◆Boingo

不気味なオジサンをモチーフにした、不思議なジャケット。この絵が何を意味しているのか、考えれば考えるほどわからなくなってしまった(ま、いつものことだが)。アーティスト名も、本作からオインゴ・ボインゴの頭部分が消え、ずばりボインゴ(ブレイブ・コンボと差別化したかったんだろうか…そういえば彼らはいま何をしているんだろう)。 しかもそれをアルバム・タイトルにしたのだから、彼らの思い入れが伝わってくるというもの。もともと活動を開始したころは、ザ・ミスティック・ナイツ・オブ・ジ・オインゴ・ボインゴと言う長い名前だったので、どんどん短くなって言ってるのだけど、そのうち、プリンスのようにマーク表記にならないことを祈ります。

さて、名前のことはこのくらいにして中身の話を。いまさら言うまでもないが、彼らはその音楽性に於いて、一筋縄ではいかない音楽集団として知られてきた。アルバムの中の1曲を聴いただけでは、そのバンドなり、アーティストのテイストが見えてこない(良い意味で)作品が多い昨今だが、彼らはもうずっと前から、そうした姿勢を崩さずにきている貴重な人たち。 もちろん、本作もそうした流れは汲んでいるのだが、いくぶんヘヴィになっているということ。これはどうも、ダニー・エルフマン(vo)の愛娘、ローラによる影響らしい。彼女(年齢不詳)が60年代のレコード・コレクターということで、それがきっかけでダニーも、その時代の音楽に再び耳を傾ける機会を得たのだろう。そして聴いたのがビートルズ、ジミ・ヘンドリックス、レッド・ツェッペリンだった。 特にビートルズについては、メロディからメロディへと、自由自在にスタイル変えていくという彼らの手法に興味を持ったらしい。その様子は、3曲目の「メアリー」や11曲目の「チェンジ」からうかがえると思う。
また今回のレコーディングでは、初めてオーケストラを導入し新境地を開くことに成功している。この作業についてダニーは、”自分たちにとって最も楽しくあり、最も難しいものであった”と語っている。1曲目の「インサニティ」のオープニングの、いまにも雷が落ちてきそうな雰囲気や、前述の「メアリー」の中に、それらの断片を聴くことができる。5曲目の「ペデストリアン・ウルヴス」、 6曲目の「ロスト・ライク・ジス」からは、ジミ・ヘンの匂いが漂う。ジミ・ヘンに関していえば、もともと彼自身がジャンルを超えた幅広い音楽性の持ち主だったから、そんな彼からの影響を受けるのは、ダニーにとって、あまりにも自然なことだったのだろう。ツェッペリンに関しても同じことがいえると思うのだが、このアルバムの作成にあたって、ダニーが刺激を受けたアーティストたちは皆、ブルース、ロックンロール、レゲエ、ハード&ヘヴィ・ロックなどの要素を、独自の音楽として包括してきた達人ばかりだ。
その集大成ともいえる9曲目の「アイ・アム・ザ・ウォルラス」は、グラム・ロックとハード・ロックの融合といった風合いで、私は思わずクイーンを想像してしまった。要するに本作は、どこまでも、60年代から70年代のブリティッシュ・ロックを呑み込んだ作品なのだ。とはいえ、現在ファースト・シングルの予定である2曲目の「ヘイ!」は、グランジ風のアレンジが施されていたり、16分の大作となった「チェンジ」の後半からは、古き良き(?)LAのクラブ・シーンが、頭をよぎったりもするのだが。

さて、4年ぶりとなった本作は、古巣のMCAを離れ、気分も新たにGIANT RECORDSへ移籍しての第1弾となる。レコーディングは、’93年の幕開けとともに開始され、同年の夏過ぎまで続行された。それだけの時間を要したのは、ダニーが、『THE NIGHTMARE BEFORE CHRISTMAS』と言うアニメーション映画(日本未公開)のための音楽作成に熱中していたとと、(←管理人注・原文ママ)1度録音した曲を聴いた結果、納得がいかず、再度取り直したことに因る。ダニーといえば、 数々の映画音楽を手掛け、特に大ヒットとなった『BATMAN』では、その奇才ぶりがいかんなく発揮された。実際、本作で試みたオーケストラによる構成については、”映画のためにとっておきたかった”と語っている。それほど彼の頭の中には、常にサウンドトラックのための音楽と言うものが、渦巻いていたようだ。
プロデュースは、前回に引き続きダニー・エルフマン、スティーブ・バーテック(g)、ジョン・アヴィラ(b、vo)となっている。ただしメンバーのほうは、多少の入れ替わりがあった。上記の3人に加え、ジョニー”ヴァトス”ヘルナンデス(ds、perc)、辞めたカール・グレイヴス(key)に代わって、新しく加入したマーク・マン(key)の計5人。カールは、自分のバンドであるVOCAL NATIONの活動に力を注ぐそう。長年活動をともにしてきたサム”スラッゴ”フィップス(sax)や、レオン・シュネイダーマン(sax)、デール・ターナー(tp)の3人は、 アルバム製作には関わったが、今後ツアーに参加する可能性はなさそうだ。バンドが79年に結成されて以来、常に大人数で活動してきただけに、頭数が減るのは、なんだか寂しい気も。そんな空気を一蹴してくれたのが、スティーブ・バーテックと今回ゲスト・ミュージシャンとしてクレジットされているウォーレン・フィッツジェラルドだ。彼らのギターが加わり、4曲目の「キャント・シー」のような、美しいギター・コーラスが生み出された。特にウォーレンは、彼の別のバンドTHE VANDALSに於いても、一風変わった存在で知られており、彼もボインゴの音楽性に、新しい風を吹き込んだアーティストのひとりであるといえる。
彼らがこの作品を制作するにあたって吸収した音楽は、時代的には古いものだったけど、ここで表現された音楽は、結果的にはボインゴのオリジナリティを打ち出すことになり、十分ひとつのジャンルとして成立している。まさに温故知新のようなアルバムだ。

さて、問題のジャケットだが、思うに彼らは、自分たち奏でる1枚の物語のなかで、道化役者として存在していて、豊かな表現をこちらに投げかけている。その表情の下には、我々には想像しがたい無数の感情が潜んでいて、それは、彼らの果てしない音楽性がつまったサーカス小屋と同じ空間に、位置している。だから、このへんなオジサンは、きっとボインゴの塊なんじゃないかという気がしてきた。で、こちら側は、もっぱらポップコーンでもほおばりながら、空中ブランコや綱渡りを、ヒヤヒヤしながら観ているだけの、お気楽なオーディエンスだったりするのだ。

[1994年7月 那須純子/JUNKO NASU]


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