『White van speaker』
 

 会社の前で、妙な声によびとめられた。
「オニイサン!オニイサン!」
路駐している白いバンの中から、野球帽をかぶった
不真面目なビースティーボーイズみたいな外人が俺をよんでいる。
「オニイサン、スピーカー要らない?」
バンの後ろには梱包ケースに入った
大きなスピーカーらしきものが10個ぐらい積まれている。
怪し気な出荷伝票をみせながら
「倉庫が間違えた。これ余っちゃった。ボスに怒られるネ。時間ガナイ。」
やつがいうには、アメリカの有名なプロ用のモニタースピーカーで、
一個40万円はするらしい。
それをなんと5万円にしてくれるというのだ。
 

断って立ち去ろうとする俺に、その出来損ないのビースティーズは
「オニイサン!ミルダケミテ!ミルダケ!」と食い下がる。
仕事の最中で忙しかったが、こんな怪体な体験は始めてなので
おもしろ半分で商品をみることにした。
買う気はなかった。
箱から出されたそれは、黒く、ものものしく、巨大で
みるからに重厚なオ−ディオ機器にみえた。
箱には、「プロフェッショナル仕様/個人仕様」との表示。
メーカー名らしきものは『Accoustic』と書いてある。
小さなライブハウスならこれでいけるんじゃないか。
「なんでそんなに安いの? 中古楽器屋に持っていけばいい」という俺に
奴らは「とんでもない」「時間がない」と首を振るのだった。
まあここまできて、たいがいの人は
これは盗品だと思うだろう。
俺もそう思った。
大体こんなヒップホップのプエルトリカンだかジューイッシュみたいなのが、
日本で配達の仕事をしてること自体おかしい。
車の免許だってあるのかどうか怪しい。
事実、奴らはまわりをしきりに気にして警戒していた。

「5万円なんてないよ。」と断っても
「オニイサン!!オニイサン!!」とうるさい。
最後には「Hey, brother!!!」ときた。
これにはうけてしまって、音をきくことになった。
会社の事務所へ運ばせてステレオとつなごうとしたが
配線の形状が違う。
「これ切っていい?」と赤白のコードを切ろうとするので制止した。
それにしてもこの2人でかい!
190cmから2mはある。
なんとなくうすら恐くなってきた。

まさか買うとは思わなかったのだが、俺にもいろいろ考えが浮かんだ。
「う〜ん、どうしようかなあ。」
考えてみれば、音楽のこと書くわりには家に今ロクなスピーカーがない。
それに盗品とはいえ、こんなすごいスピーカーが買えるチャンス2度とないかも・・・
よーし、値段交渉だ。
「俺は金がない。で、こんなの1つあっても意味がない。
2つで4万なら買ってもいいけど、売る気ある?」
「う〜〜〜ん」奴らは顔をしかめながら
「どうだ、4万だってよ」
「ダメダメダメ・・・」みたいに英語で相談している。
結局。俺は買ってしまった。
今、家にはAccoustic 3311 studio monitorという巨大なスピーカーが2つある。
その後だ。
アメリカには有名な『white van speaker』という話がるのを知ったのは。

まず、奴らは白いバンに乗って現れるらしい。
時にはトラックやミニキャブの時もある。
そして「倉庫が注文数を間違えた。ボスに怒られるからこれを売りたい。
○ドルのところを△ドルでどうだ?」と声をかける。
たいがいの人は、いわくつきの商品だと知りつつも
だからこそこのいかにもハイファイなスピーカーを
現金で買う。
ところがこれらの商品の多くはガタイが立派ななだけで音は悪く、
中身は粗悪なクワセモノ、SCAMなのだ。
気づいても遅い。連絡先をたよりに調べていっても業者とは連絡がとれない。
運良くつかまっても、交渉には絶対一人で行かない方がいい。
とにかく・・・相手は"そういう"連中なのだ。
で、そのスピーカーはおうおうにしてAccoustic 3311という機種であることが多いというのだ。

そう。White van speakerはカナダ、アメリカ、オーストラリア、東南アジアを経て、
今、大阪に上陸している。
 
 

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