発表2: 三浦領哉 「V. F. オドーエフスキーの音楽思想 – 19世紀前半のロシアにおける西欧芸術音楽の受容をめぐって」

(発表30分) 13:50-14:20 質疑応答14:20-14:30  

19世紀のロシアにおいては、作曲家の作品に対する評論や独立した論文を通じてそれぞれの音楽美学を論じた者たちがあったが、その最初が作家にして音楽批評家であったウラジーミル・オドーエフスキー (1803-1869) であった。オドーエフスキーは、ロシア国民主義音楽の出発点である1820年代に音楽評論活動を始め、前世紀以来イタリア音楽の強い影響下にあったこの時期のロシアに、文筆を通じてドイツ音楽を盛んに紹介した。現在では西洋音楽史上の金字塔とされる作品を数多く残したJ. S. バッハ (1685-1750) やL. v. ベートーヴェン (1770-1827) の音楽をロシアに紹介したのも、また1820年代後半から勃興しミハイル・グリンカ (1804-1857) やアレクサンドル・ダルゴムイシスキー (1813-1869) によって実践された、音楽における国民主義を評論の側面から強力に後押ししたのも、ロシア音楽史上におけるオドーエフスキーの大きな功績である。このようにロシア音楽史の歴史的展開を見る上で、この時代に彼が果たした役割は明白であるにもかかわらず、研究は作家としてのオドーエフスキーを対象としたものに限られている。ロシア音楽における国民主義については、ソ連時代、とりわけグリンカにその功績が帰せられ論じられてきた。そのグリンカについて論じられる際、オドーエフスキーの名はしばしば文献に登場するのに対し、グリンカの国民主義を文筆によって基礎づけたオドーエフスキーについて掘り下げた研究はほとんど存在していない。そこで本発表では、彼の音楽評論および論文を手がかりとしながら、ロシア国民主義音楽の礎を文筆において築いたオドーエフスキーがどのような美学に基づいてどのようにロシアに西欧の音楽を紹介し、また来たるべきロシア国民主義音楽にどのようなイメージを抱いていたのかを明らかにする。

close