JACO PASTORIUS
ジャコ・パストリアスほどジャズ・ファンから過小評価されているアーティ ストはいない。そして、これほどアマチュア・ミュージシャンから過大評価 されているアーティストもいない。 天才とは、そういうものなのだろう。 しかし、このデビュー作が発表された時は、さほど話題にならなかったと記 憶する。当時は、フュージョン＝クロスオーバー・ブームの真っ只中。とに かくテクニック至上主義が蔓延し、その延長線上でしか評価されていなかっ たのだ。当時の俺は、マイルズの "AGHARTA"の録音会場に遭遇したことで音 楽史観の仮性包茎状況から脱却し、どうやら思考的にムケムケ状態になった ばかりであった。リー・リトナーなどという今では死語化したミュージシャ ンを有り難がっている奴等が陽炎のような存在になりはじめたのもこの頃だ。 誤解しないでもらいたい。当時は、昨今のようにジャズ・ファンがロックや ブラック・ミュージックを排除・差別するような空気はなかった。クリエィ ティヴで感性を刺激する音なら、誰もがジャンルの垣根を越えて聴いていた。 しかし、リズムのカオスから紡ぎだされるマイルズの表現行為を体験した時 から俺の体内で何かが変化したのだ。 今もって音の「何か」を追い求めているのは、この原体験故なのかもしれな い。 そうした状況のなかで出会ったのが、このジャコのデビュー作品だった。 表層的には、フュージョン＝クロスオーバーの意匠を纏っているように聞こ えるかもしれない。そして、語義通りにサム＆ディヴのボーカルをフィーチ ャーした<2>やスティール・ドラムを加えた<6>など、 R&Bバンド出身であり 生活費のためにカリブ・クルージングの客船のバンド・マンとして寄港地の ミュージシャンとセッションを重ねた経験から創造された曲は、カテゴリー を拒否しているという意味においてジャズの本質である越境音楽なのだ。 しかし、当時は冒頭 <1>のチャーリー・パーカー作品における集中力の塊の ようなプレイに圧倒された。それは、テクニックよりベースという楽器の概 念を覆した瞬間に出会えた悦びであった。 テクニック的にはＲＴＦ出身のスタンリー・クラークのほうが上手なのだろ うが、エレクトリック・ベースを真にエスタブリッシュさせたのはジャコで あると確信している。 そして、このデビュー作を発表した翌年に加入したウェザー・リポートでの 成功と、それに伴う重圧からか、ドラッグと過度のアルコール摂取を繰り返 すようになり、私生活だけでなくステージ上でも奇行が目立つようになる。 その頃から、取り巻きが櫛の歯が欠けるように離れていき、2度にわたる結 婚・離婚、入院生活など地獄のような毎日を送ることになる。 1987年9月11日、 クラブでのいざこざから用心棒に叩きのめされ、僅か10日 後の21日に惨めな最期を迎えた。僅か３５歳であった。 その後、ジャコの残した音源が大量に出回っているが、ジャコが意図したも のは本作と次作「ワード・オブ・マウス」しかない。誰の思惑があるのかは 知らないが、正当な金が４人の遺児と別れた妻、最期を看取った父親に平等 に分配されていることを願ってやまない。 最期の破滅型アーティストなどと神格化されることを、誰も望んではいない。 彼の魂が癒されていることを願うだけだ。 <MEMO> このLEGACYのリイシュー盤は、24 Bitデジタルリマスター仕様であるばかり でなく、<10><11>の２曲のボーナストラックが追加され、新たにパット・メ セニー（フロリダのジャズクラブのハコバンの同僚であり、ジャコは本デビ ュー作以前にパットのECM作品" Bright Size Life"に参加している）による ライナーとレコーディング時の珍しいセッション・フォトも掲載されている。 もし、あなたが未聴なら<8>だけでもお聴き頂きたい。 <2/Aug./2000>