第6回 南海その2
山里亮太からの留守電は実に礼儀正しい物だった。好感度は益々上昇した。
高揚した気持ちで初電話携帯電話2004 年3月のとある日曜日、
バンド練習終わりに彼らは初めてBar THIRD STONEにやって来てくれた。
両手を高々と上げて入って来たかというとそうではなく、山ちゃんは平身低頭な営業マン風、
しずちゃんはというと委細構わず堂々の入場である。
初めて会うのだがこちらはTVで見てるので親近感がある。
しかし2人は余興の営業に呼ばれたと思っていてまさかの内輪の飲み会風情にビックリしたらしい。
一通りこちらの想いを告げたのだが、山ちゃんは初対面とは思えぬ程うち解けてくれた。
しずちゃんはと言えば横で黙って座ってるだけやったけど(シャイやからね)。
そこから伝説の「サードストーンお笑いショーケースナイト」が開催されて行くのであるが、
その辺の一部始終は山里亮太著「天才になりたい」(朝日新書から好評とまでは言えないが今なお発売中、
735円)に詳しいので未読の方は図書館で借りたりせず是非本屋で購入してご一読の程お願い致します。
この頃、舞台に立つ機会も限られフラストレーションが溜まっていた2人にとって
Barサードストーンは正にサンクチュアリだったんだと思う。
山ちゃんとは彼の夢を聞きながら夜な夜なグラスバーを重ねた。
しずちゃんは、靫公園のソウルダイナマイトにボイストレーニングを受け
身体からは想像がつかない程通らない声が少しでも出るようにと努力していた。
サードストーンバンドと南海キャンディーズ。
アマプロの別やレベルはさておき実にいい出会いが出来たと思う。
この後彼らはご存知の通りこの年の暮れの「M−1グランプリ2004」で準優勝し、
今に至るまでスター街道を突っ走っている。我々も2人の姿に何度勇気をもらった事だろう。
最近はお互い会う機会も減ってしまった。
しかし、あのM−1決勝当日、東京に旅立った2人のカバンの中に
サードストーンバンドのメンバー全員からの激励の寄せ書きが忍ばせてあった事は余り知られていない。
(続く)第7回 初舞台へ












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