理科実験を楽しむ会
27. 穴の底に住む私たち−−−重カポテンシャル
 
 [授業のねらい]
 私たちは重力場に生まれ育ちました。そこから抜けだすわけにはいきません。でも,いまやその束縛から解放されて,そこから抜けだそうという試みがあります。宇宙進出です。それが人間にとって幸福かどうかはわかりませんが。
 
 [授業の展開]
 重力加速度g m/sの地球表面で,地表からh mの高さにある質量m kgの物体はmgh Jの内蔵されたエネルギーをもっているということを学びました。
 エネルギーは,運動の量を評価する一つの形式で,顕在している運動はもちろん,潜在している運動までも評価しているところが特徴的です。さらに,マクロな運動だけではなくて,ミクロな運動についても評価しています。ミクロな運動については,あとで学びます。
 ≪問1≫ 図のような,深さ5mの穴に落ちた人が,そこから抜けだすにはどうしたらよいでしょう。穴の壁は滑らかです。  (図p126)
P 穴の底に穴を掘って土を積み上げてそこからでる。
P 壁にステップを切ってよじ登る(山岳部の生徒)。
P 雨が降るのを待って,泳いででる。
P ウルトラマンを呼ぶ(笑い)(こういう雰囲気も教室には必要です)。
P 走ってきて駆け上がる。
P 床には摩擦があるの?(摩擦がないのは壁だけだよ)
P 駆け上がれないよ。壁には摩擦がないんだから。
P 走ってきて,壁にとび込む。
T それを正解としよう。それでは,その計算をしてみるよ。
 ≪問2≫ どれだけの速さがあれば,この人は穴から技けでられますか。穴の底をポテンシャルエネルギーの基準面にとると,走ってくる人のエネルギーは運動エネルギーたけてす。穴からでるのに必要な速さをvとすると,その運動エネルギーは1/2mv,穴からでたところではポテンシャルエネルギーmghだけあれはよいから,これが等しいとして 1/2mv=mgh  v=±√gh=±√10×5=±7.1(m/s)
 いささかのコメントをしておきます。この人は壁にとび込んで,滑り上がるのてすから,穴の縁に達したときには寝そベっているのです。だから,ポテンシャルの基準面はこの人の重心の位置,つまり穴の底から1mくらい上にとるのがよいのです。したがって,穴の深さは4mとしてよかったのです。
    v=±√gh=±√10×4=±6.4(m/s)
 それから,v を関くときに±を忘れないように。一つの方向を決めておいて,この向きにvを決めたのだが,逆向きでもよいという答えがでたということです。“すべての方向からでられるんでは”という質問にどう答えますか。
 穴の外,つまり地表面をポテンシャルの基準面にとると,この人が穴の底にいるときのエネルギーは −mgh+1/2mv2  脱出したときのエネルギーは0であるから −mgh+1/2mv2=0 となります。解は同じになります。
 ≪問3≫ 棒高跳びの理論的世界記録はいくらでしょう。
 「速さの運動」を「高さの運動」へ転化するのが棒高跳びで,上の穴の問題と同じです。用具や技術が十分に進歩した現在ては,ほとんど選手の速さだけが問題になることになります。選手がバーの下に達したときの速さが10 m/sだとすると 1/2mv=mgh   h=v/2g =5(m) 質量mが消えてしまうことから,選手の体重には関係ないことがわかります。選手のからだの重心は1mくらいの高さにあるので,世界記録は約6mということになりそうです。現在の世界記録はソ運のブブカがだした6.06mてす。トップスピードは10.2 m/s だそうです。(89年6月5日発行)P 跳ぶまえにポールがしなった弾性エネルギーも関係しませんか。
T そうではないよ。選手の運動エネルギーが,ポールの弾性ポテンシャルになってから,重力ポテンシャルに変わるんだよ。
P バーの上で選手が逆さになっているんてすね。
T ポールが立っているあいだの短い時間に,選手は懸垂して重力に対して仕事をする分はプラスになるね。マメの木を登るジャックのようなもので。 重力のポテンシャルエネルギーは地表付近では,gを一定とみなしてmghで表しますが,地球のポテンシャルの穴から脱出する段になるとそうはいきません。高くなるとgが小さくなっていくからです。
 ≪問4≫ 鉄棒の片手車輪て腕にはたらく力の大きさを考えてみましょう。
回転の周期は 2sくらいのようです。
 §17の復習とします。
 ≪問5≫ 万有引力の関係式 F=−G・Mm/r2  からの F-r グラフをかくと,地球のポテンシャルの穴から抜け出すための仕事は,グラフのどこに現れていますか。                                             (図p128)
 ロケットを高い空から綱で引っ張り上げることを想定します。その点におけるロケットの重さに引き上げる距離を掛けると仕事になりますが,ロケットの重さが位置によって変わるのて,距離を小さくとって 力×距離 の短冊を加え合わせます。積分で表せは,
W=∫f dr=∫G Mm/r2dr 積分の範囲は地球の表面(半径R0)から無限遠までです。地球の表面(半径R0)のところから無限遠のところまで物体を運ぶ仕事はこの短冊を足した値になり,それは GMm/R0 となります。いま無限遠におけるポテンシャルエネルギーを基準にとって,そこの値を0とすると,距離Rの点におけるポテンシャルエネルギーは U=−G・Mm/R となって,そのグラフは別添のようになります。
 ≪問6≫ 地球を回る人工衛星の運動エネルギーの大きさはどうなるでしょう。
 人工衛星になるための速度の大きさをvとすると,円運動の向心力がその位置における重力でまかなわれることになるので,
  mv2/R0=GMm/R02
 これを運動エネルギー 1/2mv0 と比較すると,
  1/2mv2=1/2G Mm/R0
 地球を回る人工衛星の運動エネルギーをK,ポテンシャルエネルギーをUとすると,その全エネルギーEは,
  E=K+U=1/2mv2−G・Mm/R0=1/2GMm/R0−GMm/R0=−1/2GMm/R0
 脱出のための運動エネルキーをK’として以上のことをまとめておきます。
 ≪問2≫では,脱出した地表面をポテンシャルの基準面にとると,穴の底にいた人のEはUだけなので E=U=−1 (mgh=1)とすると,
E+K’=0  K’=+1 で脱出することができます。
 ≪問6≫では,脱出した宇宙空間をポテンシャルの基準面にとって地球表面で
 U=−1 (G・Mm/R0=1)とすると,人工衛星も U=−1 となり,
 K=+1/2  E=U+K=−1十1/2=−1/2
 地球表面からのK’は E+K’=0  U+K’=0 −1+K’=0  
      K’=+1
 人工衛星からのK’ E+K’=0  −1/2+K’=0  K’=+1/2
 この人工衛星から脱出するときには,エネルギーが半分ですみます。
 地球半径の2倍の位置にある人工衛星では,UもKもEも,したがって K’もそれぞれ半分ずつになります。そのようにして,無限遠では全部が0に近づいていきます。三段跳び脱出も可能です。
 ≪問7≫ 非常に遠い距離にあった物体が地球の重力圈に入って落下を始めました。これが,地球のすぐ近くを回る人工衛星になるにはどれだけのエネルギーを捨てたらよいでしょう。
 この人工衛星で U=−1 とすると,K=+1/2  E=−1/2 宇宙空間で E=0 だったものが,E=−1/2 になるのだから,+1/2だ
け捨てれはよいことがわかります。遠い宇宙から帰ってきた宇宙船はエネルギーを捨てながら地球を回る地球ステーションにひとまず「寄港」し,そこから定期便で地球に帰ることになるのてしょうか。
 ≪問8≫ 地球すれすれの人工衛星になるためのロケットの発射速度はいくらですか。
 人工衛星のあるところには,地球の大気はないので,地球すれすれといういい方は条件つきです。地球の半径は6400kmです。数パーセントの誤差を気にしないで計算すると,
    mv2/r=GMm/r2  v2=(G・M/r2)r=gr
    v=±√/6400000×10=±8000(m/s)
 これを第一宇宙速度といいます。
 ≪問9≫ 地球から脱出する速度はいくらでしょう。
    K’+U=0   1/2mv2−G・Mg/r=0   v2=2G M/r=2gr
    v=±11000(m/s)
 これを第二宇宙速度といいます。
 ≪問10≫ 太陽系からの脱出速度を「第三」宇宙速度として,それを計算しなさい。
 ≪実験1≫ スピーカーのコーンの側面の曲線(曲面)が万有引力の曲線に似ています。コーンの面にビー玉を転がしてみましょう。人工衛星のモデルになります。
 ≪実験2≫ 料理に使うボールの内面で十円玉を回してみましう。
 この二つの実験は§17でも使えます。
 
 [まとめ]
1 無限遠をポテンシャルの基準面にとると,重力場のポテンシャルエネルギーは
−GMm/r,地球表面では地球の半径をR0として−GMm/R0
2 その物体の全エネルギーをEとすると,脱出運動エネルギーKは, K’+E=0
3 人工衛星では K=−1/2U
4 私たちは重力ポテンシャルの穴の底に住んでいます。

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