発表要旨詳細

瀬川裕美子: ブーレーズの内的必然性とは~ピアノソナタ第3番をめぐって~

「形式という概念を全面的に見直さなければ」というのが、ブーレーズの創作の原動力だった。なんとも捉えがたいもの。毎回、楽想ごとに創り出されるもの。彼の全3曲のピアノソナタはどれもまったく異なる趣向、構造、形式を持ち、その各々の創作時のブーレーズの興味と周囲の状況を伝えるものになっている。そのこと自体が、形式のあり方を伝えるもののように思える。そして1950年代、ソナタ第3番において、演奏するたびに生まれ変わる「可動的な形式」としてブーレーズの意図は(ひとまず)実現された。
窮屈だと考えられていたセリー・アンテグラルの作曲法からダルムシュタット周辺の多くの作曲家が離れていった当時、ブーレーズはそこに留まり、そこから音、素材の持つ無限の可能性のネットワークを編み出す方法を準備した。そして音の持つ様々な特性を、固定的な方法で統制することなく、素材自体が持つ展開の力をファイバー状に引き出し、ブーレーズの意志による「動」と「静」の選択の作業から、響きの濃淡の調整がなされていく。「可動性」と「固定性」とのぶつかり合いから生まれるポエジーは、ブーレーズの音楽人生を支える弁証法であり、それは、画家パウル・クレーの仕事の仕方、「造形思考」への心からの共感から得た力学でもあった。
また、ブーレーズの過去の遺産の緻密な検討の作業から、また装いを新たに、相互浸透する形として息づくポリフォニーやホモフォニーなどの統辞法は、境界を持たず、固定されることはない。
そこでは、従来の形式が持つような、ある主題の音型の現実的記憶によって知覚を安心させつつ、知覚を肯定するような図式はなく、あくまで知覚は潜在的な記憶に委ねられる。それはマラルメの『骰子一擲』の中にあるイデーのプリズム的細分化、結合の術から譜面上に実体変化を起こしたかのような世界観を持って実現される。
ブーレーズの音楽は聴き手の感性を常に覚醒状態におく。偉大なブーレーズの理論と実践の全てから生まれるポエジーを、生のピアノの音響と共にお伝えできればと思っている。