発表1要旨: 大高誠二 「「冬の旅」におけるシューベルトのフレーズ技法」(第1,2,3,8曲)  

演奏 ソプラノ:小川えみ(当会専属歌手) ピアノ:見上潤

 

 和声に比較して、フレーズ構造のような楽式の小規模な構造が理論的に語られること

は少なく、また楽曲分析の主題となることも稀である。それはフレーズ構造の重要性が

低いためではなく、それを語るために必要な誰もが共通して使えるような理論が確立し

ていないためであろう。その結果、フレーズ構造という概念自体もまた曖昧なものとなら

ざるをえないが、歌曲においてはおおむね1つの詩行が音楽の独立した1つのフレーズ

構造単位に対応するとみなせる利点があり、詩行を仮に不動の基準点として議論を始

めることができる。典型的には詩行は音楽において2小節あるいは複合拍子の1小節

の大きさで歌われる。こうした単位の構造を検討することによって、基本的な構造原理を

導くことができる。このような基本的構造は、規則的な構造と言うことができよう。


一方で、言わば和声であれば変化和音や転調に相当し、同一調内での和声進行や音階

固有音による三和音といった規則的現象と対比的意味を持つ一種の不協和的現象も存

在する。すなわち規則的な構造からの逸脱であり、これを不規則と称することができる。

そういった構造は誤りや不注意によっても生じうるが、ひとたび名人の手にかかれば極め

て効果的な表現手段ともなりうる。本発表で取り上げるフランツ・シューベルト(1797–1828)

は、まさにそのような名人たちの中の最高峰と言っても過言ではない。


シューベルトの作品には、不規則な小節数を持った箇所が極めて頻繁に、しかも何の不自

然さもなく登場する。もちろんこれは表現として意図されたものとみなすべきであり、また彼

はそのための優れた技術を持っていた。本発表の目指すものは、シューベルトがこのよう

な技法を詩の内容の音楽的表現のために巧妙に用いた、ということをフレーズ構造の理論

的解明とともに示すことである。分析される楽曲は「冬の旅(Winterreise)」D911作品89より、

第1曲「おやすみ(Gute Nacht)」、第2曲「風見鶏(Die Wetterfahne)」、第3曲「凍った涙(Gefror'ne

Thränen)」、そして第8曲「回想(Rückblick)」である。