谷 和明 「《冬の旅》における「村人」の位置と意味 発表概要

《冬の旅》における「村人」の位置と意味 ――ミュラーとシューベルトの差異に着目して


1「村で(Im Dorfe)」は《冬の旅》24詩のなかで唯一、タイトルと詩文内容に全く関
連がない詩である。詩は、鎖をジャラジャラさせて咆哮する犬ども、その抑圧体制の下で
虚しい夢に慰めを見出して暮らす人間たち、そんな「眠れる人々」の下から立ち去ること
決意する主人公の姿を描いている。主題はあくまでも「眠れる人々との訣別」であり、「
村」での出来事を示唆し、連想させる表現は皆無である。にもかかわらずミュラーが「村
で」とタイトルをつけた意図はどこにあるのか、シューベルトはそれを正しく受け止めた
のかを考察する。


2 ここで注目したいのは、《冬の旅》が都市への訣別として開始する事実である。第
1曲「おやすみ(Gute Nacht)」はつかの間の春(愛、幸福、自由)を体験した都市から
の旅立ちを謳っている。「おやすみ」は、冬の時代の到来とともに風見鶏のように変心し
、自分を排斥するようになった「都市」とその市民達への訣別の辞である。「村で」では
これに対応する「村」と農民(勤労大衆)への訣別が歌われているのだ。ミュラーが最終
版の配列変更でこの詩を13番目、つまり後半の先頭に置いたのは偶然ではないだろう。都
市からの出発で開始した《冬の旅》は、村からの再出発で後半に転ずるのだ。


3 古代から、都市(都会)と農村(田舎)は人間社会の両極として対比され、両義的
に語られてきた。主人公が都市に訣別するのはその「変わりやすさUnbeständigkeit」、変
化ゆえである。彼は変化した人間たちの「異者Fremd」つまりブレない個人として旅立つ
。だが、変化しない村人たちは所詮「眠れる人々」に過ぎないことに失望した主人公は、
自己を覚醒者だと規定して旅立つ。こうして2つの類型の人間社会と訣別した主人公にと
って絶望的に孤独な冬の旅が始まる。