SASARAPOSARA HISTORY


菅原文太、桂太、映画学校在学中、THE BEATLESにハマる。
文太、「Let It Be」を自分で弾いてみたいと思い立ち、バイトで稼いだ金で 、ポータブルのキーボード(2万円)を購入。
小学校でピアニカを吹いて挫折して以来、楽器に触れる。
桂太、「A Hard days night」を自分で弾いてみたいと思い立ち、バイトで稼いだ金で 、アコースティックギター(2万円)を購入。
買ったその日のチューニング中、一音も出さぬまま弦を切り、途方に暮れる。
初心者ゆえ、張り替え方も分からず、そのまま数日間を過ごす。
同部屋で、お互いの下手な音が耳障りだとののしりあう日々が続く。
文太、ベースを始める。
桂太、エレキギター購入するが、手に入れたのは後にも先にも聞いたことがないうさん臭い メーカーのギターで、
買ったその日にアウトプットジャックの金具が壊れる。
やがてコピーでは飽きたらず、作曲を始める。
卒業後、現在とは別メンバー、別編成でライブ活動開始。
当時は、「インスタントノイズ」と名乗り、本八幡ルート14他で活動。
元はVoや、サイドギターがいたが、メンバーの変動を繰り返し、 結局作曲を担当している文太、桂太自身がVoを取るようになる。
※「ササラポーサラ」とバンド名を一新。

※「ササラポーサラ」とは、東京西多摩地区の方言で、「庭の 雑草、竹藪などを野放しにする、だらしない状態」の意味。

Dr.脱退。双子以外のメンバーが不在のまま、活動が殆ど出来ない暗黒時代が続く。
1999年1月、Dr. 梅本シゲル加入。
新生「ササラポーサラ」として3ピースで活動再開。
1999年6月、CSの某インディーズ番組でグランプリ受賞!
2000年10月、FMラジオ NACK5ライブコンテストでグランプリ受賞!
2001年7月25日、梅本シゲル脱退。
その後、正式メンバーは二人とし、打ち込みのドラム、
女性Dr. マサヨ、ジャズDr. 達也にサポートを受けながら活動を続け、
今現在に至る。


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