日本音楽理論研究会第32回例会(2018年5月13日)発表要旨

「ゆれ」と「かげり」から見たChopinの《前奏曲集》作品28
――楽曲構造とピアニズムの分析―― その6 まとめ
    
発表者:福田由紀子

発表概要 
「ピアノの詩人」とも云われるショパンのピアノ作品の魅力がどこにあるのかを理論的に解明するために《前奏曲集》Op.28を研究テーマと設定し、作品とピアニズム(ピアノの機能、あるいは効果を最大限に生かす工夫のこと)の分析に取り組んできた。
ショパンの《前奏曲集》は、バッハの《平均律クラヴィーア曲集》に倣って構想されたと考えられている。とすれば、今回ショパンの《前奏曲集》の研究をまとめるにあたり、もう一度バッハに戻り、彼の曲作りの秘密と音楽性の豊かさを学び直すことによって、ショパンがバッハの正統の子孫であることを再確認していくことが、大切なことと思われる。
そのために、《平均律クラヴィーア曲集》第Ⅰ巻から、まず「第1番C-durの前奏曲」、「第2番c-mollの前奏曲」を取り上げて、一対の明暗の対比を調と曲想から読み取ることを試みた。長調は晴朗な明るい調、短調はパトスと情感のかげる調で、それぞれの調の感じにふさわしい内容表現をしている。調の並び方は《平均律クラヴィーア曲集》とは異なるが、ショパンの《前奏曲集》にも当てはまる。
次に《平均律クラヴィーア曲集》第Ⅰ巻から「第13番Fis-durの前奏曲」を取り上げて縦糸と横糸の織りなすテクスチャーの素晴らしさを見た。このテクスチャーにショパンも最も心血を注いだと思われ、《前奏曲集》の2番、11番、13番、14番、21番等は、分散和音の中に隠された精緻なテクスチャー構造を見ることが出来る。
最後に《平均律クラヴィーア曲集》第Ⅰ巻から「第16番g-mollの前奏曲」を取り上げて、ゆれが効果的に使われていることが分かった。ショパンは分散和音をオクターブに広げたり、分散和音の中にゆれを組み込んで複雑にするなど、独自のピアニズムを生み出しているが、それはバッハが下敷きになっていることが見てとれた。
以上の事柄から、ショパンはバッハの音楽を理解している正統な子孫であり、また、楽器の発達に応じて曲の内容、音楽の作り方の違いはあるが、《平均律クラヴィーア曲集》はショパンの《前奏曲集》の先祖だという音楽史的な位置付けを確認できた。