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JAZZLIFE1990年5月号
●スペシャル、レポート●第二回「長州音維新」1999年10月31日(日)下関市功山寺
(取材・撮影=JAZZLIFE編集部)

音の奇兵隊ランドゥーガ演奏会

“音を楽しむ”究極の即興演奏「ランドゥーガ」
奇兵隊挙兵の地にて爆発!!

その第一の目的は「遊び」にあるという佐藤允彦の発案によるランドゥーガ。「即興で遊ぶ」という前代未聞のコンセプトの下、今回は奇兵隊挙兵の地、山口県下関市の功山寺で行なわれた、その最新型ランドゥーガをレボートしよう。

総勢154人の即興演奏家が集結!

今回のランドゥーガの内容を簡単に説明しよう。楽器は自由。ジャズで一般的に使われる楽器はもちろん、ピアニカ、ウクレレ、もちろん声まで何でもあり。客席で参加した4歳の女の子はぺットボトルにビーズを入れた手製のマラカスを楽しげに振っていたし、ある老夫婦はナベをおたまでガンガン叩いていた。とにかく音の出るものを持って、佐藤允彦のコンダクトのもと即興セッションを行なうというもの。コードはなし。打楽器やベース・セクションには簡単なリズム・パターン。これだけでビ・バップができなくても、リディアン・クロマチックが分からなくても、すべての参加者が「即興演奏者」になってしまうのだ。そんなお祭り騒ぎのようなランドゥーガには、技術を超えた「演奏の喜び」が溢れていた。

第1部では、長州維新太鼓、博多無形文化財の博多金獅子太鼓のカ強い音が鳴り響き、篳篥や笙など日本古来の楽器とコントラバスやシンセサイザーが一緒に演奏した現代雅楽の演奏も実に壮観。リーダーの稲葉明徳が途中、篳篥をソプラノ・サックスに持ち換えジャズを奏でると割れんばかりの歓声が起こった。そしてメインの第2部では、それら和太鼓、現代雅楽の音楽家を含めた即興合同演奏会ランドゥーガの始まりだ。

1998年秋、「つまりランドウーガちゅうのは、音楽の奇兵隊みたいなもんじゃろうが」という“下関のアル・カポネ”の異名をとる主催者の一言がきっかけで、重要文化財になっている奇兵隊挙兵の地、下関市長府川端町の功山寺門下に、50人あまりが集まってランドゥーガが行なわれた(本誌99年l0月号・連載「音楽から見えるもの聞こえるもの」参照。今回はその2回目なわけだが、明治維新前夜、君き志士達が激論を飛ばし、行動を起こしたように、音楽で平成維新を起こそうと、その規模、内容ともにレヴェル・アップ。これまでランドゥーガには、梅津和時(sax)、ウェイン・ショーター(sax)、ヤヒロトモヒロ(perc)など、様々なミュージシャンが参加してきた。今回は、群馬から熊本まで演奏音の輸が広がり、清水ケンG(sax)、前田祐希(vo)などのプロ20人に、アマチュア・ミュージシャン、地元、下関長府地区の中学・高校4校の吹奏学部の生徒ら合わせて154人が参加した。

プレイヤーの裾野を広げるランドゥーガ

指揮を執るのは世界のジャズ・ピアニストにしてランドゥーガの発案者、佐藤允彦。副指揮官には作・編曲家の岩崎大輔があたる。指揮といってもオーケストラのそれを想像してはいけない。佐藤は、無制限だとただの騒音になるからと最低限のルールを作った。簡単なルール。「ここで一発発出す」とか「がちゃがちゃ鳴らせ」みたいな。それを図にしたプラカード(注:記号表参照)を掲げながら佐藤と岩崎は指揮を執っていく。参加者はそのプラカードの絵に会わせて自由に音を出し合う。各々の楽器を用い、独自の解釈で自由にインプロヴァイズさせていく。そうして発生した即興の工レメントを佐藤と岩崎のだす「一定の速度で」などのキューによって場面を展間させ、大きな流れを作っていくのだった。

実際の演奏が始まって、初めのうちはやはり手探り状態だった。100人以上も人がいれば当たり前のこと。みんなの「どうなるの?」という気持ちが音にも表れる。それが次第に、ゆっくりと、ある方向が見えてきて、10分もすると会場全体が同じ空気に包まれ、客席もステージも同じ一体感の中で音が生まれていた。パーカッションで参加したアマチュア・シンガーの女性は「今日初めてきた子供達も、そこで笑ってるおばあちゃんも、今ここで、同じ気持ちで音を出しているこの一体感。ランドゥーガって音楽というよりもそこにいた“人”のことかもしれないと思った」と興奮気味。

20分も過ぎるとこれはもう立派な、見事なアンサンブルが会場全体を包んでいた。ときに佐藤はリズムを変えさせる。そこにはたとえぱ16分音符なんてものはないけれど、「ゆっくり」「速く」といったアバウトさ、猥雑さが逆にスリリングだ。そして今回から取り入れられた合図に「数字」がある。プラカードには「2・3」とか、「l・2」とか書かれている。つまりそれは「レ・ミ」「ド・レ」を表すわけだが、佐藤のコンダクトの確実さもものをいい、素晴らしいアンサンブルが現出した。この時、実際音を出している参加者たち自身が驚きの表情に変わっていったことは見逃せない。「なんかすごいことになっている」。そんな、音楽を演奏することの純朴な不思議を参加者は体験してしまった。

約1時間にわたって繰り広げられた今回のこのランドゥーガ。そのテーマは「即興演奏は誰にでも楽しめる」なのだが、それは確実にプレイヤーの裾野を広げる画期的な試みだ。「音を楽しむ」という正に「音楽」そのものの初期衝動を駆り立ててくれる。帰り際、参加者の高校生のひとりはこう言ったのだった。「ああ、もっとやりたい!」。その言葉には実際に音を出してたみ者のみが知る真なる音楽の喜びが表われている。そこから自分のバンドを組んでもいいし、個人でさらに練習するのもいい、ジャズマンを目指すのも止めはしない。とにかくまず楽器を手にして音を出す。そのきっかけとしてランドゥーガはあった。

2000年には東京で行なわれる予定のランドゥーガ。これがさらに発展すれば一億総プレイヤーというラヴリーな世界が実現する日もそう遠くないかもしれない。


▲定速
全員が同じ速度を感じつつ、各々か考えたパターンを繰り返す。

▲ゆったり
各自のんびりと穏やかな旋律を演奏。打楽器や撥弦楽器はトレモロの強弱で表現してみる。

▲高速
各自が「非常に速い」と言うことを表現する。

▲リーダーに続く
カルガモの子どものようにリーダーに続き、リーダーの音を再現する。

▲一息
各自一息の長さだけひとつの音を続ける。打楽器や撥弦楽器は細かく同じ音をおよそ一息の間繰り近す(トレモロ)。

▲音のウェイヴ
このサインが出された人はウェイヴのように音を出す。

▲一発
合図で1音を短く。二発、三発続けることもある。

▲ソロ開始
この合図でソロの順番に当たる人は、(ソロの座)に移動(リハーサルでソリストと、その順番か決められた)。

▲まばら
各自自由に時々音を出す。一度に1音ないし2音ほど。強弱はまちまち。人数が多くなれば多くなるほど、各自が出す音の間隔は長くなる。

▲全体終わり
全員指揮者に集中し、カッコ良くバシッとキメる。。

※この他に決まっ音の度数を鳴らす記号など数種類がある


▲「打楽器は一定のリズムで」と指示する佐藤。


▲維新を象徴する高杉晋作の銅像


▲「声」で参加したジャズ・ヴオーカリストの前田祐希(右)。


▲将来はプロ・ミュージシャン(?)。プロに交じってクールな演奏をきめる。


▲素晴らしい音色を響き渡らせた長府高校吹奏学部のクラリネット隊。


▲最前列で堂々とした演奏を披露したリズム・セクション&ブラス・セクションのみなさん。


▲終演後も興奮さめやらず演奏を続ける人も。それを見守る佐藤の柔らかな陽光のような笑みも印象的

ランドゥーガ(嵐導雅・RANDOOGA)
ランドゥーガとは佐藤允彦の即興音楽グループ・コンセプトの名称であり、それを実践するグループ名でもある。1990年、第10回ライヴ・アンダー・ザ・スカイのステージでデビュー。そのステージでは、ウェイン・ショーター(ss)、アレックス・アクーニャ(ds)、ナナ・ヴァスコンセロス(perc)、梅津和時(as)、峰厚介(ts)、高田みどり(perc)、岡沢章(b)、レイ・アンダーソン(tb)、土方隆行(g)が参加し、ライヴ・アルバム「ランドウーガ」(工ピック・ソ二ー/現在廃盤)を残した。その後、六本木ピットインのマンスリー・ライヴ、全国ツアーを経て、音楽的変遷を遂げ現在に至っている。ちなみにランドゥーガの名の由来は1971年に佐藤が結成した“がらん堂”〈田中穂積(ds、perc)、翠川敬基(cello)、加藤久鎮(ts)〉をひっくり返したもので、ライヴ・アンダー・ザ・スカイの時、佐藤が5分で決めた。


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