21 矛盾している重さ−−−重力質量と慣性質量
 
 [授業のねらい]
 質量を測る方法として,重力によるのと,運動の変化によるのとの2種類があります。前の方法で測られた質量を重力質量,後の方法て測られた質量を慣性質量といいます。この二つはどう違うのでしょうか。
 
 [授業の展開]
 ≪問1≫ 運搬を頼まれた荷物を持ち上げたら重いのです。<重い>という感覚の内容をいいなさい。
 ものを手で持ったときに受ける<重い>という感じには3種類あります。
(1)“手がちぎれそうだ”“長くは持っていられない”という感じと,(2)“すごい量だ。食べ物なら多勢て食べられる”という感じと,(3)“小さいのに見かけによらない,鉄製品なのかな”という感じてす。
 <重い>を<重さ>といっても同じてす。その内容は,(1)は力,(2)は質量,(3)は密度(比重)の意味です。
 ≪問2≫ ばね秤は重量を,天秤は質量を測る道具だといわれます。どのように違うのでしょう。
 質量と重力ははっきりした概念ですが,重量という言葉にはあいまいなところがあります。たぶん<重さ>というくらいの意味でしょう。ところで,この重さという言葉も,使う人によって意味が違い,これを力として使おうという主張と,質量として使おうという主張があります。
 ばね秤は力を測る道具てす。それに対して,天秤は重力を媒介して質量を測る道具です。でも,ばね秤て質量を測ることもできます。どうすれはよいでしょう。
 ≪問3≫ 宇宙空間でものの質量を測るにはどうしたらよいでしょう。
 無重力のところては重力がはたらかないので,天秤も使えません。無重力状態のところでも同じです。生徒から出た意見は次の通りでした。
 エレベーターをつくってその中で天秤を使う。
 1kgのおもりとぶつけ合って,その速さで決める。
 ばね秤につけて一定の速さで振り回し,基準のおもりと比較する。
 棒の両端に物体を縛りつけて回転させて放り出し,その中心を見つける。
 ばねで押し出して,壁につくまでの時間で測る。
 これらのことから,質量を測るには,物体にはたらく重力や慣性力で決める方法と,運動の変化で決める方法があることを確かめます。前者を重力質量,後者を慣性質量といいます。
 ものとものとは,お互いに引き合っています。万有引力です。その大きさは質量の積に比例します。だから,引き合う力の大きさで質量が測れます。
 こうして測ったのが重力質量です。ものは外力によって運動状態を変化させます。この変化量はものの質量に反比例します。だから,運動の変化量でその質量が測れます。こうして測ったのが慣性質量です。
 ≪問4≫ 次の場合に,はたらくのは重力質量ですか,慣性質量ですか。
(1) 地球上でものを持ち上げている。
(2) 無重力の空間で,ものの遠さを変える。
(3) 地球上の摩擦のない水平面上で,ものを滑らせる。
(4) 地球上の斜面上で,ものを滑らせる。
(5) 地球上でものを自由落下させる。
 答えは,(1)は重力質量,(2)(3)は慣性質量,(4)(5)は重力質量と慣性質量。
 ≪実験1≫ 金槌を2本の木綿糸で写真のように縛って,下の糸を引いてみましょう。ゆっくり引いたらどうなるでしょう。速く引いたらどうなるでしょう。                                                 (図p99)
 ≪実験2≫ 床に横たわっている人の腹の上に定盤(じょうばん)を置いて,その上を金槌てたたいてみましょう。はじめはゆるく,だんだん強くたたきます。
 定盤の慣性質量が大きいので,運動が人に伝わっていきにくいのてす。定盤の面積が大きいことや,人間の身体が「液態」であることで,圧力が分散してしまうこともあって,実験台になっている人には,はじめの不安を除いては,ほとんど苦痛を与えません。
 ≪実験3≫ 大きめのおもりをつるまきばねにつるして,つるまきはねに振動を与えてみましょう。おもりはほとんど動きません。
 ≪実験4≫ 力学台車の中央に支柱を設けて,そこから糸でおもりを吊します。おもりにはアルミニウムか銅の板を円形に切ったものを使います。おもりを挟む位置に,ダンパーとしてのU形アルニコ磁石をセットします。おもりの振れを測るための目盛りを施しておきましょう。机で緩やかな斜面をつくって,この台車を走らせてみましょう。              (図p100)
 目盛りの位置までの糸の長さ53cm,台車を斜面の上て静止させたときの糸の変位1.8cm,台車を走らせたときの糸の変位0.8cmというデータを得ました。
机の脚の幅は168 cm, 一方の脚の下に置いた煉瓦の高さは5.8cm てす。           
 斜面の傾きは 5.8/168≒1.8/53=0 034(rad)
 摩擦がなかったら,走りだしたときには,糸の変位は0になるはずです。
 実際には,台車の加速度は g×(1.8−0.8)/53=0.019 g
 以下参考 台車の動摩擦係数(ころがりの)をμ, 台車の質量をMとすると,
   M・0.034 g−Mgμ=M・0.019g  μ=0.015
 この台車は加速度運動の測定に使います。
 ≪実験5≫ エアトラックにプロペラ(単3,マブチモーター)をつけて加速させ,ストロボて写真を撮って解析しましょう。
 そのデータと,生徒の解析を載せておきます。
 テータ@  滑走体の質量  m=0.0730 kg
       プロペラの推力  f=0.0438 N
       加速度の理論値 a=0.60 m/s2
              加速度の実測値 a'=(0.46−0.10)/(0.76−0.15)=0.60m/s
2
  テータA    滑走体の質量   m=0.145 kg
              プロペラの推力 f=0.0438 N
              加速度の理論値 a=0.30 m/s
2
              加速度の実測値  a'=(0.85−0.15)/(0.30−0.10)=0.29m/s2
 プロペラの推力はばねを引かせて測りますが,トラックの台を傾けていって,滑走体(0.126 kg)がほぼ止まるときの傾斜角でも計算てきるはずです。その値を測定して次のデータを得ました。                            (図p101-1)
 台の傾き 13mm/108cm=0.012(rad)
 滑走体にはたらく重力の斜面方向分力 mgθ=0.126×9.8×0.012=0.0115(N)
 はね定数0.19 g重/cm のばねの伸び8cmで 1.5g重=0.015(N)
 この状態では,滑走体において,力がつりあっているので,わずかな力で押してやると,滑走体は慣性運動で坂をのぼっていくこともてきます。これと同じような状態を, 飛行機の離陸のときに経験しました。§19の≪実験4≫と≪問8≫を参考にしてください。
 ちなみに,運動量の実験をしてみました。帆かけ船に積み込んだ扇風機で,帆に風を当てて船を動かそうという算段です。一見,作用反作用の問題で,船は動かないかのように思いがちですが,風は船の系外のものなので,船は動きます。          (図p101-2)
 扇風機を力学台車に載せても,同様の実験がてきます。帆の大きさと位置を適当に選んで,台車を前に動かしてみましょう。また,後へ動かしてみましょう。
 ≪実験6≫ 滑走体に載せたプロペラて,滑走体につけた帆に風を当てて,滑走体を走らせなさい。
 ≪問5≫ 砕氷船が氷を割るときには,慣性質量を利用するのてはなくて,重力質量を利用するのだそうてす。その意味をいいなさい。
 船が走ってきた勢いで氷を砕いて割るのならば,mvという運動量を利用することになりますか,そうではなくて,船を氷の上へ乗り上げて,その重力mgて割るのてす。氷に乗り上げやすい「つくり」になっているのでしょうね。
 ≪問6≫ スポーツのうちて,重力質量が重要な意味をもつもの,慣性質量が重要な意味をもつものはなんでしょう。
 ≪問7≫ 物質の運動の変化を起こさせるはたらきをする(力の原因としての)重力質量と,物質の運動の変化を妨けるはたらきをする慣性質量が,同じ質量として二重の意味で存在する矛盾をどう思いますか。
 ロケットや宇宙船が地球の重力圏から脱出した空間は,文字どおり(地球の重力からは)無重力てす。地球を回る人工衛星には重力がはたらいていますが,人工衛星の中では,重力が打ち消された状態にあるので,無重力状態(無重量)です。
 ≪問8≫ 重力場ではすべてのものが同じ加速度て落下します。その状況を解説しなさい。
 質量mの物体を自由落下させる場合を考えます。
 この物体の重力質量をm2とすると,これにはたらく重力はm2gてす。
 この物体の慣性質量をm1とすると,運動方程式は    f=ma → m
2g=m1a
 重力質量と慣性質量を,私たちは<なんとなく質量>と呼んています。
   m=m1=m2 だから  a=g 
 みんな同じように落ちることを,私たちはこのように理解するのてす。
 ≪実験7≫ ジュースの空き缶の底に穴をあけ,穴を指でふさいでおいて缶に水を入れます。缶を手てもって台に上がり,指を離して水を出しながら台から跳ひ降ります。水はどうなったでしょう。
 水は穴から漏れなくなります。
 落下中には,質量mの水には下向きにmgの重力が,上向きに−mgの慣性力がはたらき,これがつりあって無重力状態になっています。
 ≪実験8≫ このジュースの缶を放り上げたらどうなるでしょう。
 水準器や風船を加速度計として使った話(§19)を<物理読みもの>にして生徒に読んてもらったところ,一人の生徒が次のように書いてきました。
 “「加速度計」には負けました。まさか,ほんとうにそうなるとは思ってもみなかった。加速度計の第2号は(第1号の部分は省略します)ふたが透明の弁当箱に泡を一つ入れて,残りを水て満たしてつくりました。これはなかなかのデキで,加速度が360度,どの方向にかかっているかが一目でわかりました。これを使っていろいろと実験してみました”
 この後,この生徒は,これを手に持って,くるくる回って円運動の加速度を調べたり,跳ひ上がった無重力状態で加速度がどうなるかなどを調べたりしています。
 ≪問9≫“夜中に逆立ちして,ぼくは地球を持ち上げました”この<笑い話>は,どこがおかしいのでしょう。
 地球には大きな質量はありますが,「浮いている」ところを見ると(?)
重さ(重量)はないのでしょうか。
 重量は<地球がものを引く力>ですから,この子にとっては,地球の重量は<ぼくが地球を引く力>といってよいかもしれません。その大きさは,作用反作用で,この子の体重(例えば、60kg)と同じてす。逆立ちしてくたひれたのは,きっとこの子が60kgの地球を持ち上げていたからでしょう。
 地球は「上」が昼間(ついでにいえば上が北)というのもほほえましいところてす。
 
 [まとめ]
1 質量には,重力質量と慣性質量があります。
2 質量を測る方法にはいろいろあります。
3 二つの質量は、同質な面と同時に異質な面をもちます。
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