黄河
黄河の下流域は中原と呼ばれる。この地は黄河文明発祥の地であり、過去に歴代王朝の都が置かれた。
黄河は上流・中流で黄土高原を通り、多くの支流が流入するため、大量の黄土を含む。黄河が流送する土砂は年間16億tと言われ、その土砂により、河口の渤海湾には広大なデルタ地帯を形成している。
下流部は天井川となる。そのため古来よりたびたび氾濫し、大きく流路を変えてきた[1]。第二次世界大戦後、三門峡ダムなど大規模なダムが建設され、大水害は減少した。しかし、1970年代以降、工・農業用水の需要増大に伴って、下流部で流量不足になり、河口付近では長期にわたって断流するなどの問題が起きている。
黄河源頭からオリン湖を展望 |
中国に三江源の言葉がある。長江、黄河、メコンの大河の源流地を意味している。 これらのアジアの大河はいずれも4000m越えのチベット高原のバヤンカラ峠を分水嶺とするところにその源がある。 黄河は全長5464m、巨龍が蛇行するように奔流し渤海に注ぎ、その流域面積は75万平方Kmの中国第二の河である。河は黄土文明を育み、中華文化が花開き、流域に1億1000万も住む中国人にとって母なる大河である。バヤンカラとアムネマチン山脈との間チベット高原の西の端ヤホラダッズエに源を発し、その水は標高4300mのオリン湖、ザリン湖に流れ込む。 現在オリン、ザリンに跨るその小高い山が黄河源頭と定められている。源頭から望む青系統の様々な色を見せる清らかな二つの湖は、二つのサファイヤ・黄河二つの真珠とも称されている。 唐の詩人李白が“君見ずや 黄河の水天上より来たり”と詠み、古来より多くの旅人が源流を求めた黄河、私自身も7年前(2001年)、狭西省の三門狭を奔流する大黄河に圧倒されて以来、蘭州、銀川流域、下流域の済南の黄河を見るにつけ常に源流を見たいと思いをはせていた。 天空の河源はどんなところだろうか。昨今の気候変動は何をもたらしているだろうか。そこに住む人の生活と宗教観は・・・ 今回幸いにも、拙著“沙漠に消えた西夏王国”取材中に知り合った西安住在の任氏の全面協力、ジープでの案内により、その黄河の源頭に立てたので、その一部を紹介いたしましょう。 |
祈りのタルチョが漂う黄河源頭の碑 |
黄河源頭碑からオリン湖を望む 湧き出る積乱雲、抜けるような真っ青な空 まさにサファイヤの湖面 空気が薄いので遠望も凄い、天涯の絶景である。 黄河源頭の碑に巻かれた五色のタルチョ 碑の上部はヤクのツノを表しており本体には江沢民の署名がなされている。五色のタルチョは魔よけと祈りの旗で一度旗が風でたなびけば、一度読経したことになる 視界360、視界度満点 これだけの眺望絶景でシャッターを切ったとがない。いろいろのアングルで撮ろうとするが空気が薄くすぐ息がきれる。 高山病気味のよう身体もだるいが黄河源頭に自分の夢をのせシャッターを切り続けた。 風を受けるタルチョの音が高くなってきた。同行の任氏が「雲が怪しくなったから戻りましょう」と促す。 西に黒雲をみたようだ。高地だから雨足は早く帰路泥の沼地になったら帰れないという。 仕方なくカメラを片付ける。 黄河の一滴はまさにこの地の手の届く雲にある。源流は小川になり支流をたずさへ奔流となり大黄河になる。悠久の流れは人間社会に何を語っているのだろうか。 青海省の省都、成寧から高地順応をかねて青海湖、黄河上流の町貴徳、果洛をへて源流の町マドーにジープで一週間かけて到着。約1000キロ、連なる4000mの山越えであったが、道中そこは大草原の河源への道である。 大草原は目のさめるような緑に覆われ、遠くには黒、白の点のごときに見えるヤク、羊たち、幻のヒマランブルーの青いケシをはじめとする高山植物が百花繚乱、ナキウサギが飛び回りまるで絵本のおとぎの国を思わせる雲上の楽園である。 だがいたるところに祈りのマニ石やタルチョを見るにつけ、ここは祈りの大草原であり神の楽園なのであろう。時たま出会うチベット人は、「高所の旅行に異常ありませんか」と問いかけ、テントでの休憩を勧めてくれる。来世を信じ神とともに生きる優しい人達である。源流の黄河の清き水の流れのように。 |
チベット人祈りのマニ石越しにザリン湖を望む | オリン湖の西側先端には源流の池塘、星宿海方向 |
オリン湖畔に建つ古い寺院ガツエ・ゴンパ | オリン湖の清らかな湖水 |
たくさんの支流が源流に流れ込む 遠方は布青山 | 現流域一帯は野生動物が跳びまわる |
黄河上流と川沿いのタルチョ | |
黄河が最初に相対する黄河第一橋の清らかな流れ | |
マチン街道の風景 遠方は6200m名峰アムネマチン | 人口4万人の黄河上流域の大きな町 マチンのお寺の裏山に掛けられた巨大なタルチョ |
草原のいたるところに建てられるタルチョ 一度旗がひらめけば一度読経したことといわれる |
鳥葬台(天葬台)のマニ石とタルチョ |
1Km以上に渡り、1300年当時の真言が 川に彫られている勒巴勾岩画 |
ジャナ・マニ寺 1億枚以上のマニ石が積まれている |
典型的な牧営のチベット人家族 敬老精神が徹底され、子どもたちも主役 生活は何の難しいことはないという |
青海省の省都西寧から、険しい4000mの山を幾重にも幾重にも 乗り越えて、黄河源流の町人口1万人のマドーにたどり着く |
源頭から戻って4日後中国のTVは成都の異常洪水とここマドー町一帯に真夏なのに30cmの雪が降ったと報じた。オリン湖では16年ぶりの大雪らしい。雪に埋もれて放牧のヤク、羊に食べさせる草がない。これは大変だと報じている。住民の悲しい顔が目に浮かぶ。 世界の異常気象、気候変動は場所を問わず発生してきている。 豊かさを求めて地球の自然破壊を続けたツケが身の回りに迫ってきている。 豊かな人生とは何なのか、自分自身できる事は一歩踏み出さなければと自戒を含めて考えされた。 |
取材 2007年7月 |
ADEOS AVNIRによる中国・黄河の土砂流出
この図は1996年12月13日ADEOS AVNIRにより観測された中国・黄河(Huang He)の河口付近の画像です。中国第二の大河川である黄河は、遙か遠くのチベット高原に源を持ち、延々5,400kmもの大陸横断の旅を経て、ここでようやく海に流れ出ます。文明を生み出したこの大河の流れは、今でも人々や生物に潤いを与え、時には災害を引き起こし、同時に大地を削りながらここまで到達するのです。その名の通り、黄色い河で、この力強さは海に流れ出た直後も確認することができます。
http://4travel.jp/traveler/beijing-niujie/album/10066165/