ニュートンに返ろう    
      つりあいと作用反作用(雑誌 Rika Tan 2011年3月号より)

 

はじめに

 教科書で学習する力の内容は不十分です.学習指導要領(COS: Course Of Study)の力の扱いが不十分だからです.

  そのような中で育った私たちの, 力に関する理解も不十分だといえそうです.

  その辺のことを踏まえながら, 力の学習をしてみましょう.

 

1 物体にはたらく力

  水平な机の上に木の直方体が置かれています. これが静止しているとき, この木片にはたらいている力を矢印で描いてみましょう.

  この木片には重力と, 机からの抗力がはたらいています. この<木片にはたらく2力>はつりあっていて, 木片は静止しています. つりあいをいうときには, このように, 力がはたらいている物体を明示します. 力の図を描くとき, 重力の作用点は木片の重心(中心あたり), ぐりぐりと小さく丸く描きます.

  木片にはたらいている抗力の作用点は, 木片と机の境界線に,ではなく, そのすぐ上の木片の中に描きます. この力が木片にはたらいているのをはっきりさせるためです(2).

  机の表面を斜面にし, そこに置いた木片が静止しているとき, これにはたらく力を描いてみましょう.

  まず, 木片の重力です. 重力の作用点は変わりません. 次に木片が斜面から受ける力, つまり抗力です(1C). これは2と同じで, これが正解です.

  木片に3つの力, 重力と垂直抗力と摩擦力を描いた人はいませんか.  普通, これには図1の@,A,Bのいずれかが描かれるようです.これまでの高校物理の教科書では,一つの例を除いて,残りの図の全部がこのタイプでしたから,このように描かれるのは無理からぬことです.

  抗力の, 斜面に関する垂直な成分を垂直抗力, 水平成分を摩擦力と呼びます.

  @では, 摩擦力がこのようなところにはたらくことはありません(*1). Aでは, 木片にトルクがはたらいて回転してしまいます. 垂直抗力は木片の重心を通りません. Bでは, 抗力の分力を描いたのはなぜでしょうか. 木片が静止しているという条件は満たしていますが, 斜面からの抗力(=反作用)を2本描くのは,“斜面と木片の間の摩擦係数が何々(数値が示される)のときには, 傾きが何度になったら木片は滑り出すか”などという, 計算問題のための補助図だからです.

  長年, 私たちが主張してきた図1のCが教科書に掲載されたのは, 2006年頃の三省堂の物理Tが初めてかと思われます(3).   

 

2 弾性力

  直に触れ合わなくても, 物体同士が力を及ぼし合う力は, 万有引力(電磁気力は今回略す)です. この力は重力(*2)とも呼ばれ, 地球上のすべての物体(以後, ものと書く)にはたらいているので, ものを見たら, 重力の矢印をイメージしましょう.

  力の呼び名として, 重力の他に, 抗力, 弾性力, 張力, 摩擦力, 浮力, 電気力, 磁気力などが教科書に出てきます. <何々の力>と表現される力も出てきます. しかし, このような呼び方には, 注意が要ります.

(1) それは, その力が単独で存在するかのように錯覚されることです. 物理的な力は作用ですから<保有される>ことはありません.

  しかし, 日常では, <力を持っている>という観念が一般で,体力がある, 学力がある, 魅力がある, 政治力がある, などという使われ方がされます. 誰かが, 何かが(生物でなくても), そのような力を持っていて, 必要なときに,はたらかせる, あるいは使う,ということになります.

  テクニカル・タームでも, 遠心力, 抵抗力, 推進力などは, 誤って使われがちです.

(2) また, 力が<何に>はたらいたのか, <何から>はたらいたのか, が曖昧になることです. 物理的な力は“ものとものとが及ぼし合う作用”なので“二つのものと二つの力がセットで存在する”のです.

  これを弾性力で見てみましょう. 例えば, バネにおもりが吊るされている場合です. バネの弾性力とは, バネが触れているもの(ここではおもり)を引く(あるいは押す)力をいいます. ところが, ここではバネとおもりが引き合っているので, バネがおもりを引く力が弾性力なら, おもりがバネを引く力も弾性力です. バネとおもりは, 両者が触れ合っているところで, 力を及ぼし合っています. バネの伸びは見えていますが, おもりの変形は見えません.

  だから, 弾性力などとは呼ばないで“バネがおもりを引いていて, おもりがバネを引いている”と表現しましょう. この関係が作用反作用です. ものの名前を二つ並べるのです。

  ちなみに, おもりにはたらく地球からの力(重力)とバネからの力(弾性力), つりあっています.

  机の上の木片の場合でも,“木片の重力が机に作用するので, 木片は机から弾性力(抗力)の反作用を受ける”という説明的な表現が参考書などに見られます. もちろん, この2力は, 木片のつりあいであって, 作用反作用ではありません(*3).

  古い参考書には, “作用反作用はつりあっている”と「断定!」しているものさえあるのです.       

  

3 原理の説明

  作用に対して反作用が起きる理由を説明しようとする(上の例に輪をかけたような!)試みが見られます. これには次のような問題点があります.

(1) バネがおもりを引く力, つまり, 弾性力を“伸びたバネは, 元の長さに戻ろうとして, おもりを引き返す”としている教科書がありました. 当方の意見を伝えると,“反作用をこのように教えると, 生徒さんにはわかりやすいので…”というのです. しかし, これは, 科学に対する冒涜で, 生徒諸君に対する侮辱です.

  この, おもりがバネを引く力と, バネがおもりを引く力は, 作用反作用の関係ですが, この法則を正しく書くと, “2つの力は, 同時にはたらき, 同一直線上にあって, 向きが逆で, 大きさが等しい” ということになります. しかし, 多くの本では, 時間に関する部分が欠けていて, その事例の表現にも難点があります. 上の記述では, おもりがバネを引く力が(重力のつもり?) 先にあって, バネがおもりを引く力(弾性力)を誘起する, ということになりそうです. 作用が優先し反作用が従属するという構図です.  

  両方の力は同時に起きます. 作用と反作用は対等です.“どちらを作用, どちらを反作用と呼んでもよい”との注釈を付した教科書も出ています.

  いまだに, よく使われている<…し返す>という用語には, タイムラグの気配が見えます.

  英語の教科書でも,

  Newton's Third Law states that if one body pushes on a second body, the second body pushes back on the first with the same force.   Physics(CAMBRIDGE COORDINATED SCIENCE)p45

とありました. backは空間的にならセーフですが, 時間的にならアウトです. 英語の先生に訳してもらうと, 問題の箇所は<押し返す>と表現されてありました.

(2) 次の記述を比較してみましょう.

高い所の物体は, 元の位置に戻ろうとして落ちる”(元の位置は地面で,物体の本来の居場所),

変形した物体は, 元の形に戻ろうとして引き返す” 似ているでしょう. これではアリストテレスの運動論です.

  ニュートンは, 力という概念を導入して, このあたりのことをすっきりさせたのでした.

  また, この文が擬人的であることも, 科学の表現としては不適切だと思いませんか.

(3) さらに, 問題があります. ニュートンの運動の法則(プリンキピア  自然哲学の数学的原理), 自然の原理ですから, それを他のことがらで説明できないのです. だから. 作用反作用の原理は“どうしてそうなるの?”ではなく, 経験によって“そういうものなのだ”と納得するのです. マクロの世界ではもちろんのこと, ミクロの世界でも, 宇宙論的にも例外ないはずです.

  1686年という遙かな昔,“二つのものが, 対称的に力を及ぼし合っている”という<自然界に貫徹する原理>を発見した,ニュートンの感動を,子どもたちにも追体験させたいものです. りんごが落ちる逸話も含めて.

 

4 エネルギー  

  前例では, バネにおもりを吊るすと, バネはおもりに引かれて伸びました. そのおもりを取り去ると, バネは縮みますが, さて, それを説明するとなると….

  “バネの弾性力は, 対象になるおもりがなくなったので, 自分自身にはたらいて縮んだ”としますか? それはだめです. 力は自分にははたらけないのですから!

  だとすると,“自己の弾性エネルギーで縮んだ”とするのでしょうか.

  伸びるときには力で, 縮むときにはエネルギーで, という説明は「ご都合主義」です.

 しかし,装置をよく観察してみましょう. バネは天井から吊るされていたのです(4@).おもりを取り去った時点で, バネにはたらいている力は天井から受ける力だけです(4A). この力でバネ(の重心), 加速度運動をしたのです(4B).

  今度は, バネを横にして, 両側から手で引いてみましょう(5). バネは伸びますが, 重心の位置は変わりません. バネにはたらいている力はつりあっているので, Σf0  ∴α=0  つまり,バネは運動していない(*4)のです.

  さて, 逆の場合は…バネを伸ばした状態で, 両手を同時に離してしまうと, バネは縮んでも, 重心の位置は変わりません. バネにはたらく力は0なので加速度は0, つまり, バネは運動していないのです(*5).                                                                 

おわりに

  力がはたらいていない物体は慣性運動をします(ニュートン1). バネにはたらく力と, その重心の運動を, 1則で整理しておきましょう.

  fmα(ニュートン2)では, ニュートンは剛体という概念を捨象しているようです. この際, 力と変形及びその加速度運動について吟味してみましょう.

  本論では, 作用反作用の原理(ニュートン3)を中心に述べてきました. この原理は, 力を発見するガイドラインにもなります.

  弾性が引力としても, 斥力としても作用するのは, ミクロの電磁気力によるのでしょうが, その辺のところは, 本論では扱いませんでした.

  ニュートンの時代には, エネルギー論も, 分子運動論も電磁気論も未熟でした. だから, 力の学習ではこれらの概念は使わないで, <ニュートンに返ろう>を合言葉にしたいものです. 

 

*1 垂直抗力の作用点はこの位置でもよいのです. 力の作用点は, 作用線上を移動させても力の効果は変わらない(作用線の定理)からです.

*2 地球の回転による遠心力などは省略します.

*3 机と木片の押し合いが作用反作用です. 木片の弾性力と机の弾性力の相互作用です.

*4 物体の運動とは, 物体の重心の運動をいいます.

*5 バネの初速は0と, 重さは省略します.

 

 

  

これは雑誌に書いたものです。 論文のところへ載せてください。


5 バネの重心の位置は変わらない
4 バネに働く力とその加速度運動
3 三省堂の教科書を改変
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理科実験を楽しむ会
2 木片に働く2力のつりあい
1 斜面上の木片のつりあい
もっぱら ものから まなぶ石井信也と赤城の仲間たち