33. 熱がかくれている−−−ミクロ・ポテンシャル
 
 [授業のねらい]
 物質が相変化(状態変化)や化学変化をする場合には,潜熱とか反応熱とかいう「熱」が出たり入ったりします。ここでいう熱は,限定したいい方の熱エネルギーで,熱力学に関する熱概念とは異質なものてすが,歴史的には重要な意味をもちます。ここではそのようなかくれた「熱」について学習します。
 
 [授業の展開]
 前回,原子や分子の熱運動のエネルギーを熱エネルギーと呼ぶことがある,ということに触れました。
 熱運動エネルギーは原子や分子の乱雑な運動エネルギーてすが,物体の内部エネルギーには,このような運動エネルギーのほかに,分子や原子の位置エネルギーもあるはずです。
 ≪問1≫ 水を熱していって100℃になると,もうそれ以上に温度は上がりません。熱の効果はどうなったのでしょう。
 ≪実験1≫ 水と氷を混ぜて放置しておき,氷がなくなったら追加して,氷が存在している状熊で水の温度を測ってみましょう。
 次に,これをよくかき混ぜなから,静かに熱して温度を測ってみましょう。
 加熱の効果はどうなったのでしょう。
 水の融解熱は80cal/g,気化熱は540ca1/gと習ってきたことと思いますが,これを測ってみましょう。
 ≪実験2≫ 冷蔵庫から氷を取り出して,しばらく放置しておきます。氷の温度を0℃ にするためです。氷をよく砕いて金属の鍋に入れて,火にかけ箸でよくかき混ぜながら時間を測ります。水が融けきるまでの時間をt1,沸騰が始まるまでの時間をt2,水分がなくなるまでの時間をt3 とします。 t1:t2:t3=80:100:540 が期待されます。この実験はかなりラフな実験ですから,あまり神径質にならないでやってみましょう。
 融解が終わるまではいくら熱しても水の温度は0℃ のまま上がりませんし,沸騰が終わるまではいくら熱しても水の温度は100℃ のままで上がりません。実際には水の各部に温度勾配があります(これがなけれは,熱が「伝わる」はずがありません)が,いまこのことは論じません。加えた熱が物質の温度の上昇に寄与しないので,どこかへ隠れてしまったという意味て,融解の潜熱,気化の潜熱と呼ばれました。
 融解と凝固では潜熱の大きさは同じです。気化と液化(蒸発と凝縮)も同じです。昇華の場合も潜熱があります。このように,相変化に伴う熱エネルギーを,一般に潜熱といいます。
 ≪実験2≫の一つのデータを示しておきます。沸騰の時点が少々わかりづらいのが欠点です。t1:t2:t3=58s :65s:353s=0.89:1:5.43
 ≪問2≫ 自然現象や生活経験のなかの潜熱について述べなさい。
 雪の夜は温かい。固形燃料が燃えているとき缶の底は冷たくなっている。夏でも槙物のあるところは涼しい(葉の蒸散作用)。夏,庭に打ち水をすると気温が下がる。過冷却の水が凍ると温度が上がる。汗が体温調節をしている。ウィスキーに入れた0℃ の氷が融けるとマイナスの温度になることがある,などなど。
 これに対して,化学変化に伴う熱エネルギーは反応熱といいますが,これも「潜熱」であることには違いありません。
 ≪実験3≫ 青色の結晶硫酸銅を砕いて試験管に入れ,口を斜め下にしてバーナーて加熱します。結晶水がとれると,白色の無水硫酸銅になります。冷えてから少量の水をこれに注ぎます。感想をいいなさい。
 “え−ッ,この熱どこから来だの?” “さっきバーナーで加えた熱が水と一緒に戻ってきたんだ” などという感想が出ましたか?
 無水硫酸銅と水の組がもっていたミクロの位置エネルギーが,ミクロの運動エネルギーに転化(温度上昇)したのは,地球と棚ボタの組がもっていたマクロな位置エネルギーが,落下というマクロな運動エネルギーに転化したのに似ています。     (図p153)
 後者は,乱雑な運動エネルギーになるまえに,整然とした運動エネルギーの段階があったのに対して,前者の運動は初めから,分子・原子の個々の衝突だったというわけてす。また,後者が重力によるのに対して,前者は電磁気的な力によるものです。
 ≪問4≫ 反応熱の例をあげなさい。
 溶解熱,水和熟,中和熱,燃焼熱,解離熱,イオン化エネルギー,…。
 ガス,石油,石炭など燃料が燃えたり,金属が錆びたり燃えたり,食品がからだの中で燃えたり,有機物が分解したりするのは,化学ポテンシャルが吐きたされる例です。光合成は,水と二酸化炭素の分子を解きほぐして,有機物という分子と酸素という分子が,ポテンンャルをもつようにつくりなおしたのてす。このように植物は有機物をつくりましたが,人間は金属をつくりました。金属という物質群も,それをつくっている原子のあいだにポテンシャルエネルギーを溜め込んだ「運動凝縮体」です。エネルギーを放出するときには,酸素とか水とかの相手が必要です。有機物と金属は広義の「潜熱貯蔵庫」です。                      (図p154)
 参考
  常温における熱運動のエネルギーは,2原子のあいたのポテンシャルエネルギーを表すモース曲線の底近くにおける原子の単振動のエネルギーと みると,その大きさは 1/20〜1/30eV(エレクトロンボルト)程度です。
 これに対して相変化のエネルギーは,原子がこの穴を駆け上がる(あるいは駆け下りる)程度なのて,数分の1eVというところです。
 化学変化では,原子間の結合がより強くなり,ポテンシャルの穴がより深くなるのて,1eV程度になります。(27章参照)
 ここで,熱の量の測り方をみておきます。物体に外から熱が流入すると物体の温度が上がり,物体から外に熱が流出すると物体の温度が下がります。温度の異なる水を混合したときの水の温度変化から,水のもっている熱運動のエネルギーは質量と温度の積に関係することがわかります。 ただし,温度に摂氏目盛りを使うと,熱運動のエネルギーが負になってしまうことがあるので,そのような不都合がないような温度を使えばよいのてす。
 しかし,どのような温度を使っても,水から出入りした熱運動のエネルギーは質量と温度差の積に比例することはわかります。水を標準にして,1gの水の温度が1K変化したときに出入りした熱量を1 cal と決めます。水を標準にとった理由は,水は身辺にいくらでもあり,また水は「熱的慣性」が大きくて温まりにくく冷めにくいということからです。これを比熱が大きいといいます。上で考察したように,熱運動エネルギーは重ね合わせが成立するので,熱的慣性の大きさは物質の質量にも比例します。そこで,比熱と質量の積を熱容量と呼んて「熱的慣性」の大きさを表します。
 水は普通の物質のうちては,比熱が最も大きく,したがって海水はその質量の多さとあいまって,膨大な熱容量をもっています。これが,地球上 の温度変化を和らげています。
 ≪問5≫ 水の比熱が大きいことがわかる例をあげなさい。
 豆腐は,夏は<冷や奴>として,冬は<湯豆腐>として季節の料理となる。湯たんぽは保温時間が長い。大陸性気候と海洋性気候の違い。冷蔵庫の「水」は冷えにくい。生物の体温の恒常性。地球は水の惑星。恒温槽には水を使う。
 ≪問2≫のウィスキーの話を補完すると,アルコールの水溶液は0℃ になっても凍りません。さらに冷やせは,マイナスの温度になります。 0℃のアルコール水溶液に0℃の氷を入れると,氷が氷のままではいられないのは上述のとおりです。そのため氷は0℃のアルコール水溶液から融解熱を奪って融け,アルコール水溶液の温度はマイナスになります。
 
  [まとめ]
1 相変化におけるエネルギーの出入りを潜熱といいます。
2 化学変化におけるエネルギーの出入りを反応熱といいます。
3 物質の熱的慣性を比熱や熱容量で表します。
4 水の比熱は大きく,地球上の気候に大きな影響を与えています。
5 分子・原子のミクロの運動エネルギーは熱運動エネルギーてす。
6 分子・原子のミクロの位置エネルギーは相変化や化学変化の状態エネルギーです。
7 植物は有機物をつくり,人間は金属をつくりました。
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