2005年10月17日
“ベートーヴェン・コンプレックス”

昨日、シュツットガルト室内管の元コンサートマスターのヘルビック・ツアック(日本語表記はこれでいいのかな?)とトリオの演奏会があったのですが(すみません、スケジュールに間に合いませんでした。深く反省しています。)、とてもすっきりしたことがあったのでご報告したいと思います。具体的に言うと、僕が長年抱えていたベートーヴェン・コンプレックスから抜け出せたような気がしたのです。ヘルビックと一緒に弾かないか?という話は半年以上前にオファーがあったのですが、正直なところあまり乗り気ではなかったのです。理由は僕の考えているベートーヴェン観を本家のドイツ人と共有する、あるいは彼らに認めてもらうのはとても無理だと思ったからです。僕が作曲家としてベートーヴェンが好きなのに演奏に自信がいまひとつ持てないのにはいくつか原因がありますが、特に決定的だったのは今から15年以上前のアメリカ留学時代に遡ります。

その当時、今とは逆に僕はなんとはなしにこの偉大な作曲家のスタイルをある程度わかっているつもりでした。それはひとつには日本人の、あるいは桐朋の音楽教育がドイツ式に基づいていて、かなりベートーヴェンの形式についてはうるさく言われた記憶によるものでした。さらにいったんアメリカに来てみると、そこで耳にする彼の作品の演奏はかなり変わって聞こえ、内心「僕たちに弾かせればこんな歪んだ形にはならないのに」ぐらいのことは生意気に思っていたのでした。事件が起きたのは、あるドイツ人の先生のマスタークラスでベートーヴェンのソナタを弾いたときでした。(お断りしておきますが、もちろんシュタルケル先生ではありません。そもそも彼はハンガリー人です。)先生は普段はジョークの好きな陽気な方で、僕も可愛がってもらっていたのですが、その日は様子が違いました。

「ススム、あなたがどうしてそこでそんなフレーズで弾くのかわからない。」

などとクレームをつけはじめ、僕が理由を説明しても大して耳を傾けず、さらに他の場所にもちょっと細かすぎる注文を陰湿なやりかたでつけてきたのです。最初は「本場の人が言うのだから」といういささか情けない理由で先生の言うことを受け止めようと思っていた僕ですが、さすがにだんだん気分が悪くなってきました。僕の最大の長所のひとつに「感情表現が豊かである」という部分があるのですが、これは同時に最悪の欠点「怒ると顔に出る」ということと実は表裏一体であり、その日もこのドイツ人はいちはやく僕の顔に不満の色を見つけ、ついに言ったのです。

「ススム、私のおじいさんはベートーヴェンの友達なのよ!!」

そのあと、その場がどのように収まったかは記憶がありませんが、それ以来僕はなんとはなしに、自分のスタイルはドイツ人には通じないらしい、と思ってしまったのです。

それから現在までずいぶん多くのドイツ人とも仕事をしましたが、よく考えてみるとその作曲家の作品は見事なまでに避けられているのです。ところが今回、ヘルビックが一緒にやろうと言ってきた曲がまさにストライクど真ん中の、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲の「幽霊」だったのです。しかもいろいろな人に聞くと、「いやあ、彼はうまいけれど神経質だよ」、「そうそう、リハーサルなんか細かくてうるさくて長時間でさ」等々ろくな話がありません。シュツットガルト室内管のコンマスというと、まあかなりドイツの正統派だよな、この年になってきついレッスンかい?みたいな気持ちでリハーサルの日を迎えたのでした。

ところが彼が我が家にやってきて音を聞くと、なんだか僕の知っている感じのスタイルではありませんか?それもそのはず、彼も同じ Indiana Bloomington でギンゴールド先生に習っていたのでした。リハーサルもごく順調にすすみ、彼のほうが「ここはやりすぎかな?大丈夫?」なんて聞いてきたりして、あれあれなんだかずいぶん話が違うぞ?と思いながらも、本番が終わるまではわからないぞ!と気を引き締めて演奏会の当日を迎えたのです。曲をお聞きになるとわかるのですが、「幽霊」の第2楽章は恐ろしくゆっくりで長く、僕ら音楽家ですらCDで聞いていると気が遠くなるのです。ところが我々の音楽会のお客さんときたら、その楽章になるとますます曲にのめりこんできて、一番最後の小さな音のユニゾンが終わると、なんとも言えないため息が聞こえてきたのです。そして明るい快活な最終楽章が終わるや否や盛大な拍手!!嬉しさいっぱいで楽屋に戻りました(音楽家は単純です、拍手さえもらえばなんだか生きていける、と思っている人種ですから)。そして、ヘルビックが「今日のベートヴェンは本当に楽しかった。いろいろないいやりとりもできた!」と言ってくれたのです。まあ社交辞令もあるとは思いますが、正直嬉しかったし、ありがたかったですね。例の Indiana の先生のいやーな残像が消えていくような気がしましたよ!これからはベートーヴェンのソナタも弾くぞ!!という気分になりました。このヘルビック先生は2007年に再来日して、なんか一緒に弾くような話になりそうです。皆さんそのときはぜひよろしくお願いいたします。

そうそう、その問題のドイツ人の先生はチェロ音楽の歴史の先生でもありました。僕は見事に不合格の点をもらい、その単位だけのためにディプロマをもらえませんでした。あの先生じゃなければ、いつの日かもう一度 Indiana に短期間行って、チェロ音楽の歴史をやっつけたいのですが。。。

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