2004年03月04日
“教えるということ”

おや、気がついたらもう3月ですね!今回は「教える」ということについて書きます。

僕が初めてチェロを教えたのはなんと中学1年生のときで、同級生に基本的な構えや音の出し方を アドヴァイスしたのですが、非常に勘がよくピアノの経験もあった人だったので、あっという間に ある程度弾けるようになってしまいました。今でも上級アマチュアとしてオケやら室内楽で腕を 揮っているはずです。ああそうそう、近所のすこし年下の男の子に音楽の基本的な楽譜の読み方やらを 教えていたこともありましたねー。彼はその後、考古学の道に進み、原人の骨やら掘ったりして、 現在はどこか博物館にでもいるはずです。

その後自分の音大受験などもあり教えている暇もなかったのですが、桐朋に入った後は頼まれて 神保町の楽器屋さんの教室に週2回くらい教えにいっていました。この頃は遊びたい盛りのやんちゃで 生意気な大学生ですから、日時は間違えるは、約束した日にプロオケの仕事を入れてしまい後輩に 代わりにレッスンに行かせるは、たまにまともにレッスンすると生徒さんにストレートに自分の 感情をぶつけるは、悪行の限り(?)を尽くし、今思うとひどい先生でした。当時の生徒さんには いい迷惑だったかもしれません。もしこれを読んでおられる方がいらしたらご連絡くださいね。

ここまでの話ではまったくいいことのない悪ガキのようですが、ちゃんと人の役にも立っているの ですよ。なにしろ代わりにレッスンに行かせた後輩の女の子と楽器屋さんがすっかり仲良くなって しまい、最後には結婚してしまったのですから、愛のキューピットちゃんですよね。こういうのを 怪我の功名と言うのでしょうか。(Oさん、ちゃんと感謝してる?)

「教える」ということに対する意識が変わったのは、大学を卒業して研究科を出て、アメリカに行き、 シュタルケル氏に教えてもらってからです。それまでの僕は自分の技術レベルもまだまだだったことも あり、仕方ないことだったとは思いますが、「弾く」ことに全神経が集中しており「教える」ことは 空いた時間のアルバイトという感覚でした。ところがシュタルケル氏ほどの世界一とも言われる ソリストが、自分にとって「弾くこと」と「教えること」は二本の柱だと言うのです。彼のレッスンは 一言でいうと、生徒の問題点を少ない言葉で鋭く指摘して、生徒自身に問題を解決する方法を 見つけさせるというもので、それまで僕が受けてきた、あるいは人にしてきた、とにかく真似をさせる レッスンのやりかたとは180度違うものでした。もちろんそれは技術レベルが高い人たちに対して だからこそ出来る方法ではあるのですが、生徒の問題点をすぐ見抜き、それに対する処方箋を 提供するということは、教える側にとっても自身の奏法論の確立にもつながる大事な現場だったと いう事実に僕は驚きました。

現在僕のところには、年に4〜5回しか来ない季節会員やら、留学を志す人、会社の社長さん、 大学生などを含めて10人弱の人がレッスンに来ています。それぞれのレベルはありますが、チェロや 音楽に対する各人の思いや人間性との触れあいが僕にとってありがたく楽しい時間になっています。 生徒さんの一生懸命に楽器と取り組む姿を目の当たりにして、(僕はここまでチェロが好きかな?)と 自問自答するときもあるのです、ここだけの話。

今年の6月5日には初台のASPIAという小さなホールで生徒さんたちのコンサートも企画しており、 みんなそろそろ焦ろよという今日この頃です。

最近の僕のレッスンはどんな感じか、ですか?いやあ、もう短い言葉でポイントを言って、優しい言葉で 勇気づけてさっと終わるレッスンですよ。誰だ!そこで笑ってるのは!

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