発表要旨詳細

F.シューベルト交響曲第7番ロ短調D759「未完成」の和声構造  今野哲也

 本発表は、クラシック音楽屈指の「定番」とも言える表題の作品に対し、純粋に音楽理論的な観点から、その和声構造を検証することを目的としている。従来の位置付けや評価なども参考とするが、本発表で問われるべきは、できるだけ白紙の状態から分析を実施する姿勢であると考えている。当時、微妙な立ち位置であったであろう「ロ短調」は、シューベルトの歌曲には一定数の事例が見出されるが、器楽曲においては稀有と言える。しかしシューベルトは、「未完成」のような大規模器楽曲にロ短調を投入し、独自のソナタ形式の和声構造を構築している。
チェロとコントラバスの短い序奏が奏された後、h-mollで主要主題が提示され、副次主題はG-durで提示される。それに対し再現部では、副次主題はD-durで再現される。再現部が主調h-mollに回帰するのは、コーダの部分を待たなければならない。ソナタ形式において、再現部の副次主題が必ずしも主調に限らないことは、モーツァルトのK545の第1楽章などにも認められることであり、したがって、この点のみから「未完成」の特徴とすることは出来ないであろう。むしろ興味深いことは、展開部では、主要主題や副次主題が労作されることははなく、序奏の旋律が徹底して展開されるという点である。敢えて主要主題や副次主題の片鱗すら、展開部には落とし込もうとしない発想にこそ、シューベルトの独創性が認められよう。
和声技法に関しては、比較的オーソドックスな用法に留まるものと言えるが、たとえば第279小節などに見られる「裏コード」、すなわち「属7の和音」と「ドイツの6」の同義性を利用した異名同音的転義は、留意しておきたいポイントである。「未完成」の中ではごく一部ではあるが、こうした例からも、この時代のトレンドを作曲者が充分に理解していたことの査証が得られよう。