100. キユリー夫人が引退―――放射能の単位
 
 [授業のねらい]
 1989年4月1日から,放射能障害防止法の改正にともなって,この分野でも国際単位(SI)が使われることになったので,放射能や放射線の単位が
変わりました。<キュリー夫人,引退>はこのときの新聞の見出しです。 チェルノブイリ以来,放射能については社会的な関心が強まっていますが,この機会に放射能と放射線についての知識を整理しておきましょう。
 
 [授業の展開]
 (1)放射能(放射性物質の量)
 放射能には,放射線をだす性質という意味と同時に,放射線をだす物質,すなわち放射性物質の意味があります。そしてまた,その量的表現の意味も持ちます。放射線とはっきり区別しましょう。
 放射能は放射性原子の壊変率として定義され,その単位はBq(ベクレル)で,1Bqは毎秒1個の壊変に相当します。 従来使われていた放射能の単位Ci(キュリー)は,歴史的にはラジウム226の1gの放射能を1Ci として決められていたのですが,その後  1Ci=3.7000×10^10壊変/s  と改められました。
 ≪問1≫ 1BqはCi 単位ていえはいくらでしょう。
 答えは下の表のなかにあります。p(ピコ)は10^(−12)です。 (表p214)
 放射能は単位時間当たりの壊変数で定義されているのであって,そこからでてくる単位時間当たりの放射線の数で定義されているのではありません。
 半減期のところて学習したように,原子核の数をN,短い時間△t に崩壊する原子核の数を△N とすると,単位時間に崩壊する原子核の数△N /△t
は N に比例し, dN/dt=−kN    k を崩壊定数といいます。
 これを解いて,t=0 のとき N=N0  とすると,N=N0 e(−kt)
 ≪問2≫ 半減期をTとしたとき,kとTの関係をいいなさい。
t=T とすると,N=1/2 N0  1/2=e^(−kT)  kT=loge 2=0.693
    dN/dt=−0.693N/T
 ≪問3≫  226Raの半減期は  T=1600y(yは年)です。毎秒の壊変数が上の定義のようになっていることを確かめなさい。
 226Raの1g は 1/226 mol なので,
 dN/dt=−0.693 N/T
    =−0.693×(1/226×6.022×10^23)÷(1600×365×24×60×60)
    =3.66×10^10(壊変/s)=1(Ci)
 (2)照射線量
 単位時間当たりの線量を線量率といいます。したがって,線量は線量率の時間積算量ですが,積算時間が比較的長いときには,これを「積算線量」ということもあります。
 X線やγ線のような光子は,物質と作用してコンプトン効果などて二次電子をつくり,それが物質を電離してイオン対をつくります。 1900年代の初期
には,放射線の量を測定するのに,箱の中の空気の電離量を測る電離箱という測定器がもっぱら使われていたので,これによって測定できる量というこ
とで,照射線量が考えだされました。照射線量は単位質量の空気中の電離量で定義され,その単位はC/kgです(Cはクーロン)。なお,照射線量は光子に対してのみ使われる量てす。
 R(レントゲン)は古くから使われていた照射線量の単位で,1R の定義は
標準状態の空気1cm^3(1.293×10^(−6)kg)に,1cgsesu(1/3×10^(−9)C)の正または負の電気量に相当するイオンを生成する線量をいいます。
 電子の電荷は 1.602×10^(−19)C なので,この線量が電子を跳はす数は,
    1/3×10^(−9)÷1.602×10^(−19)=0.2081×10^10
ということになります。 1kgの空気を電離させた電気量は,
1÷(1.293×10^(−6))×(1/3×10^(−9)=2.579×10^(−4)C
現在では 1R=2.58×10^(−4)C/kg  と定義されています。 したがって
     1C/kg=3876 R ≒3900 R     C/kg のニックネームが欲しいものです。
 (3)吸収線量
 吸収線量は単位質量の物質に放射線が与えるエネルギーで定義され,その単位はグレイ(Gy)です。1Gyは1kgの物質による1J のエネルギーの吸収
に相当します。従来使われていた吸収線量の単位ラド(rad)は,1gの物質による100 erg のエネルギー吸収を1 rad と定義していますから,    1Gy=1 J/kg=10^7erg/10^3g=100rad  となります。
 吸収線量は照射線量と異なり,すべての種類の物質およひ放射線に対して使うことができるので,それらを指定する必要があります。
 光子の場合には,電離量で定義された照射線量と,吸収エネルギーで定義された空気の吸収線量とは,「空気中に1イオン対をつくるのに必要な平均エネルギー」,すなわち空気のW値によって関係づけることができます。空のW値は1イオン対当たり 33.85 eV, すなわち1C当たり 33.85Jですから,
  1(R)=2.58×10^(−4)(C/kg)×38.85(J/C)=8.73×10^(−3)(J/kg)
    =8.73×10^(−3)(Gy)=0 873(rad)
 空気のW値 33.85eVが,酸素およひ窒素の第一イオン化ポテンシャル13.61eV,14.53eVの平均よりかなり大きいのは,イオン化以外に無駄なエネルギー消費があるからです。
 ≪問4≫ 1Rの照射線量を受けると,人体には約1rem(=1×10^(−2)Gy)
の吸収線量があるといいます。計算してみましょう。
   1(R)=2.58×10^(−4)(C/kg)×33.85(J/C)=8.73×10^(−3)(J/kg)
     =8.73×10^(−3)(Gy)
    8.73×10^(−3)(空気Gy)=8.73×10^(−3)×1.1(組織Gy)
     =9.6×10^(−3)(組織Gy)=0.96(rad)≒1(rem)
 筋肉の質量エネルギー吸収係数は,空気のそれのおよそ1.1倍とみなしてよいことが実験結果からわかっています。この違いは,空気と筋肉をつくっている元素の違いによります。筋肉は空気にくらべて水素原子を多く含んでいるので,同じ質量で比較するときには,外殻電子の数が多いとみなされるので,それだけコンプトン効果の確率が大きく,したがって吸収エネルギーが多いことになります。
 (4)線量当量
 人体に放射線が当たった場合,同じ放射線であってもその種類やエネルギーによって与えられる影響の程度が違います。これを,人体に与えられる危険度を基準にした尺度で換算したものを線量当量といいます。
    線量当量=吸収線量×線質係数×修正係数
 線質係数は放射線の種類とエネルギーによって影響の程度が異なるのを考慮する係数です。β線やγ線については1,陽子や中性子については10,α線や多重電荷の粒子については20とします。修正係数については1として考えてよいのです。
 ≪問5≫ 放射能と照射線量は,照明と比較すると,光源の明るさ(光度)と面の明るさ(照度)に対応します。吸収線量はなにに対応するでしょか。
 (5)線量の測定
 GM(ガイガー=ミュラー)計数管で測れる透過性の大きいμ粒子や光子を測るときは,計数管の窓のふたを取っても取らなくても大きな変わりはありません。ふたを取ると透過性の小さいβ線を測ることができます。透過性のもっと小さいα線を測るときには,雲母窓の厚さの薄い計数管を用いる必要があります。
 α粒子は空気中でも数cmて吸収されてしまうので,被測定物質を近づけて測ることが肝要です。
 GM計数管の検出効率(カウント数/入射粒子数)は放射線の種類とエネルギーによって違います。β線のような荷電粒子は,計数管の窓または壁を通して内部に入れば,ほとんど100%の確率て内部のガスを電離してカウントされます。
 一方,光子が計数管内部のガスを,直接に電離する確率はきわめて小さく,一般的には密度の大きい壁材との相互作用によって生じた二次電子(コンプトン効果)によるガスの電離を検出しています。したがって,検出効率は壁の材質や光子エネルギーによって異なります。普通は1%以下と考えてよいでしょう。
 検出効率を測るには,粒子放出数のわかった放射線源を使います。
 宇宙線由来の放射線は,地表近くでは1/cm^2・s程度だといわれます。宇宙線のなかで人に最も大きい線量を与えるのはμ粒子です。
 わたしたちが1年間に自然から受ける放射線は,おおよそ1mSv(100mrem)と考えてよいでしょう。一般人の被曝許容限度は年間5mSvとされています(自然放射線と医療上の被曝は含まない)が,この値は大きすぎるのではないかという意見があります。
 チェルノブイリの事故以後,輸入食品の放射能汚染が心配されています。
 また,原子力発電所からの放射能漏れや,そこに働く労働者の放射線障害が問題になることもあります。新聞記事に注意しましょう。
 ≪実験1≫ GM計数管で放射線を測定してみましょう。
 (1)自然の放射線
 (2)線源があったら,その放射線
 (3)β線原を鉛板で遮蔽
 (4)KCl とNaCl の比較  
 (5)花崗岩と泥岩の比較
 (6)輸入食品
 
 [まとめ]
1 放射能や放射線に関する単位が改正されました。
2 放射能と放射線をはっきり区別しましょう。
3 わたしたちは自然から,医療上の必要から,その他からも放射線を受け
 ています。
4 個人の年間被曝許容量は5mSvです。
 
  
 あとがき
 盲学校の生徒は,目が見えないのでオッシロスコープで電流の波形を見ることができません。このハンディを克服して,圧電ブザーの音の澄み具合で,整流の程度を知るという実践を紹介しました。
 聾学校の生徒は音が聞こえませんが,それでも(それだからなおのこと)音の学習をしっかりさせている実践があります。自分たちが鳴らす太鼓の音の回数を,隣の部屋にいて当ててしまう先生が,生徒たちにはスーパーマンのように思えるのです。そこて先生は,騒音計を用意して,音を針の振れに変えて生徒に音を「見せる」のてす。生徒たちは,このセソサーて音の探検にでかけていって,いろいろな音を発見します。そして,自分が歩くと<足音がする>ことも知ります。
 このようにして,音の聞こえない子や,目の見えない子が,自分たちの周囲が,実は音に満ちていることや,光に満ちていることを知るのです。
 しかし,健常児といわれる生徒たちも,自分たちの周囲か電波や放射線に満ち満ちていることについては気がついていません。GM計数管で,自然の放射線を音として聞かせたとき,一人の生徒が “ウソくせ−” といったものです。
 その器械が故障して,修理にだしたものが戻ってきた日は雨でした。なんとなく計数管を窓から外に向けると,なんと,検知器は激しく鳴って,数万カウント(CPM)を記録しました。器械が直っていないで,紫外線を記録したようてした。しかし,地上にはこのように,多くの紫外線がきていることに,私は気がついていなかったのです。
 五官に感じないものは存在しない,と思うのは人間の傲慢さかもしれません。五官と,その延長としての種々なセンサーや計器を駆使して<自然をゆたかにとらえていく>ことが,理科教育の目的の一つです。
 自然をゆたかにとらえるためには,その方法もゆたかでなくてはなりません。ものからじかに学ぶのが基本的な方法であることは,なんども述べたところです。新しい分野に踏み込んでいくときには,自然から学ぶ以外に方法がないことを知るべきてす。
 ても,補助手段として,モデルを使ったり,図形を使ったり,ときには数式を使ったりもします。場の学習で線束のモデルが有効であったことは経験ずみです。ニュートンの『プリソキピア』やガリレイの『新科学対話』には,幾何学図形がたくさんでてきますが,数式は比例式程度のものです。ファラデーの電気実験には簡単なスケッチがあるだけで,それ以外は,精緻な文章の記録があるだけです。
 もちろん,これが数式にまとめられればマクスウェルの方程式となって,そこからは豊穣な実りも得られるのですが,数式に弱いので物理はだめかというと,そうではありません。それよりもなによりも大切なのは,ものに対す
る好奇心であるように思います。
 ものに依拠する方式には,ものごとはものに聞けばわかる,という安心感に裏づけられます。自然にはわからないことがたくさんある,ということは確かです。しかしそれよりも,わかっていることがたくさんある,という積極的な側面をより大切にしたいものです。そして,現在,わからないとわれることも,そのうちにわかるようになるに違いない,という確信と展望がもてるということです。
 自然科学も,より発展していって,自然の本質に,より近くアプローチでき
るということです。しかしこのことは,やがて,自然については,なにからなにまで,わかってしまう,ということではありません。それほとに自然はゆたかなのです。
 洗練された形式にまとめられた自然科学を,抽象的に生徒に伝授することで,生徒が観念的になることは怖いことです。生徒のつぎのような表現は,理科を教える教師には参考になるでしょう。
 “物理の公式というと,文字ばかり使ってやたらにいかめしく,そんなのノートの上の世界じゃないかと,高校に入るまえは思っていたけど,どうやらそれは大間違い。とくに今回,電場と磁場とかいうものから光速がでてきたのには驚いた。物理の公式は,紙の上に自然を展開するといったら気障だけど,ほんとうに物理は自然だ!”
 “私には抵抗とかコンデンサーとかが神秘的にみえるのです。その神秘を自分てつくったということで,なんだか神秘がすこしくずれてしまいました。
でもそのぶん,コンデンサーの本質が見えてきたような気がします。「理論は後からついてくる」これが,わたしが物理で学んだ方式です”
                                                       
                            1989年12月11日
理科実験を楽しむ会
もっぱら ものから まなぶ石井信也と赤城の仲間たち 

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