Texasの分益小作人で自称・歌手であり、その多岐に渡るレパートリーには、ストレートなブルースやスピリチュアルなものからシンプルなフォーク・ソングや童謡まで色々とある、Mance
Lipscombは、65歳になるまでレコーディングをしなかった。
1960年、Californiaのフォークロア研究家、Chris StrachwitzとMack McCormickは、Lipscombを、Texas州のNavasotaで発見し、まさにその場でレコーディングをした。
その日Lipscombが歌った殆どの曲は、Mance Lipscombのアルバム"Texas Songster"に収録され、まさに初レコーディング、そしてデビューとなった本作は、StrachwitzのレーベルArhoolie
label からその年の後半にリリースされた。
Lipscombは、彼の音楽活動の殆どをTexas州のBrazos Countyで行なった。
20エーカー程の土地を耕し、週末になると、カントリー・ダンス場や行楽場、ハウス・パーティーといったところで演奏した。
解放された奴隷でバイオリニストであるLipscombの父は、彼にフィドルの弾き方を教えた。
その後、Lipscombは、独学でギターの弾き方を学び、最終的に柔軟に弾けるようになった。
彼の押し殺した豊かなヴォーカルを引き立たせたざらついたフィンガー・ピッキングのスタイルは実に素晴らしいものだ。
ブルースをプレイするというよりは、Lipscombは、LeadbellyやJesse Fullerといった多くの種類のルーツ・ミュージックをうたう歌手に近い。
こういったタイプの歌手が生き延びたことには、Lipscombの多彩なパフォーマンスによるところも大きい。
Lipscombは、60年代に、5つのカントリー・ブルースやフォークの曲を、Arhoolieからリリースし、頻繁にアメリカ中のフォークやブルースのフェスティバルに出演した。
彼は1枚のアルバムもレコーディングし、1970年に"Trouble in Mind"のタイトルでReprise Recordsからリリースされた。
彼の膨大な楽曲群や物語、複雑なフィンガー・ピッキング・テクニックは、追随する若い白人フォーク・アーティスト達に影響を与え、60年代初期におけるフォーク・ブルース・ブームの火付け役となった。
Lipscombの人生と音楽は映画にもなった。
彼は、60年代〜70年代初頭のいくつかのブルースのドキュメンタリー映画に出演し、その中には、The Blues (1962年)、The
Blues According to Lightnin' Hopkins (1968年)、Blues Like Showers of Rain
(1970年)、 A Well Spent Life (1971年)、Out
of the Black into the Blues (1972年)といった作品がある。
Lipscombは、1974年に音楽活動から引退し、2年後に81歳に亡くなった。
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