夏川翠さんのNHK BS 「熱中夜話ロック黄金時代」収録参加記
ヘヴンさんはロック イズ マイライフ ナイトの収録に参加できませんでしたが、この回の収録で放映で登場されたのが夏川翠さんです。夏川さんにお願いしてミクシ―に書かれた収録についての日記を編集していただいた上、こちらにも掲載させていただきました。
実はテレビに出ました。NHK-BS2の「BS熱中夜話」です。
30日に渋谷のNHKセンターで、ほぼ1日がかりで収録がありました。
長かったです〜。
これって、元々は私やサキツミベイビーさんが写真を提供している「70年ロック」の管理人の影武者さんのところに来たメールが発端。
NHKから直々にメールが来たワケじゃなく、多分制作を任されている会社かな? そこのスタッフから「BS熱中夜話」で、今度60〜70年代のロック特番を作るので、そのころに詳しいロック人を探しています、というのがその内容でした。
影武者さんが早速私を推薦して、そのメールが私のとこに転送されて来ました。連絡は私がしたんですけどね。テレビに映るのはイヤだけど〜、と言いつつ、とりあえず会うだけは会いましょうとなり、21日にそのスタッフ2名と会いました。
サキツミさんも最初は渋っていたんですが、スタッフさんと会って、いつもの「濃ゆいロック話」を3時間くらい2人で散々しゃべったあと、乗り気じゃなかったはずのサキツミさんも、テレビは顔が映るからイヤじゃ、と言ってた私も結局2人とも出ることにしてしまいました!
当日は11時20 分に集合。説明聞いてお弁当いただいて、12時半撮影開始のはずでしたが、実際には45分ころ開始。
ゲストにはムッシュにローリーに安斎肇さん(空耳アワーの人です)と、まだ20代だという高樹千佳子さんて女性。45分弱の番組なのに1話につき2時間は撮る、とのこと。
第1話は「スーパー・ギタリスト・ナイト」、まあ例のヤードバーズの3人ギタリストの話が中心。
この回が一番長く撮っていましたね。盛り上がったのもこの回でした。
ローリーが、ギターと小さなアンプ持参で(おまけにハーディー・ガーディーまで持ってきてた!)、名前の出たギタリストほとんどの代表的リフやフレーズを難なく弾いちゃうんだよね。
「マニアの前じゃあどうかなぁ・・・、アレこうじゃないな、でもこんなかんじ?」とか言いつつ、多少怯えながら何でも弾いているのには、やっぱりプロやねぇ、と感心しました。
彼はホントに勉強してますよ。あのギターが聞けただけでもラッキー!
そうそう、ゲストの4人の中で彼だけは3回とも衣装替えてます!
2話目「マイベスト・バンド・ナイト」までは元気いっぱいでしたが、3話目ではちょっぴり大人しくなってました。聞けば前日はローリーはコンサートだったそうで、そりゃお疲れですよね。
ムッシュは、やっぱり影のフィクサーよね。いい話も聞けて(ホントはGSのころの話が聞きたかったけど)彼こそ「歩くロック・ディクショナリー」でっす!
彼は、原宿のとんかつ屋さんでクラプトンに会ったことあるって言ってた。
ははは、私はお馴染みジミーとは西新宿じゃよく会います(言ってない言ってない)。
安斎さんは、聞いてるんだか半分寝てたんだか(?)、トボケてて笑えました〜。後楽園でのグランド・ファンクを見たというか見なかったというかのボケ話も。
高樹ちゃんは、本人は大真面目なんですが、聞いてる方はちょっと笑ってしまうようなピンク・フロイドのことを延々としゃべってましたね。
第1話の「ギタリスト・ナイト」ではエリック、ジェフ、ジミーのことが中心で、実を言うと私は今でこそジェフ・ベック様命ですが、若いときはジェフはどうでも良くて、エリック、ジミーには入れあげておりました。ハイ高校生のころの話。
でも、現在じゃクラ爺にペー爺呼ばわりで、ファンだったなんて口が裂けても言えない不遜なヤツですので、こういう特番に出る資格なんかないと思ってました。
とは言え、エリックの話のとき、昔のミュージックライフ(ストーンズの「ロックン・ロール・サーカス」のとき、ジョン・レノンとヨーコさんの隣にエリックがいるという写真が表紙になったもの)なんぞ手にしてたら突然ビビるくんに「夏川さん!」と呼ばれてマイクを渡され、結局は「昔はこ〜んなに好きでした、エリック命でした、ずいぶんコンサートも見てます、でも今はもういいです、何回見ても進歩ないヒトだから・・・」と長々と喋ってしまいみんなに大爆笑されました。受けを狙ったつもりは毛頭無いんですが。散々持ち上げておいて、最後に落とすというのは誰も予想しなかったようで。
その後はジェフの話になりましたが、ここではご指名ナシで、ジミーのとき心ならずもルックスに関してまた喋ってしまい(昔はこんなにステキだったけど、クスリやら何やらでどんどんドラえもんと化し、一時関取にもなり、また最近は好々爺となり大分見てくれは良くなった、とか何とかかんとか)これはあとで「あ〜あ、あんなこと言わなきゃ良かったなぁ」と後悔するハメに・・・。
私の実のある話は、第3話目に持ち越されました。
ファン一同の好きなギタリスト(あの3人以外で)は、結構渋くてマニアックでした。ロリー・ギャラガーとかウィルコ・ジョンソンとか・・・。でもキース・リチャーズは挙げた人多かったよ(サキツミさんもキース)。私の書いたのは、うふふ、誰でしょう・・・。(全く映りもしなかったけど、デイヴッド・ギルモアと書いた。)。
第2話「マイベスト・バンド・ナイト」は、自分の好きなバンドについて語るという回。
また事前に、スケッチブックにバンド名を書いておくように言われて、ZEPの夏川だからなぁ、と成り行きで仕方なく「レッド・ツェッペリン」なんて書いたけど、実はあれはウソです。私のお隣の人が「ユーライア・ヒープ」と書いて指名されたとき「あ”〜私が書かなきゃいけなかった〜!」とまたも大後悔! じゃなきゃ「UFO」でも良かった・・・。少なくともZEPと書いたのは間違いでしたぁ〜!
ゲストの挙げたベストバンドでは、ローリーが「エンジェル」と言ったのは私は嬉しかったけど、賛同者めっきり少なかったですぅ〜!
ローリーさんがお好きなバンドはエンジェル
彼がエンジェルを語ってるとき 、「ねぇ武道館でやりましたっけ?」と突然私に聞いてくるので、また思わず喋ってしまったわよ!
「ええ一応武道館でやりましたよ。でもプロモーターが倒産だかになって、夜逃げ同然に手を引いたんで、彼らはマトモにギャラももらえなかったらしいですよ、最後ころはコンサートも中止になって、可哀想だったんです」・・・・・・でもあんまりB級、B級と連呼されて、ちょっと違うのになぁ〜と反論したかったです。
サキツミさんは、ちょっとお疲れだったので、2話目でお別れ。 お帰りになりました。
私は本命(?)が第3話「ロック is マイライフ・ナイト」という回。スタッフに指名があったらこれこれを語って下さい、という説明まで受けて収録に臨みました。
ここでは、ファン一同が自分の最も印象に残ったベスト・コンサートを語るコーナーが中心。
71年以降ということで、まだそのころは見てないと思われる人たちは、わりと70年代も後期のコンサートを挙げてました。最近のTHE WHOって人もいましたが。
でも、やっぱり「フリー」「グランド・ファンク・レイルロード」は取り上げられました。私はその後の初来日のレッド・ツェッペリンを挙げ、ご指名されるとZEPのサイン入りプログラムとチケットをカメラに向けました。これはかなり注目でしたよ!
レアなアイテムが揃いましたがさすがにサイン入りはこれだけでした
「どうやってサインもらったんですか?」とか「なんで会えたんですか?」とか司会のビビる大木くんに突っ込まれましたが、それは話すと長くなる・・・。けっこう喋りました。
コンサートがいかに素晴らしかったか、ファンには優しかったとか、でもあとでホテル壊して大暴れした話聞いてビックリ仰天!とか・・・。
「ツェッペリンに会って何か変わりましたか?」と聞かれ「ハイ、人生踏み外しました!」・・・・・・また笑われました!
収録終わった後、私だけ居残りさせられてこのZEPプログラムとチケットもろもろは、別テイクのアップで舐めるように撮られましたから。(結局、フロイドのチケットだけ放送されました。)
ピンクフロイドとZEPのチケット
さすが2時間ずつ3回も連続で収録というのは疲れるもので、フロントに座ってるゲストも次第に無口になってました。
司会のビビる大木クンと田丸麻紀ちゃんは、よく高いテンション保ってやってて、さすがこれがプロなのね、とまたも感心しました。
監修は萩原健太さんでしたが、彼が一番喋ってましたね。あの人も何でもよく知っているんですよねぇ〜。
でも思ったのですが、健太さんもこういうマニアの前で喋って、もし年号とかメンバーの名前とか間違っていたら、絶対に突っ込まれるという危機感を持っていたようで、ものすごく気を遣っていたのがよく分かりました。中でも、私のことはこれまた突然「夏川さんは(来日バンドは)ほとんど見てますよね?」と聞いてきたけど、きっとイヤだったんだろうな、私みたいなウルサ方は・・・。
ファン一同もずっと座ったままなので、あれも疲れますね。コンサートなら立っててもそんなこと感じないけど・・・。
12時45分から始まった収録は、夜の8時半すぎに終わりました。
おみやげはTシャツだけでしたが(食事は付いていたけど)、昔私NHK教育の「10代とともに」っていう番組に出たことがあって(1971年)、
そのときは些少でしたが出演費(日当かな?)は出たんだよね〜、と思い出し、世知辛い今のご時世をちょっぴり恨めしく感じました。
交通費くらいは出てもいいよねぇ?
音楽番組っていっても、収録の時は全然BGMも何もないのよ、静かなもの。
スタジオセットも本当にアッサリ、さっぱりとしていて、ふむ、お金かけていないのがアリアリでしたねぇ。
この「熱中夜話」の音楽系のは見たことないので、今回初めて見て、その質素さにちょっと驚きました。
あ、お弁当も質素でしたよ。「篤姫」みたいにはいかないんでしょうけどさ〜。ゲストたちにはいくら何でもギャラは出ているんでしょうね?とよけいな心配も・・・。
ムッシュとは、第2話のあと一緒に写真とらせてもらい、ローリーは全部終わったあと、何とかつかまえてツーショット成功。ムッシュはさすが芸能人長くやってるだけあって、お年であっても写真の笑顔がスッゴクいいの! ローリーは、ちょっと疲れてましたね。でも痩せてるなぁ〜! よくぞ保ってます。
追記
萩原健太さんは、ホントにあの方の詳しさ、正確さには脱帽です。ゲストやファンが、ちょっとあやふやなこと言っても、ちゃんと失礼じゃない程度にコレクトし、話を上手にまとめるんです。
3話目で、グランド・ファンクの71年来日当時のニュース映像があるとそれを流したんですが(GFR自体はほとんど出てこないで、後楽園で集まったファンたちの様子だけ)、BGMが「ロコ・モーション」だったんですよ。でも、この曲は、来日当時はまだ出てないよね、と私たちファン一同ちょっとガヤガヤしてたの。合ってないじゃん、と。
萩原さんはその声に気が付いたのか元から知っていたのか、映像終わった後、「まあ絵と音の時代が合ってませんでしたけど」と解説したもんね。あれはさすがでした。
私も、隣の人が3話目で「ELP」の甲子園コンサートの話したとき暴徒がグラウンドに乱入して、最後まで演奏されなかった、という思い出が・・・と語ったんですが、その男性、まるで演奏始まってすぐに観客の乱入で・・・なんて言うんで、「そんなすぐじゃないわよ、アンコールころに客がグラウンド走って行っちゃったのよね」と横からご注進。
その人「え〜? すぐにだったんじゃない?」「そうじゃなくって。だって私もそのとき見に行っていたんだもん」「ボクの記憶では・・・」「イエ、私が言うんだから間違いないわ(キッパリ)」とか何とか・・・。これマイク持って話しました。映ってましたよ。
その男性にはちょっと失礼でしたよね。でも私が自信持って断言したんで「記憶があやふやになったのかなぁ〜」と。「多分そうじゃないかしら」
萩原さんはハラハラして見ていたんだろうな、と思います。
後楽園のELPは他にも見た人がけっこういたけど、甲子園でのELPは他に見た人いなかったからね。
あとで、その人に謝りもしなかったから私って、ずいぶん失礼なヤツよねぇ〜と後悔。
制作の人は「大丈夫です」なんて言ってくれたけど、もしオンエアされたら夏川さんってエラそう、と思われるのは間違いなし。
どうして健太さんのようにソフトに訂正できなかったんでしょう・・・。ここで反省します(その方とは後日連絡ついてちゃんとお詫びしました)。
アメリカンな趣味の人もけっこういましたよ。オールマンとか語った人もいました。
でも71年からの来日ラッシュ(当時の感覚で)しばらくはブリティッシュがほとんどでしたからね。取り上げるのは、どうしてもイギリス寄りになりました。
あのZEPの初来日の話とプログラムが一番の話題だったかな?
その話したあと、サブのカメラが私の前1mくらいの場所で、ず〜〜〜っと私を撮ってるんだよ。
他の人が話しているときも。もちろん全部が流れるとは思わないけど、「これが天然記念物の夏川です」とばかりにさあ! 別にアガリはしなかったけど、困りました。
シッシッ、あっち行け!と手を振りたかったけど、それも出来ず、目線をそらすくらいしか出来なかった・・・。ホっントにイヤっ!
考えたら、ウチを出てからの時間入れると12時間以上かかってました。
それなのに、交通費も何もナッシングって・・・、ボランティアだなぁ〜。
夏川さん、どうもありがとうございました。
リンク
「夏川翠のネット図書館」より
レッド・ツェッペリン 1972年 ライヴ・イン・ジャパン(その1)
レッド・ツェッペリン 1972年 ライヴ・イン・ジャパン(その2)
レッド・ツェッペリン 1972年 ライヴ・イン・ジャパン(その3)
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