君といると胸が痛くなる。

どうして?

きっと君はいっぱい傷ついてきたんだね。

その痛みが僕にはわかるから。

君がそれを伝えようとしなくとも…。



Tearin' Up My Heart



 さっきまでいたはずの彼女の姿がない事ぐらいは、すぐにわかった。

 がコーヒー飲みたいと言うから、マンションの下にあるコンビニまで買いに行って、彼女はどれを好んでくれるかな、なんて思いながら僕も一緒に飲もうなんて思って。そして、温まったコーヒーの缶を一つずつ全種類揃えるようにオレンジのカゴにいれる。の笑った顔を思い浮かべながらレジに向かって。
 それなのに、の姿は部屋に戻ると跡形もなく、さっきまであった存在すらも消えていた。

 「………またか…」

 こんな事は一度や二度じゃない。今日が始めてじゃない、それに慣れてしまっている僕もいる。

 窓の外へ目をやると、そこには真っ白な雪がチラホラ舞い降り始めていた。
 そりゃ寒いよね。1月だもんね。……それなのに…。

 「…どうすんの、こんだけの缶コーヒーをさ…」

 溜め息と同時に出た言葉は紛れもない本心。
 僕の手のなかで揺れているビニール袋には、飲む人を待ちわびている熱いぐらいのコーヒーが山ほど入っている。
 そして目の前の灰皿には僕のタバコの吸殻の中に、一本だけ淡いピンク色の口紅の跡がついた吸い掛けのタバコが煙を吐き出すように残っていた。


 どうしようもないよね。僕が言ったんだから。『が辛いときだけでもいい。傍にいたい。』そう言ったのは僕なんだから。だから、その傷が少しでも癒えたら、がここからいなくなるのは当たり前なんだよ。…わかってるんだ、頭では。
 だけどさ、本当はこのままここにいてくれるんじゃないかななんて思ったりしてね。そして毎回の姿が目の前からいなくなるたびに、俺も学習しよーって自虐的になっちゃうわけ。いい加減、覚えろよなーって。

 でも……本当は…を信じたいんだよ。

 『あたしは優の望むようにはできないかもしれないよ?』
 あの日俺があの言葉を言ったあと、はこう言った。
 それでも良かったんだよ。どっちみち同じなんだ。と離れていても、頭のなかは君がいっぱいで仕方ない。だから、自分がツライと分かっていても…選ぶしかなかった。の都合のいい男でいるという選択肢を。












 『…うん。…今から行くね…。』
 『…?友達?』

 知っていた。が一番傍にいてほしい男からの電話だってぐらい。わかってたよ。
 伏し目がちに頷いた君は、いつもなら俺の顔を見るはずなのに、そう答えなかった。自分が嘘をつくときの癖ぐらいは覚えておいたほうがいいかもね…。

 『…ね、優?』
 『ん?』

 が見たいと言ったから借りてきた映画のDVD。それを、あの電話のあと君は見ようともしなかったね。

 『…あったかい缶コーヒーが飲みたい。』
 『缶じゃなきゃダメなわけ?』

 本当に飲みたかったわけじゃないんだよね。の目は色が落ちて、沈んでいた。
 それは、またこれから僕を一人にしなくちゃいけない罪悪感から?
 それとも…また傷つくかもしれない恐怖感から?

 ねえ…缶コーヒーが飲みたいなんて…僕を傷つけないための嘘だったんだよね?
 君はいっぱい傷ついてきたから…だから他人の痛みにも敏感なだけなんだよね?



 そして、こうだ。戻った部屋にはやっぱり君はいなかった。










 ね、?わかんないよ。
 俺は頑張りすぎてるのかな。ただ、の愛が欲しいだけなのに。
 だけど、やっぱり頑張りすぎたんだね。

 もう、壊れてしまいそうだよ。
 本当は許されるのなら…何も考えたくないんだ。これも君のせいだよ…。

 ね、?わかる?
 真っ暗だとわかっている部屋に一人で戻るよりもね…
 待っていてくれる人がいるはずの部屋に戻った時、誰もいない事がどれだけツライか。



 だけど………もし僕が必要なら教えて。
 が心から僕を必要としてくれたとき、僕は裕美の前にひざまずいて君に誓うから。

 僕だけはを傷つけるような事はしないと誓うから。



 真っ暗な部屋の中で、を待つのは疲れたよ。

 だけど………もし僕が必要なら教えて。
 が心から僕を必要としてくれたとき、僕は裕美の前にひざまずいて君に誓うから。

 僕だけは…この部屋でを待ち続けているから。
END

■あとがきと言う名の言い訳
久々の安岡作品。ほかの男を想う彼女を、ツライ思いをしながら待つ彼の心情を描いてみたかったのです。…なんでうちの作品は、こういうのが多いんでしょうか…。
○BGM / "Tearin' Up My Heart" by 'N SYNC