咲き誇れ。

無数の花をつけて、さぁ。

この色のない一面雪の真っ白な世界に。

君と言う名の色鮮やかな花を。



Full Of Love



 逢いたいと思えばおもうほど気持ちは膨れ上がる。
 だけど、こんな俺だ。その気持ちを素直に伝える事ができればいいんだろうけど。





 「…もう俺の事を…」

 「…嫌いじゃないよ…」

 「じゃなんで…」

 「…雄二は私を…見てくれてた?」

 これだけ愛しているというのに。君には伝わってないのだろうか。

 「…雄二を待つのは…」

 「疲れたか…」

 返事の変わりに頷くを…俺は…

 「さようなら…身体だけは…気をつけてね…」


 そしては、残酷な言葉と残酷な温もりだけを残して俺の部屋から出て行った。











 ふと窓の外を眺める。
 そこには夕陽が沈み空が藍のグラデーションの色を少しずつ濃くしてゆく。まるで俺の心にあった眩しい夕陽を飲み込んでゆくように。
 そして。「」と言うまばゆいくらいの一筋の光を全て飲み込んでやがて真っ黒になる。
 追いかけるべきだったのだろうか彼女を。それとも別れを受け入れるべきだったのだろうか。彼女の言うままに。

 何度も自問自答するけれども、本当の俺はそれすらもわからない。














 あれから数ヵ月後。まだまだ、春は先の話で、冷たい空気が身に沁みる。それでも、やらなくちゃならん仕事はたくさんあって、外に出ないわけにはいかなかった。

 「今日でお二人とも最後なんですねー寂しいなぁ。」

 俺は安岡とパーソナリティーを務めていたラジオ番組の最終回の放送日のためにラジオ局にいた。

 「ほんとっすねー俺達も寂しいですよ。」

 安岡が本当に寂しそうな顔で声をかけてくれたスタッフに返す。





 「じゃ、お葉書です。…これは酒井さん読んで下さい。」
 「はいはい。」

 そう安岡から渡された葉書は、宛名が俺になっていた。


    番組お疲れ様でした。
    毎回楽しくラジオの前で聞いています。
    ときどき酒井さんが紹介してくれる曲、いつも楽しみでした。

    数ヶ月前彼に私から別れを告げました。
    忙しい彼をいつも待っていられる自信がなくて。

    そんな彼と私が好きだった曲リクエストしてもいいですか?
    ゴスペラーズの「Full Of Love」お願いします。

    今でも彼が好きです。
    自分で彼を傷つけておいて、虫が良すぎる話ですけど。

    どうぞ、お二人とも今後もご活躍お祈りいたします。

    追伸 酒井さん、ちゃんと眠ってますか?


 「じゃ、最後の曲です。」




 この葉書。ラジオネームしか書かれていない葉書。でも、すぐに誰かわかった。
 あいつが…あいつが俺の部屋に来るたびに言ってた言葉。
 〜ちゃんと眠ってる?〜いつも寝起きが悪い俺の顔を見ては言ってた言葉。
 あいつが…あいつが、好きだと言っていた曲。

 まだ俺を想ってると言うのか?まだ…俺達は「想い」で繋がってるのか?
 それを信じていいんだろうか?


 …追っかけていいんだよな?


 「安岡…曲が終ったら俺にちょっと時間くれ。」
 「いいよー」


 そして、曲の終わりを合図にありったけの想いを言葉に乗せた。





    人の心は、変わりやすいものです。
    ある日好きだったものが、突然嫌いになる。
    ある日好きだった人が、突然嫌いになる。

    この葉書をくれた彼女は、嫌いになったんじゃない。
    好きで…好きで…愛してるから辛くなった。

    俺はそう思うんです。

    数ヶ月前俺も、好きだった冬の夕暮れどきの空が突然嫌いになりました。

    常に人間っつー生き物はですね。
    自分を精一杯生きるための花の蕾を持ってると常日頃思ってます。
    数ヶ月前の俺は、その蕾を花として咲かせる前に枯らしてしまいました。

    でも、その花ってのは…何度でも咲かせる事が出来る。
    今あなたに届けた、この曲の詞にもあるように。

    だから、今俺の花も新しい蕾をつけています。
    それがどんな花になって、いつ枯れるかわからないけど

    いつか無数の花をつけて…
    咲き誇るときが来ると思ってます。

    あなたも…その彼と…また新しい花を咲かせてください。

    あなたにとって、その花は…
    その彼と愛を分かち合うために咲かせる花だと思うから…


    夏に咲く花も春に咲く花も、そして秋に咲く花も綺麗だけど
    あなたの花は。
    きっと、真っ白な雪をまとった冬景色に色を添える綺麗な花だと思うから。
    咲き誇ってください  あなたを。


    咲き誇れ 君を…。












 「じゃ、お疲れ様でした!」

 最後の録音を終えた。

 あいつは…聴いてくれているだろうか?……きっと…聴いてくれているはずだ…。




























 …ただいまーっと…


 ラジオ番組のスタッフと最後の打ち上げを終え自宅に戻る。
 あいつが、この部屋から消えて俺は独り言が増えた。暗い部屋に入ると、習慣のように言ってはみるけど、もちろん返事はない。
 …ラジオ………。











 「…おかえり」




 そこには、葉書をくれた彼女が。この部屋から一度は出て行った彼女がいた。


 「っ…」

 思わず驚いて、靴を右足だけ脱ぎ掛け彼女の顔を見つめてしまう。


 『私の蕾…もう一度…雄二と咲かせたい…』


 真っ暗な部屋に。
 あの日二度と見ると思わなかった眩しいくらいのオレンジ色の夕陽のように。
 彼女はそこで輝いていて…俺を照らす。

 微笑む彼女をこの手で抱きしめて、今度は離さないと…心の中で誓う。





 それは彼女の誕生日に彼女の新しい蕾が、また一つ花を咲かせた瞬間だった。



END

■あとがきと言う名の言い訳
昔メルマガ限定だったものを、手を加えて公開ですφ(.. )ちょいとねー100題にあるものとネタが被ってるかもしれませんが。以前はタイトル『花』だったのを、思い切って↑に変更してみました。