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   J・S・バッハ


 バッハはその同時代では圧倒的に時代遅れだった。
 彼は過去の伝統的な技術の伝承者、悪くいえば訳の分からない音楽を作る変人、というふうに思われていた。

 過去の伝統的な技術、というのは対位法のことだ。


 バッハの同時代、最先端にいたのはヴィヴァルディだった。彼は複雑でしかも過去の技術である対位法には興味をもたず、和声的な伴奏と旋律からなる、単純で明快で軽快な音楽を作り人気を博した。それは直接その後のハイドンやモーツァルトにつながっていくものでもある。その意味ではヴィヴァルディも重要な仕事をした、と言えるかもしれない。

 しかしやはり、バッハの仕事をそれらと比べることは、とてもできない。


 対位法は複数の旋律を統御する技法だ。起源は、もともと単旋律音楽だったグレゴリオ聖歌に違う旋律をのせる、という試みからきている。
 そして対位法こそは西欧音楽に独特のものだ。
 和声や音階は様々な民俗音楽を見ても、形こそ違え、成立している場合は多い。しかし自然発生的に対位法を持った音楽は世界の民俗音楽を探してもほとんど見つからない。
 全く性質の異なった旋律を同時に鳴らす、しかもおのおのの旋律同士は常ににハーモナイズドし、リズムは常に互いを補完しあい、どちらが主でも従でもなく独立しあう、これらは想像してもらっても非常に難しいことのように思われるだろう。
 実際に大変に難しい技術なのだ。


 バッハはその技術を伝承する人間と当時見られていたわけだが、実際には伝承どころか、彼はその技法を極端に推し進め圧倒的な完成形にまで導き、その後の西洋音楽全体の様式までもを決定づけてしまう。
 それも全く孤独にだ。

 彼はどうしてあそこまで対位法を、ひいては音楽そのものをラジカルに推し進めたのだろうか?
 圧倒的な才能が彼にそれを命じた、これは正しいだろう。
 しかしそれでは何かが足りない。

 絶対に同時代の人間たちには理解し得ない、極端に精密で、高度で、時に難解な作品を、きわめて大量に作曲したバッハ。
 彼は本当に妥協を許さなかった。それは通常私たちが考えうるレヴェルをはるかに超えたものだ。
 例えば平均律クラヴィーア曲集の中のある一つのフーガの楽譜を見る。
 私はそれを何時間でも見ていることができる。なぜか?
 含まれている情報量があまりに多いからだ。
 それはもちろん音が多いわけでなく、あくまで、情報量が膨大なのだ。
 それらは何度繰りかえし見ても新たな発見がある。そしてしまいには畏怖の念すら生まれてくる。
 バッハの作品は全てがそうである。手を抜いた形跡など、見つかるべくもない。かといって努力した形跡、考えつくした形跡などもちろん見つからないのだが。

 やはりいつもの疑問に立ち返ってしまう。なぜ彼はあれほどまでに妥協を自分に許さなかったのか?
 神?それもあったかもしれない。
 彼は敬虔なプロテスタントで、教会での仕事に一生を捧げている。
 絶対の存在としての神の視点を自分にもっていたから、絶対に妥協を許さない姿勢、完全な作品に到達するための極端に勤勉な姿勢を貫けたのか?
 やはりわからない。

 余談だが彼はそのために毎週カンタータの作曲に追われることになる。自分の作曲をする時間はきわめて少なかった。
 しかし彼の作品の量はきわめて膨大だ。
 なぜ彼はあのように完全で精密な作品をきわめて素早く作曲することができたのか?  全くわからない。

 それでは彼は死後に冠せられる圧倒的な栄光を信じていたからこそ、あのような苛烈な仕事をしたのか?
 これもやはり分からない。


 結局バッハは私にとって神秘なのだ。
 彼ほど底が知れない作曲家は、他に一人もいない。
 彼以降の作曲家は全て、彼から養分を得るが、とても汲み尽くせるものでない。


 私は彼だけは好みの問題ではないところに、唯一、到達した音楽家だと思っている。


 もう一度言おう。バッハは神秘だ。
 彼を想像することなど誰にもできない。





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