疲れるし)部屋の明かりを消してみたのだ。すると視覚が遮られ聴覚が鋭敏になり、小さな音もよく聞こえた。不謹慎ながらも、ある意味で盲人の方々の感覚に近づいた気がした。

武満 徹の映画音楽を聴いて、そんなことを想いだした。ささやかな観念連鎖かもしれない。

武満氏は映画音楽として創作したのだから、けして映画のディティールを無視しているわけではないだろうが、そんな制約をまるで超えているようだ。越えていながら、映画音楽としても立派に機能している。改めて、そこが彼の凄みだと思い知らされた。

今でも彼が生きていたら、コンピューターを使用して音楽を作ったのだろうか?
今でもジミ・ヘンドリックスが生きていたら、、、いやそれはないわな。


架空のサウンドトラックというコンセプトで様々な音楽スタイルが渾然一体となっている・・・それに挑戦したのが「Themeless & Babel Black」で、muzieで公開中。

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