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強制連行という嘘

在日朝鮮人を「強制連行などで連れてこられ、日本社会の差別と悪意にさらされながら、民族としての誇りを保ちつつ生きる少数民族」
「差別する多数者とそれに抵抗する少数者」

ととらえる見方は、間違いであると気付くべきだと思います。

徴用拒否


徴用を拒否して日本国民義務違反で強制連行。対等に扱っていた証拠。

強制連行は確かにありました。
これは日本側にも総督府にも資料は残っております。
資料によると計7件。

一番悪質なケースの金某氏は、16回に及ぶ徴用を拒否して、
総督府に強制連行されました。

以上からの結論。
強制連行は犯罪者に対して行う警察用語で、任意同行と逮捕の間の処理です。
・徴用と強制連行は違います。(徴用拒否の結果、強制連行なので)
・日本への強制連行はありません(すべて総督府行き)
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たった7件です。徴用を拒否して収監されたのです。
日本人でも当たり前です。徴用拒否なのです。

大東亜戦争中、日本が、朝鮮人を強制的に本土に連行したとする件。しかしこのような事実は存在せず、在日朝鮮人らの妄言の一つである。

何しろ、わざわざ徴用せずとも、不法な密航により続々と日本本土に朝鮮人は押し寄せたからである。

朴慶植の著書「朝鮮人強制連行の記録」から、朝鮮人の「強制連行」という言葉が広まったとされる。

今では、この本を一次ソースとして日本の教科書にまで掲載され、もって日本人に贖罪意識を受け付ける材料にもされている。
しかし現実には、日本の政府や軍は強制連行はしていない。

つまり「日本による強制連行」は事実ではないデタラメであるが、強制連行そのものは嘘ではない。

実はこの本には、鎌田沢一郎著の「朝鮮新話」が部分引用され、日本軍によって強制連行された、と説明されている。
しかしその元ソースである「朝鮮新話」には次のように書かれているのである。

もつともひどいのは労務の徴用である。戦争が次第に苛烈になるにしたがつて、朝鮮にも志願兵制度しかれる一方、
労務徴用者の割り当てが相当厳しくなつて来た。納得の上で応募させてゐたのでは、その予定数に仲々達しない。

そこで郡とか面(村)とかの労務係が深夜や早暁、突如男手のある家の寝込みを襲ひ、
或ひは田畑で働いてゐる最中に、トラックを廻して何げなくそれに乗せ、かくてそれらで集団を編成して、
北海道や九州の炭鉱へ送り込み、その責を果たすといふ乱暴なことをした。
但(ただ)総督がそれまで強行せよと命じたわけではないが、上司の鼻息を窺ふ朝鮮出身の末端の官吏や公吏がやつてのけたのである。

朴慶植は、最後の「但(ただ)総督が…」以降を伏せて引用し、事実を捏造したわけである。

つまり、朝鮮人強制連行は、朝鮮人が行なったわけである。

戦後、1959(昭和34)年7月13日の朝日新聞の在日朝鮮人がなぜいるのかに関する記事では「大半、
自由意志で居住」「外務省、在日朝鮮人で発表、戦時徴用は245人」と報じている。

「強制連行した」という在日朝鮮人には、次のような質問をすると良いとされる。

  1. 戦後60年間、本国から返還請求がない理由を述べなさい。
  2. 戦後60年間、本国に助けを求めなかった理由を述べなさい。
  3. 戦後60年間、本国が在日朝鮮人を問題視していない理由を述べなさい。
  4. 戦後60年間、自分達で帰国事業を立ち上げなかった理由を述べなさい。
  5. 戦後60年間、日本人に対して返還事業を提案しなかった理由を述べなさい。
  6. 誰によって何時どこへ強制連行されたのか? 詳細を述べなさい。
  7. 下記法務省資料を見て、感想を述べなさい


在日朝鮮人は強制連行と直接関係がない

 在 日朝鮮人がかつての植民地時代に日本によって強制連行された人々、およびその子孫であるという主張は、
在日朝鮮人問題の本のなかに必ずといっていい程出て くるもので、
また何か朝鮮問題に関する集会のなかでも枕言葉のようによく出てくるものである。
九二年の従軍慰安婦問題の集会を見に行った時も、講師の在日 朝鮮人女性が「私の父母は強制連行されてきました」と語っていた。

  私は在日朝鮮人一世の二十人以上から直接に話を聞いてきた。
当然なぜ日本に来たのかということも聞かせてもらってきたのだが、すべて強制連行ではなかっ た。
直接ではなく又聞きの場合も多くあったが、これらもすべて強制連行ではなかった。
強制連行の歴史を訴える在日二世の活動家の親御さんにもお会いして話 を聞かせてもらったが、やはり強制連行ではなかった。

  彼らは、男性の場合はこんな田舎では働き口がなくて生活できない、どうせ出て行くのなら日本に行って一旗あげよう、というような動機であり、
女性の場合も 同様であるか日本で生活基盤を築いた同胞男性のもとに結婚生活をいとなみに来た人であった。
私の聞く限りその動機は、貧しい農山村から東京や大阪といった 都会に流れてきたかつての日本人たちと大きくは違わない。
日本の植民地支配が苛酷で生活が苦しくてやむなく日本に渡って来たのは
「強制」あるいは「半強制 連行」だと主張する人もいたが、これは全くの屁理屈でしかない。

 少なくとも日本の官憲によって自らの意思に反して無理に連れて来られたという人は、
私の知る一世では又聞きも含めて皆無であった。

「強制連行」とは?

  歴史の本をひもとけば、強制連行は一九三八年の「国家総動員法」に基づき翌年から実施された労務動員計画によるもので、
朝鮮では三九年の「朝鮮人労働者募 集要項」(募集方式)、四二年の「鮮人内地移住斡旋要綱」(斡旋方式)、
四四年の「国民徴用令」の朝鮮での適用(徴用方式)による人間の徴発のことであ る。

  私は戦後来日した韓国人牧師から、その時は子どもだったが自分の目の前で畑に出ている人を
無理やりトラックにのせて連れて行った、という話をしてくれた。
「強制連行」という具体的事実があったことは確かである。
しかし朝鮮という植民地における日本帝国主義に人民支配は、朝鮮戸籍や各警察の動向把握でほぼ完 璧と言ってよいものだ。
むやみやたらに、しかも氏素性の分からぬ人間を徴発することは到底できない。
在日朝鮮人問題のパンフで「畑にいる人や道行く人を手 当たり次第に連れて行ったのです」というような文章を
よく見かけるが、それは全くの眉唾と考えてよい。
リストアップされた男性が「徴用逃れ」で逃亡し、官 憲が彼を追いかけた、というのが真相のように思う。

  この時代の大日本帝国は軍国主義で国家総動員体制下にあり、日本人も植民地の人々も
「徴兵」「徴用」「勤労奉仕」「挺身隊」等で戦争のために強制的に駆り 出され、それから逃れようとするのは犯罪だった時代なのである。
朝鮮という植民地のみに、日本や他の植民地(台湾)よりも特別に厳しく人間の徴発を行なっ たということはない。
朝鮮人にだけ「強制連行」という言葉が定着しているのはどういうことなのか、疑問に感じている。

 ところで強制連行されて来日した朝鮮人の数は、四四年末までに約66 万人である。
彼らは単身者で、ほとんどが四五年の敗戦の直後に朝鮮に帰国した。
しかしそれ以前に来日して日本に生活基盤をもった朝鮮人の多くは帰国しな かった。
そうでなければ、戦後に一旦帰国しても生活が苦しいなどの事情によって再来日した人、
密入国者、南朝鮮労働党で活動して韓国の特務に追われて日本 に逃げてきた人、
あるいは自国のパスポートをもって来日した人など、いずれにしても現在の在日朝鮮人は自らの意思で来日した人達である。

 戦後の在日朝鮮人は韓国にはいつでも、北朝鮮には五九年からいつでも帰国することが出来る。
アメリカやカナダなどに移住することも簡単である。
にもかかわらず日本に在住し続けているということは、祖国を含めて世界中の国々のなかから日本を選択したと言わざるを得ない。

 強制連行は過去の話であり、現在の在日朝鮮人50万人と直接に結びつく話ではないのである。

「強制連行」を訴える在日に問う

  「強制連行の歴史」を訴える在日に問いたい。あなたのアボジ(お父さん)・オモニ(お母さん)、
ハンメ(おばあさん)・ハルベ(おじいさん)がなぜ日本に 来たのか、ちゃんと聞いたことがありますか。
チェサ(法事のこと)のときに親族が一世含めて集まると思いますが、なぜ日本に来たのか聞いたことがあります か。
そして、なぜ戦後も日本に在住し続けてきたのか聞いたことがありますか。

「強制連行」の疑問に対する反発

  強制連行について書いた私に対して、とんでもないことを書くけしからん奴だ、という声が聞こえてきた。
私の文章を読みもしないで、お前は何てことを書いた のだ、と批判する人もいた。
私は強制連行の歴史的事実を否定したのではなく、現在の在日朝鮮人の存在が強制連行の結果ではないことを書いたのだ、
と言って もなかなか聞き入れてくれない。読みもしないで、うわさ、又聞きで批判するという姿勢には感心しないし、悪意を感じる。

  こんなことを書いて一体何になるのか、という怒る人もいた。
在日朝鮮人の運動で、私たちは強制連行されてやむなく日本に住んでいる、
その私たちに公務員就 任権や参政権がないのは不当であるという主張が見られたので、それはおかしいよ、と私は言ったのである。
在日一世の身の上話を聞いて、強制連行されて日本 に来たと言う人は、私の知る範囲で誰一人いなかったのである。
在日の権利要求の根拠に「強制連行」をもちだすのは、私は賛成できない。

  在日一世が強制連行でないと語ったといっても本当は強制連行で来たかも知れないではないか、と批判する人もいた。
つまり私に語った身の上話にはウソがある というのである。著作家の尹学準氏は、
戦後密入国した人が講演で自分は強制連行されて来ましたと言うのを聞いて驚いた話を書いている。
こういうウソをつく 人は実際にいるようである。
また二世の活動家で、私の父母は強制連行されてきましたという人がいたが、
実際にその親御さんにお会いしてお話を聞いたが、強 制連行ではなかった。
このようなウソをつく人もいる。しかし逆のウソはどうだろうか。
強制連行されて来た人が、いや私は自分の意志で来ましたと言う場合が あるのかどうか。
自分がそれを確かめていない事例を勝手に創りあげて、私にどう思っているんだと批判するのは、
単に揚げ足を取ろうとするもので、この批判 を繰り返すことはこれもまた悪意を感じる。

  日本の植民地支配がなければ在日朝鮮人は存在しない、不当な植民地支配下にやむなく来日したというのは強制連行に価する、
在日朝鮮人は強制連行の結果だと 言ってよい、という批判もあった。
「強制」はどう考えても「威力をもって人の自由意志をおさえつけて無理にさせること」の意しかなく、
現在の在日朝鮮人が 来日した実際の理由とは全く違う。
またここまで「強制」の意味を広げてしまうのであれば、世界史において植民地支配下にある人が帝国主義本国に行くことは
(例えばヨーロッパ諸国にはアジア・アフリカの植民地出身者が多く居住している)、
すべて「強制連行」ということになりかねない。
欧米の場合は「強制連 行」にならないが、日本の場合は「強制連行」になる、という論理になるのであろうか。

在日朝鮮人は日本渡航と在住を選択した

  くりかえすが強制連行という歴史的事実というのは、三九年以降に国家総動員体制が朝鮮にも敷かれたこと
(徴用令等)や四四年に徴兵制が朝鮮でも施行された ことなどによる人間の徴発であり、
その際に官憲による強引な徴発を受けた人もいる。
しかし、現在の日本に在住する朝鮮人のほとんどは、このような歴史的経 過をもって来日した人たちではない。
彼らは自分や家族のことを考え、植民地支配下の社会あるいは戦後の日韓関係のなかで、
自分なりに最善であろうと思えた 日本渡航の道を選んだ人たちであり、
韓国にしろ北朝鮮にしろいつでも帰国できるのに帰国しなかった人たちなのである。

 「日本に来ていろいろ苦労したけど、住めば都で日本もなかなかいい所や。日本人でもいい人もおればエゲツない人もおった。
それはうちの国の人も同じや。」と私に語ってくれた一世は本心から言ったとしか私には思えず、
「強制された」という被害意識は全くないのである。

(追記)

 拙著自費出版「『民族差別と闘う』には疑問がある」(199312)のなかの一節の再録。
小見出しの追加、数字の訂正など少し加筆しました。

 拉致問題に関連してかつての強 制連行を絡めて、日本も悪い、という論調が根強くあります。しかし両者を同列に語ることは、
拉致被害者が日本に永住帰国せねばならないのと同様に、強制連 行被害者も朝鮮に永住帰国せねばならないことになります。
つまりそんなことを言うのなら朝鮮人は朝鮮に帰れ、という人権侵害の言い方を惹起させるもので す。
事実2
chなどで、そのような投稿が多くなされています。

 「強制連行」は単に歴史上の関心に止めるべきもので、現在進行中の拉致問題とは関係の全くないものです。

(関連の論考)

第17題 「朝鮮人は朝鮮に帰れ」考
http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuunanadai

強制連行」という言葉は戦後にできた言葉です。

当時は、国民徴用令に基づく”徴用” です。日本国民の義務です。

朝鮮半島で徴用がおこなわれたのは、昭和19年(1944年)9月からです。
しかも徴用された朝鮮人はGHQによりほとんど帰っています。無料で帰れました。
現在残っているのは自主的に自らの意志で居る人たちです。

本当に無理やり連れてこられた人は、終戦と同時に国に帰った。
終戦当時の日本は焼け野原で何にもなかった。
一方朝鮮には、日本が残してきたインフラや工場等が無傷で残ってた。

事大主義を持つ彼らにとって日本は朝鮮以下に見えたはず。
そんな場所にずっと居続け、何故帰らなかったんでしょう?


強制連行を論破する】

強制連行されたという在日朝鮮人は,
その証拠を提出し,かつ以下の質問に答えなさい。

・ 戦後60年間,本国から返還請求がない理由を述べなさい。
・ 戦後60年間,本国に助けを求めなかった理由を述べなさい。
・ 戦後60年間,本国が在日朝鮮人を問題視していない理由を述べなさい。
・ 戦後60年間,自分達で帰国事業を立ち上げなかった理由を述べなさい。
・ 戦後60年間,日本人に対して返還事業を提案しなかった理由を述べなさい。
・ 誰によってどこへ強制連行されたのか?詳細を述べなさい。

証拠の提出と質問に対する回答が無い場合,
在日朝鮮人は「違法入国者」の末裔,もしくは当人であるとみなします。
つまり「犯罪者」であるということです。
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鄭大均著、在日・強制連行の神話も参照。

強制連行なんて、真っ赤な嘘ですよ。その証拠に拉致被害者と違って、朝鮮半島
から「在日を返せ!」なんて声は、過去から皆無ですよ
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昭和19年からのは「徴兵」でそ?
ちなみに徴兵訓練校で終戦を迎えた筈。
強制連行」と朝鮮人が主張する中身は、「徴兵」「徴用」「官斡旋」の
3つに大別されて、徴兵はそもそも朝鮮半島から出てさえ居ない筈。
徴用のほうは、今で言う証人とか公社顧問とかになったってこと、
ある程度の拒否も出来る半強制だし家族連れでの勤務も可能だった。
官斡旋に至っては単なる職安・ハローワーク状態なんだがねえ。

某ウリ党前党首の父である重光憲兵のように、「朝鮮人が得点稼ぎにと
暴走して苦力狩りに走った」のと朝鮮人の捏造の複合体が、いわゆる
強制連行」の正体

在日朝鮮人居住人口

1917  在日朝鮮人居住人口・14502人 (内務省調査)
1920  在日朝鮮人居住人口・30189人
1920〜 日本の各地に住み着いた朝鮮人が急増、 付近住民とトラブル  →「朝鮮人内地渡航制限」を実施
1925  在日朝鮮人居住人口・129870人
1930  在日朝鮮人居住人口・298091人
1935  在日朝鮮人居住人口・625678人
1939〜 「朝鮮人内地移送計画」始まる。32万人の労働者が渡日。
この32万人は1945からの帰国船で優先的にほとんど帰国##
1939  福岡のみで毎月200名余りの密入国者
1940  在日朝鮮人居住人口・1190444人
1941  在日朝鮮人居住人口・1469230人
1942  在日朝鮮人居住人口・1625054人
1943  在日朝鮮人居住人口・1882456人
1944  在日朝鮮人居住人口・1936843人
1944 「朝鮮人内地渡航制限」策撤廃により、.12〜1948.8.15にかけて大量の朝鮮人が日本に流れ込む。
1945  在日朝鮮人居住人口・2365263人
1946  密入国者・強制送還者。21420名・15925名 (警察庁調)
1947  密入国者・強制送還者。6888名・6296名
1948  密入国者・強制送還者。8500名・6207名
1949  密入国者・強制送還者。1641名・7663名
1950  密入国者・強制送還者。3612名・2319名
1950<朝鮮戦争勃発>  実は朝鮮戦争の時に密入国した在日が一番多いという話もある
1951  密入国者・強制送還者。4847名・1172名
1952  密入国者・強制送還者。3263名・2320名
1953  「外国人登録法」制定。反対運動の為施行は1955。指紋押捺制度は韓国からの密入国者が
多かった為と、日本経由の北の 工作員対策で韓国政府が強く要請した為に始まる
1953  密入国者・強制送還者。1404名・2685名
1965  「朝鮮人強制連行の記録」出版。この本をきっかけに在日が強制連行と偽り始める
1998  特別永住者(=在日)・52万8450名、一般永住者・2万6425名 (入国管理局調)


強制連行で連れてこられたと思い込む理由
呉:在日の人たちにしても、植民地時代に自分の意志で積極的にきた人のほうがずっと多いんじゃ
  ないですか。強制連行で連れてこられた人たちはほとんど帰ってしまったわけですから。

崔:そこはいいポイントです。事実はまさしくその通りなんです。ところが、そうであるにもかか
  わらず、意識としてはそうじゃなくなっているんです。自分も植民地のときに強制的につれて
  こられたのだと、これはアイデンティティとしてそうなってしまっているんです。

呉:なるほど、意識と実際は違うということですね。

崔:実際は強制されてきたのではなくても、我々は強制されてきたんだという、そういう物語をつ
  くってそれを自分の意識としてもつんです。ここが在日韓国・朝鮮人を考える場合のかなり大
  きなポイントです。(中略)それで一世たちはそういう物語を二世、三世に懸命に教えるんです。

呉:なんのために教えるんですか

崔:民族意識を守り、それを子孫に伝えるためです。
呉善花、崔吉城『これでは困る韓国』1997年

強制連行とは在日朝鮮人の捏造である。

実父母の虐待・貧乏に耐えかねて隣の裕福な商家で住み込み(間借り)のバイトをする。
そんな折、商家が破産の危機に陥ったので実父母の元に帰るよう諭すが居座るバイト。
しばらくして実父母が別居状態になると「両親がよりを戻すまで帰れない。」と言いだすバイト。
それがいつの間にか「誘拐された!!」と騒ぎ出すバイト。
姉達がレイプされたと騒ぎ出すバイト。
他人であるにも拘らず商家の家の問題にクチバシを挟みたがるバイト。
「じゃあ養子縁組する?」と言うと拒否するバイト。


朝鮮での虐待・貧乏に耐えかねて裕福な日本国に来て働く事にする。
そんな折、敗戦になり朝鮮に帰るよう手筈を整えるが居座る三国人
しばらくして朝鮮戦争による南北分断になると「祖国統一までは帰れない。」と言い出す三国人
それがいつの間にか「強制連行された!!」と騒ぎ出す在日朝鮮人。
従軍慰安婦になる事を強制されたと騒ぎ出す在日朝鮮人。
外国人であるにも拘らず日本国の参政権を欲しいと言う在日コリアン。
「じゃあ帰化する?」と言うと拒否する在日コリアン。

こんな感じ。


在日韓国・朝鮮人という存在
http://posting.hp.infoseek.co.jp/sonnzai.htm から引用
 もう10年くらい前の話です。
 ある日私が山手線に乗っていたら、高校生のグループが近くのシートに座っていました。10人くらいいたと思います。その高校生たちはしばらく世間話などをしていましたが、その中の一人が、突然大声でこう言いました。

「今日チョッパリ一人殺そうか?」

 ご存知の方が多いと思いますが、「チョッパリ」というのは、韓国・朝鮮人が、日本人を侮辱する時に使う差別語です。つまり私は全く分からなかったのですが、この高校生達は在日韓国・朝鮮人だったわけです。
 言うまでもなくここは日本です。日本に住んでいて、日本人を侮辱することを、公共の場所で、大声で、堂々と言っているのです。

 そのときまで私は韓国・朝鮮人達に対して、これといった偏見や反感はありませんでした。韓国・朝鮮人達に対する差別は絶対に許されないとも思っていました。いえこのことがあった後も、「これは特別な出来事だ」と思い、その考えは今までも変わりませんでした。

「かつて日本は彼らの祖先に対して、苦痛を味わわせてしまった」
「韓国・朝鮮人が日本人に反感を持っているのはそのためだ」
と信じ込まされていたからです。

 しかし彼らのことをよく調べると、今まで自分が教えられてきたこと、日本がかつて彼らにやってきた残虐非道な行為というものが、まったくのデタラメであったことに気づきました。
 今まで彼らに負い目を感じていたからこそ、そういったことにも我慢していましたが、私は彼らに完全に騙されていました。
 今あの時のことを思い出しても腹が立ってきます。

今私は、在日韓国・朝鮮人に強く言いたい。

そんなに日本が、日本人が嫌いなら、なぜ祖国に帰らないのですか?

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