18. 移項すると世界が変わる−−−遠心力
 
 [授業のねらい]
  ニュートン力学は慣性系で成立するようにつくられています。それでは,加速度系て生活する人には,とんな異常が発生するでしょうか。
また,はたして,それは異常なのてしょうか。
 
 [授業の展開]
 はじめに慣性系に関する復習をしておきます。
 ≪問1≫ 等速度運動をしている新幹線の中や,汽船の中や,飛行旅の中では,地上の生活とまったく同じような生活がてきます。このような世界(座標系)をなんといいますか。
 ≪問2≫ 電車が急に動きたしたりブレイキがかけられたりするときには,どのようなことが起きますか。また,これに似た経験がありますか。
 飛行機が離陸するときには,座席の<背もたれ>に押しつけられるような感覚を受けます。
 エレベーターが下りはじめるときや,上っていて止まるときには,特種な「内臓感覚」を受けます。このとき,ヘルスメーターに乗っていると,ヘルスメーターの示す値が,ふだんよりも減っています。
 自動車が内側に急カーブをするときには,外側へ向かって壁に押しつけられます。
 このように,加速度運動をしている乗り物(座標系)にいる人には,日常生活では経験てきない「変な力」を受けることになりますが,この力を慣性力といいます。この力は,なにか他のものから受けた力ではありません。ニュートンカ学ては,「認知」されていない力です。ニュートン的な力とは,運動の第三法則で規定された力のことてす。
 ≪実験1≫ エレベーターの中でヘルスメーターに乗ります。エレベーターが動いたり止まったりするときに,ヘルスメーターの読みはどう変化するでしょうか。
 高層団地に住んている生徒には簡単にてきる実験です。また,テパートの荷物専用エレベーターは加速度が大きいので,実験には迫力があります。
 (1)エレベーターが上りはじめるときには体重は増え,
 (2)止まるときには体重は減ります。
 (3)エレベーターが下りはじめるときには体重は減り,
 (4)止まるときには体重は増えます。
 ≪問3≫(1)の場合について,この人にはたらいている力を書きなさい。
 この人の体重をm,ヘルスメーターからの抗力の大きさをRとします。
下向きを正にとると,この人にはたらく力は,mg−R で,この力でこの人は加速度aの加速度運動をします。運動方程式は
 mg−R=ma です。
ヘルスメーターの読みは−Rの反作用Rなので R=m(g−a) 体重60 kg の人の場合,
加速度2 m/s2とすると R=60(10−2)=480 N=48 kg 重 になります。この鉛直上向きの12 kg 重の力が慣性力てす。
 エレベーターの外の慣性系にいる人からみると,質量mの人にはトータルで mg−R の力がはたらいていて,加速度aの加速度運動をしています。つまり mg−R=ma  で(1)の事件が起きています。
 一方,この加速度系を永住の地と決めた人(将来,宇宙ステーションに住む人の場合)はやがて<棲めば都>で,自分が加速度運動をしているなどとは考えないようになります。以前住んていた地球上の世界に比較して変わったことといえば,重力加速度がg−a と少なくなっていることてす。あるいは,従来の重力の外に反重力−ma がはたらいていると考えてもよいでしょう。これらの力がはたらいて,この人は静止しています。エレベーターの中は狭くて運動するのは無理なので,ここでは彼のつりあいの関係mg−R−ma=O (2) を示しておきます。
 この二つは,一般的にいえは,慣性系で加速度運動をしている<f=ma世界>と,加速度系で静止(慣性運動でもよい)をしている<f−ma=0世界>との比較です。あなたはどちらの世界に住むこともできます。
 数学では,一つの等式と,そのうちのいくつかの項を移項して得た数式とは同等ですが,物理の世界では,等式で移項の操作を施すと世界が変わってしまいます。
 質量mの物体に力Fがはたらいて加速度aの加速度運動をしている場合の運動方程式は F=ma てすが,これを,F−ma=O とすると,Fと−ma の2力がつりあっていることになります。 −maを慣性抵抗または慣性の力といいます。このようにして,動力学を静力学に鋳直すことができることを<ダランベールの原理>といいます。
 しかし,もっと積極的に,ダランベールの原理を,“観測者が慣性系から加速度系へ引っ越した場合にニュートン力学を加速度系用に修正する原理”といってもよいと思います。将来,人類が宇宙へ進出して,加速度系に生活するようになることは十分考えられるからです。
 ≪問4≫ 円運動している物体にはどんな力がはたらいているでしょうか。
 いわずと知れた向心力です。しかし,どういうものか,遠心力という言葉がよく使われます。誘導尋問のワナをかけてみましょう。
 ≪問5≫ バケツに少量の水を入れて,手で持って鉛直面内で円運動をさせます。この実験をしている人にとって,バケツが真上にきても,水は落ちてきません。どうしてでしょうか。
 “水には遠心力がはたらいていて,外のほうへ引っ張られているので,落ちてこない”という答えが返ってきたでしょう。ひっかけられたようですネ。
 バケツを持っている手は明らかに外の方(この場合は上)へ引っ張られています。
水も同じだと思う気分は理解できますが,そうではありません。円運動の途中,頭の真上でバケツから手を放してみましょう。バケツと水は一緒になって水平方向へ<すっ飛んで>いって,頭の上には落ちてきません。
 すっ飛んでいかないように,手で中心方向へ引っ張っていると円運動が続きます。円運動する物体では,力はいつでも内側向きにはたらいています。
接線方向へ行くのは「勢い」(速度)です。外側へ向いた力は存在しません。
 遠心力という言葉は,ふつう,いろいろと誤った使い方をされています。
 (1)ハンマー投げをする選手の手は,ハンマーを回転させるための向心力の反作用を受けて,ハンマーの向きに力を受けます。これを遠心力と呼ぶ人があります。この力は円運動をしているハンマーにははたらいていません。
選手にはたらいているのです。(もっとも,選手も回転運動をしていますが) (2)円運動する物体そのものに,外側に向いた力がはたらいていると思っている人がいます。上の例でいえば,選手の手が外側へ引かれているのは,ハンマーにも外向きの力がはたらいているからだ,と思うのてす。ハンマーには内向きの力がはたらいています。
 (3)円運動している物体には,内向きに向心力,外向きに遠心力がはたらいていて,<つりあっている>という人がいます。だから,水は落ちてこないというのです。しかし,つりあっていたら,加速度運動である円運動をするわけがありません。
 (4)バットを大きく振ってボールを打つようなしぐさを,<遠心力を利用して>と表現するスポーツ解説者がいたりします。ハンマー投げも,ボクサーの大振りも同じてす。円運動の速度を「遠心力」と表現するようです。
 以上は,地球上でバケツを持って振り回している人,つまり慣性系にいる人にとっての論議で,円運動をしている人,つまり非慣性系にいる人にとっては別の主張があります。
 高校における物理の学習は,慣性系の物理に限るべきてす。加速度系で記述を必要とする場合には,慣性力を導入することで状況を慣性系用に鋳直してから「物理する」ことにします。
 (5)円運動をする世界を住み家とする住人が,静止(慣性運動)を主張するために導入した慣性力が遠心力で,これが正しい用法です。もっとも,オオマツョイクサを俗に「月見草」というように,誤用が定着してしまいそうな例も
ありますから,今後どのようになるかわかりませんが…。
 “加速度系を慣性系に鋳直すには,慣性力を導入する”という法則を使ってみましょう。
 ≪問6≫ ジェットコースターがループの頂上にあって,乗っている入が逆さまになっている状態を考えます。この人にとって<上>はどちらでしょう。
 この時点て時間を凍結してみましょう。加速度系にいる人がこの静止の世界に移住するには,慣性力を導入します。円運動の向心力mrω2は中心向きですから,遠心力−mrω2をつけ加えると,この人にはたらく力は,下向きをプラスにとると,下向きに重力mg,下向きに床からの垂直抗力N,上向きに慣性力(遠心力)−mrω2で,この3力がつりあっていて mg+N−mrω2=O となります。            注:ω2はωの2乗
 ≪問7≫ このとき,手に持っていた小さい石を静かに放せば,石はどうなるでしょう。                                                              (図p89)
 石の質量をMとすると Mg−Mrω2<0石にはたらく力は上向きで,石は上へ落ちていきます。この人にとっては,この時点ては上が「下」なのです。足元のほうがいつでも下になっています。
頂点で放した石は,水平方向へ初速度をもって打ち出されて放物運動をしますが,人のほうは線路に沿って円運動をするので,石と人の位置関係は上図のようになり,石は手の上に「落ちて」くるように思われますが…,さてどうでしょうか? ジェット
コースターに乗ったら実験してみてくたさい。
  [まとめ]
1  加速度系から慣性系へ座標変換するには慣性力を加えます。
2  円運動の慣性力を遠心力といいます。
3  人工重力には遠心力が利用できます。
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