霊長類
れいちょうるい primates




霊長目 Primates に属する哺乳類の総称。霊長は万物の霊長の意で,動物界でもっとも進化をとげた分類群であることを示している。食虫目に類似の動物から分化し,樹上生活を通じて適応放散した一群と考えられている。
 霊長目は,原猿亜目 Prosimii と真猿亜目Anthropoidea の2亜目に分けられ,前者はさらにキネズミ下目 Tupaiiformes,メガネザル下目Tarsiiformes,ロリス下目 Lorisiformes,キツネザル下目 Lemuriformes の4下目に,また後者はオマキザル上科 Ceboidea,オナガザル上科Cercopithecoidea,ヒト上科 Hominoidea の3上科に分けられる。
 科のレベルで見ると,原猿はツパイ科(キネズミ科)Tupaiidae,メガネザル科 Tarsiidae,ロリス科 Lorisidae,アイアイ科 Daubentoniidae,キツネザル科 Lemuridae,インドリ科 Indriidaeの6科に,また真猿はキヌザル科 Callitrichidae,オマキザル科 Cebidae,オナガザル科Cercopithecidae,ショウジョウ科 Pongidae,ヒト科 Hominidae の5科に分けられる。この11科には,約170種の現生種が含まれている。ヒトHomo sapiens はその中の1種で,また動物界でもっとも進化をとげた種でもある。しかし原猿類の中には第三紀初頭の霊長類出現当時の姿をほうふつとさせるような原始的な種をも含んでおり,一つの目の中にきわめて原始的な種と高度な進化をとげた種を同時に含むという点も,この目の大きな特色といえる。
[霊長類の諸特性]  霊長類を他の哺乳類から分ける重要な特性は,いずれも樹上生活と強く結びついており,それらは前肢と目に集中している。まず,樹上での体の安定を保つために,その手は拇指(ぼし)を他の4指に対向させて,物を把握することが可能になっている。他の多くの哺乳類では前肢は単なる歩行器官でしかなかったのであるが,霊長類では歩行器官であると同時に保持器官になっているのである。かぎづめ(鉤爪)からひらづめ(平爪)への変化,指掌紋(ししようもん)の発達なども霊長類に見られる大きな特色であるが,上記と一連の機能的意味をもった形質だといってよい。
 次に,両眼視つまり立体視の可能な目をあげることができる。樹上という三次元空間で活動しなければならない彼らにとって,遠近の目測の必要性は容易に推測しうるところである。両眼視が可能な目は,頭部側方から正中に寄り,顔面をつくる。暁新世の原始的な化石種プレシアダピスPlesiadapis を除いて,これ以外の霊長類の種はすべて眼輪(がんりん)(眼窩(がんか)のふち)が閉じている。さらに,口顎部の縮小,歯数の減少などの一連の形質的変化は,目の変化と関連している。そして,嗅覚(きゆうかく)依存から視覚依存への移行の傾向が認められ,このことは脳の発達を促す基盤ともなっている。もう一つ樹上生活と関係のある項目として,休止時の姿勢がある。それは,横たわるあるいは腹ばいになる lying という姿勢よりも,上体を立てて座る,つまり sitting upという姿勢が,より重要な姿勢となる。樹上ではこのほうが横たわるよりもはるかに安定した姿勢なのである。この姿勢は,体軸を垂直に保つことによってより重い頭部を支えることを可能にし,手の自由をも保証するのである。
 以上のような諸特性は,霊長類のすべての種が共通してもちあわせているとはいえない。むしろこれらは,霊長類全体を眺めたときの進化の方向性としてとらえたほうがよいかもしれない。つめを例にとってみても,ツパイ(キネズミともいう)はひらづめをもっていないし,その他の原猿の多くも少なくとも前肢の第2指と第3指にかぎづめを残している。進化の方向性ということであれば,必ずしも霊長類の定義の項目に加えることはできなくても,さらに多くの特性の抽出が可能だろう。妊娠期間や育児期間は,系統的段階が上がるにつれて長くなる。産子数も減少し,真猿類ではキヌザル類を除いて1産1子となる。夜行性から昼行性へ,単独生活から集団生活へという移行なども霊長類がたどった進化の方向性を示している。そして脳の発達もその例外ではない。
[ツパイの帰属]  このような観点からすると,ツパイ類は多くの点で例外的な存在になる。19世紀末に,ツパイの中耳の耳小骨の形状が食虫目とは異なり霊長類に酷似することが指摘され,筋肉や頭骨や脳の構造についての比較解剖学的所見からしてもそのキツネザルやサルへの近似性が認められたところから,霊長類のもっとも原始的な分類群としての位置が与えられた。しかしその後もツパイ類の帰属についての議論は続いており,ある研究者からは食虫目と霊長目の中間に位置するメノティフラ Menotyphla という別目を設けるべきだとの提案もあった。たしかにツパイ類の多くは地上性が強く,他の霊長類の種がそなえている樹上生活と関連をもつ諸特性を欠いている。また,ガラゴ属 Galago やコビトキツネザル属Cheirogaleus のような原始的な原猿でも少なくとも4ヵ月の妊娠期間をもつのに,ツパイのそれは約45日でしかない。そして,社会的行動に見られる諸特性も,他の原猿類の系列に沿わせることの困難なものが多いのである。しかしその帰属については今後の研究の結果に待つことにし,ここでは霊長類中もっとも原始的な位置を与えておくことにしたい。
[歯]  霊長類の歯数は,系統的段階が上がるにつれて少なくなっている。原始的な哺乳類の歯式は

であるが,霊長類にはこれと同構造の歯式をもつものは化石種にも現生種にも存在しない。すべてはこれよりも少ないのである。始新世のオモミス科 Omomyidae には完全な歯をもつ化石が知られており,それは

である。それに対してツパイ類は

と下顎の切歯が1対多い。その他の現生原猿類は,メガネザル類が

ロリス類が

キツネザル科もロリス類と同じだが,イタチキツネザル属 Lepilemur だけが上顎切歯を完全に欠いている。また,インドリ科は下顎犬歯を,アイアイは上下犬歯と下顎小臼歯を欠き,上下切歯と上顎小臼歯はいずれも1対だけ

という歯式をもつ。真猿類は,オマキザル科が

キヌザル科が

オナガザル科とヒト上科は

である。化石原猿類中にはより原始的な歯式をもつものの存在を推定しうるが,霊長類の歯式はほぼ

の間におさまり,アイアイなどに見られる欠落は特殊化とみなしてよい。
[霊長類の起源と進化]  霊長類は,第三紀初頭暁新世に北アメリカ大陸に姿を現したあと,暁新世末期にはわずかながらヨーロッパで化石が知られている。始新世に入ると北アメリカとヨーロッパが種分化の舞台となり,少なくとも6科40属以上が記載されている。この中にはアダピス科 Adapidae やオモミス科など霊長類の原始形態を知るうえで重要な化石が含まれるが,メガネザル科とショウジョウ科の祖型も姿を現している。ショウジョウ科と考えられるのはアンフィピテクス Amphipithecus とポンダウンギア Pondaungia でミャンマーから出土しており,またオモミス科の2属は中国で発見されている。漸新世は霊長類化石の乏しい時代であるが,エジプトのファユウムでは多彩な化石が出土しており,その一つ一つは原始原猿類と真猿類をつなぐ重要な意味をもつものである。ショウジョウ科のエジプトピテクス Aegyptopithecus,オレオピテクス科Oreopithecidae のアピジウム Apidium とパラピテクス Parapithecus,ヒト上科に入ることはまちがいないとされるエオロピテクス Aeolopithecus,オリゴピテクス Oligopithecus,プロプリオピテクス Propliopithecus などである。またアルゼンチンで最初のオマキザル,ドリコケブスDolichocebus が発見されている。中新世から鮮新世にかけては高等霊長類の適応放散の時代で,コロンビアの中新世の地層からはホムンクルス Homunculus など新世界ザルの化石資料が増え,ヨーロッパからアフリカにかけてはドリコピテクス Dolichopithecus,メソピテクス Mesopithecusなどのオナガザル科の化石が知られている。また,ヨーロッパではテナガザルの祖型と考えられているプリオピテクス Pliopithecus が,イタリアからはオレオピテクス Oreopithecus の完全な化石が発見されているし,プロコンスル Proconsul,ドリオピテクス Dryopithecus,ラマピテクスRamapithecus,ギガントピテクスGigantopithecus などの現生類人猿やヒトに近縁な化石がアフロ・ユーラシア各地で発見されている。そして鮮新世後半のアウストラロピテクスAustralopithecus,さらに洪積世の原人ホモ・エレクトゥス Homo erectus へとつながっていくのである。現生の原猿につながる化石はきわめて少ないが,インドの鮮新世の地層からはロリス科のインドラロリス Indraloris の化石が知られている。
[分布]  上述のように化石霊長類は新旧両大陸にまたがって広範な分布を示すが,ヒトを除く現生種の分布域はヨーロッパと北アメリカは含まない。またオーストラリアとニュージーランドは霊長類の歴史とは無縁の土地であった。
 原猿類の分布は旧世界に限られる。ツパイとメガネザルは東南アジアに,ロリスはインド,スリランカ,インドシナ半島と,アフリカ大陸に分布する。キツネザル類の分布はマダガスカルとその周辺の小島に限られる。オマキザル上科のサルたちはメキシコ中部以南の中央アメリカと南アメリカに広く分布するが,南限はアルゼンチン中部である。オナガザル類は,日本,東南アジアの島々,中国からインドシナ半島とインド亜大陸を経てインド・パキスタン国境付近まで,そしてアフリカ大陸とアラビア半島の一部に分布する。ショウジョウ科は,テナガザル類 Hylobates が中国南部とインドシナ半島,そしてスマトラとボルネオに,オランウータン Pongo pygmaeus はスマトラとボルネオに分布する。アフリカの3種の大型類人猿は,チンパンジー Pan troglodytes が西アフリカのセネガルからタンザニア西部まで赤道をたすきがけにしたような分布を見せ,ザイール川左岸の森林にはピグミーチンパンジー P. paniscus が分布する。ゴリラ Gorilla gorilla は,カメルーンやガボンの低地森林にローランドゴリラが,西部大地溝帯沿いの山地帯にはマウンテンゴリラが分布している。ヒトを除く現生霊長類の分布域中,その北限を占めるのはニホンザル Macaca fuscata で青森県下北半島の北端に近い北緯41ツ30ア が北限地,南限はチャクマヒヒ Papio ursinus の分布域であるアフリカ大陸南端の南緯35ツ である。
【生態】
[霊長類と森林]  霊長類が森林ときってもきれない関係にあることは,新旧両大陸の熱帯多雨林が霊長類の分布の中心になっていることからも明らかであろう。原猿とオマキザル上科のサルのほとんどは熱帯林の中の樹上生活者である。その例外といえば,樹上性の強いツパイ亜科Tupaiinae の各種と,乾燥サバンナに分布するショウガラゴ Galago senegalensis,疎林帯に分布を広げているオオガラゴ G. crassicaudatus やベローシファカ Propithecus verreauxi などであろう。オナガザル科に至って,地上性の種,森林から脱出した種が見られるようになる。パタスモンキー Erythrocebus patas,ヒヒ属 Papio,ゲラダヒヒ,マカック属 Macaca などで地上性はとくに顕著であり,パタスモンキーは草原に,3種のサバンナ性のヒヒはサバンナと半砂漠に,ゲラダヒヒTheropithecus gelada は高地草原に生息している。ニホンザルのように寒冷な落葉広葉樹林帯にまで分布を広げている種もある。また,マウンテンゴリラは森林限界を越えたアフロ・アルパイン帯にまで分布を広げているし,チンパンジーの分布域は乾燥疎開林帯にまでのびている。
[食性]  霊長類の基本的な食性が雑食性であるということは,原猿類の大半が雑食性であることからも推察しうる。しかし,栄養価は低いが労せずして大量に採食できる植物食に偏食化した種が,各分類群中に少数ずつ見られる。原猿では,イタチキツネザル属 Lepilemur,インドリ属 Indri,シファカ属 Propithecus などがその例であるし,オマキザル科ではホエザル属 Alouatta が葉食,クモザル属 Ateles は果実食の傾向が強い。オナガザル類のオナガザル亜科 Cercopithecinae は雑食性だが,コロブス亜科 Colobinae に属する種は一般に葉食で,ヤセザル属 Presbytis はリーフモンキー leaf monkey と呼ばれる。類人猿では,オランウータンが果実食への偏りを見せ,ゴリラは繊維質の植物を好む。このような偏食主義は,一般に雑食性を保っている近縁種に比して体が大型化している。
 霊長類の食性についていくつかの注目すべき現象をあげておこう。夜行性の原猿ポットーPerodicticus の胃内容は,昆虫が11%,樹脂が22%,果実が67%を占めていたという。樹脂は原始的な霊長類にとって見逃すことのできない重要な食物に違いない。ニホンザルの食物メニューは群れごとに異なっており,それらは各群れで伝承されていることが明らかにされている。深雪地帯のニホンザルは,冬の間は広葉樹の樹皮の形成層に食生活を依存している。チンパンジーは,アリやシロアリのほか,小・中型の哺乳類を捕食する。採食行動にも多くの興味深い現象が記録されており,ニホンザルのイモ洗い行動,チンパンジーの道具を用いてのアリ釣りやシロアリ釣り,石で堅果を割る行動などはいずれも文化的な行動として注目された。また,ピグミーチンパンジーとチンパンジーに見られる食物を分配する行動は,分業の発生といった見地からもきわめて重要な意義をもっている。
[霊長類の社会]  ツパイを除く原猿の2/3以上は夜行性で,ガラゴ,コビトキツネザル,アイアイDaubentonia madagascariensis などは巣をつくって日中はその中で眠っている。霊長類中巣をつくるのは,これらの原猿と4種の大型類人猿のみである。後者の巣は毎日夕刻に新たにつくられ,巣というよりもベッドと呼ぶほうが適切である。
 夜行性の原猿の多くは単独行動者である。わずかにメガネザル Tarsius とアバヒ Avahi が集団をもつが,これらはいずれも雌雄各1頭の結びついたものであるから,このようなペアの構成が霊長類の単位集団の原型的なものと考えることができる。ヨザル Aotus は真猿中唯一の夜行性の種であるが,これもペアの集団をもっている。
 昼行性の種は,オランウータンという唯一の例外を除いて,すべて安定した単位集団をもっている。霊長類の単位集団は両性からなり,種に特異な構成とサイズをみずから保つ半閉鎖的な集団で,特定の構成要素(メンバー)を放出しまた外部から受けいれる。したがって霊長類の一つの種社会は,ある社会的な距離を保って散在する単位集団と,その空隙を彷徨(ほうこう)する単独行動個体によって模式化することができる。単位集団は構成によって,単雄単雌,単雄複雌,複雄複雌に分けることができる。単雄単雌の集団は上述の夜行性原猿類のほか,インドリ,シファカ,キヌザル類,オマキザル科の約半数,そしてテナガザルなどに見られる。これらは母系によっても父系によっても継承されることのない集団だといってよい。単雄複雌と複雄複雌の集団にはそれぞれ2型があり,そのうちの2型が母系の集団である。複雄複雌で母系の集団は,キツネザル属 Lemur,リスザル属 Saimini,オマキザル属 Cebus,クモザル属Ateles,ウーリークモザル属 Brachyteles,ウーリーモンキー属 Lagothrix,ホエザル属Alouatta,そしてオナガザル科の約半数がこの集団構造をもつ。単雄複雌で母系の集団は,オナガザル科の残る半数だけに見られる。この両型とも,集団内で生まれた雄は集団を離脱し他集団に加入する。単雄の場合にも,そのただ1頭の雄は数年に一度の周期で外部の雄との入れ替えが行われる。両型とも,雌は原則として出自集団を離れることはなく,一つの集団は母系によって継承される。あとの2型は,単雄複雌で母系でないゴリラの単位集団と,複雄複雌で父系のチンパンジーおよびピグミーチンパンジーの単位集団である。両者に共通するのは,雌が性成熟に達するまでに出自集団を離れる点で,これは母系的な集団とは対照的である。ゴリラでは雄の子も集団を離れて集団内の単雄の構成を保つが,チンパンジーでは雄が集団を離れることはなく,出自を同じくする雄たちの強いきずなが集団の核をなしている。霊長類社会のこれらの社会構造は,近親婚の回避と深い関係をもっている。オナガザル類の中には,マントヒヒ Papio hamadryas やゲラダヒヒなどのように,重層の社会構造をもつものが知られており,後者はときに数百頭にのぼるハードherd をつくって遊動することがあるが,その中で単位集団の輪郭は厳重に守られている。しかしこのような例はまれで,一般に霊長類の集団間関係には厳しい対立が見られ,地域社会としての構造化の達成されていない例が多い。チンパンジーでは,近年集団を異にする雄間での殺戮(さつりく)を伴う集団間関係の事例が報告されている。
 ニホンザルは明確な交尾期をもつが,熱帯地方に生息する高等霊長類には一定の交尾期をもたないものが多い。また,ニホンザルなどでは出産は毎年あるいは隔年であるが,チンパンジーやピグミーチンパンジーなどでは出産間隔は約5年となる。寿命も,ニホンザルなどでは約20年といわれるが,チンパンジーやゴリラでは40年以上と推定されている。複雄複雌の構成をもつオナガザル類の集団内では,よく発達した優位劣位関係が知られているが,類人猿では食物の分配など平等原則に立った社会関係がより多く見られるようになる。これらは,集団内でのコミュニケーションの発達,成長に要する期間の長期化とも無関係ではないと考えられる。
 霊長類の中で,直立2足歩行を行うのはヒトだけであり,この特性がヒトの人類学上の重要な定義の一つになっているが,この独自の歩行様式の起源の解明は古来の難問とされ,まだ完全な解決を見るには至っていない。⇒化石霊長類‖サル