理科実験を楽しむ会
もっぱら ものから まなぶ石井信也と赤城の仲間たち 
物理読み物31     熱         T-6      No228        2010年8月5日(木)
 
 「熱があるいと熱いと感じる」「熱は熱さの原因」「熱があるので体がだるい」「英語でもheatでhotに」などというのは、生活用語としての<熱>ですが、物理で定義した概念(テクニカル・タームス)としての熱は少し違います。昔<熱の伝わり方>という理科の学習がありました。当時の物理の教科書には次のような記述がありました。
 物理(5単位改訂版 大日本図書)<熱の移動> 物体の一部を加熱すると、他の部分も次第にあたたまる。また、温度の違う2つの物体を接触させておけば、次第に等しい温度になっていく。このように、温度の違うところを高温の側から低温の側へ熱が伝わっていく現象を熱伝導という。固体に限らず、液体や気体においても熱伝導は行われる。しかし、液体や気体では熱を受けた部分の密度は小さくなって上昇し、このため物質が入れ変(ママ)わって温度は速くいちようになっていく。これを対流という。熱は真空中も伝わる。太陽から熱が来るのは、真空中を光と同様に伝わってくるからである。このような、移りかたを熱輻射という。
 正しい熱概念を説明してみましょう。
 岩波理化学辞典(増改版) はじめ物体の温度の変化を熱の得失によるとして、熱の概念が導入されたが、19世紀に至るまではこれは熱素という一種の物質と考えられた。(中略)19世紀の中頃になり、熱力学の第1法則(広義のエネルギー保存則)が確立されてからは、物質的な熱の概念は否定され、熱は物体の特定の状態変化に即して考えられる量にすぎないものとなった。すなわち、ある物体が一定の条件のもとできまった温度変化を示す場合に一定の熱量を得または失ったといい、この物体と接触して熱の伝導により温度変化を起こすほかの物体がそれだけの熱量を失いまたは得たという。(後略)
 岩波理化学辞典(三訂版) 温度が異なる2つの物体が接触するとき、高い温度の物体から低い温度の物体に移動するエネルギーを熱という。与えられた熱はその物体の内部エネルギーの増加分となるが、一般には、内部エネルギーの変化は熱の移動ばかりでなく、外部に対する仕事としても、また、物体の出入りによっても起きるから、熱という概念は、エネルギーの移動の過程について定義されるもので、物体の状態そのものについて定まる概念ではない。(後略)
 広辞苑(第2版) 温度の高い物体と温度の低い物体とが接すると、前者から後者に移動するもの。その本質は分子の衝突を介して運ばれるエネルギー。
 このように、物理でいう熱は、<ミクロで乱雑な衝突による運動エネルギー伝達のパターン>、だということをはっきりさせておきたいと思います。
 熱は方式ですから、熱が発生したとか、熱が吸収されただとか、熱を持っているとかいう言い方は正しくありません。それでは、このように使っている熱という気分を表現するにはどうしたらよいでしょう。例えば、ホカホカしているおまんじゅうには「熱がいっぱい」という実感があります。それを熱と言っては誤りになるので<熱エネルギー>と呼ぼうという提案があります。私は、少々面倒でも、<分子運動エネルギー>という呼び名がよいと思います。分子の、あるいはミクロの、運動エネルギーという実体的な把握ができます。
 0度Cの氷を熱すると0度Cの水になります。熱はものの温度を上げるものという考え方からすると、加えた熱はどうなったのでしょう。どこかへ隠れてしまいました。このような「熱」を潜熱といいます。この場合を融解の潜熱といいます。水を蒸気にする場合を気化の潜熱、あるいは、蒸発の潜熱といいます。
 物質の三態変化を分子論的にみると、分子間にはたらく力は固体、液体、気体の順に強いので、固体を液体に、液体を気体に、相変化させるには、分子に仕事をして、分子を引き離さなければなりません。その仕事が分子間にポテンシャルとして蓄えられます。ですから、分子間のポテンシャルエネルギーは、気体、液体、固体の順に大きいのです。加えられた熱は、正しく言えば、熱の形で加えられたエネルギ−は、分子ポテンシャルエネルギーになったのです。分子の、あるいは、ミクロのポテンシャルエネルギーという言い方は、実体的です。内部エネルギーという概念は、ミクロのエネルギーのトータルなのでわかりづらいのです。
 物理では<摩擦熱>、化学では<反応熱><融解熱><溶解熱>などの使いかたがありますが、これらは、ものの温度が上昇(時には、下降)する現象を等量のエネルギーを熱という形で与えた(または、奪った)ものとして表現したという意味だと思ってください。<熱量>といういい方も同様で、必ずしも熱の形の移動がなくても、このように使うことがあります。単位もcalを使っています。昔は食品の栄養価も<熱量[kcal]>あるいは<熱量[Cal]>でいわれていましたが、今では食品成分表でも栄養価はエネルギーと書かれていて、[kcal]と[kJ]が併記されています。教科書では<熱線><熱膨張><比熱><熱容量>などという用語も遣われていますが、熱容量には熱素説の名残がプンプンします。
 先に、「熱」の移動の方式が3つ挙げられていました。その中で、熱輻射というのがありました。ある物体の分子運動エネルギーが電磁波に変わって伝播し、これが離れているところにある、他の物体に吸収されて、その物体の温度を上げる(分子運動を激しくする)、というパターンです。これが、熱の移動の方式だとしたら、次の例はどうなるでしょう。高温のガスを利用して銃弾を発射し、これを他の物体に当てて物体の温度を上げる(分子の運動エネルギーを大きくする)。これも、熱の移動になってしまいそうです。
 対流というのは<ものの移動>です。輻射というのは<光の放射>です。
 温度という概念は、人間がものに触ったときの寒暖の度合いから出発しましたが、後に、ものの膨張などを利用して温度計を作って客観性を持たせるようにしました。私たちはものの<乱雑なミクロの運動>を温度として感覚しますが、ものの<整然たるミクロの運動>は力として把握します。前の法式でエネルギーが入り込むのを熱Qといい、後の方式でエネルギーが入り込むことを仕事Wといいます。いずれの方式でエネルギーが入り込もうとも内部エネルギーUが増します。内部エネルギーはミクロの運動エネルギーKとポテンシャルエネルギーPの和です。△U=△K+△P=Q+W ただし、△は変化量を表します。
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