タバコ



 『なぁ、何とかならんのかね、それ。』

 私が、バッグからタバコの箱を取り出すたびに、雄二は決まって同じ事を言う。

 雄二は、歌手だし、そこらへんのアイドルとは違うから人一倍喉の気を使ってる。

 それは知ってるけど。

 吸い始めて4年間、そう簡単にはやめられない。


 「ならない、って言ってるでしょ。」

 「俺は、好まん!断じて、好まんぞ!」


 私が雄二と付き合うとき、タバコだけは許す事が条件だった。

 あの頃、私は二十歳で、雄二は27歳。

 雄二の惚れた弱みってやつ。


 「うるさいなぁ。」

 「う、うるさいとぉ!?年上は敬え!」


 一応私も気を使って、彼の部屋の台所で吸ってみる。

 そんな台所の反対側で、雄二は仁王立ち。


 「雄二?」

 「な、なんだ。やるか?このやろ!」


 どうして、私はこんな人と一緒にいるんだろう。

 いつだって、別れてもいいと思っていたのに。


 「私と付き合うときの条件覚えてる?」

 「む、むぅ…。」


 ほらね。

 この話をすれば、雄二は即座に黙りこむ。

 雄二のイタイ所なんて、私にはお見通し。


 「し、しかし、女性は子供も生むしだな…えっと…」

 「はい、私の勝ちね。」


 雄二が黙り込んだら、私の勝ち。

 それはいつものこと。






 「大学は、どうだ。」

 「ん〜、楽しいよ。いっぱい、かっこいい男の子もいるしね。」

 「へぇ〜、そんなもんですかっ。」

 タバコを吸い終え、台所から淡いベージュのソファーに座る。

 雄二も、すっと静かに座る。


 「みんなからはなんて呼ばれてるんだ?」

 「ちゃんって。」

 「男もか?」

 「そうよ。」

 「むぅ!許さんぞ!!」


 雄二は、いっけんクールに見せかけて、相当なヤキモチやきだった。

 怒ったかと思えば、今まで流していたドラマの再放送をテレビの電源ごと消して。

 雄二が新しく買ったであろう、CDをリモコンで操作する。


 「この唄、どうだ?」

 「いいね、雄二好きそうだもん。」

 「だろ。」

 「雄二の好み、私知ってるもん。」

 「だな。」

 「私の好みは?」

 「知らん。」


 唇の端を少しだけ緩めて、私の右隣に座る彼はリモコンとにらめっこ。

 ちょっと悔しい。


 「ね、雄二…」


 悔しかったから、ちょっと反省してもらおうかな。


 「ん?」


 振り向く彼に、唇を重ねる。

 そしてソファーに倒れこむ雄二のシャツのボタンをキスをしながら外していく。


 「うぉ、なんだ、なんだ?!やめろぉ〜!」


 雄二は、こういう事を凄く恥ずかしがる。

 そのくせ、酔っ払えば自分から求めるくせに。

 でも、凄くむっつりスケベなのも知っている。



 「雄二に逢えなくて寂しかったのに…」



 もっと、困らせる。

 実際ツアーに出てた数ヶ月。

 少しだけ寂しかったし。

 普段の私なら、口が裂けてもこんな事は言わない。



 「…」



 大の男が、上目遣いで私を見上げる。


 ほら…


 雄二もその気になってきた…




 そして、雄二は自ら唇を私に寄せてくる。




 「…済まない…寂しい思いをさせて…」




 夕陽が沈み、真っ暗になった部屋で、唇を重ねる音だけが響く。




 「じゃあ…雄二…お願いしてもいい?…」




 ちょっとだけ息苦しくて。

 ちょっとだけ、久々に逢えた嬉しさに。

 ちょっとだけ、雄二に甘えてみる。




 「…なんだ…」




 真っ暗ななかで、かすかに感じる雄二の吐息。






 「…タバコやめろ、ってうるさく言わないこと…」






 私が、そう言った途端。

 私の首筋を自らの唇でなぞる雄二の身体が止まった。






 「…う〜ん…考えておく…。」






 そして、また唇が動き始める。














 普段は、色気なんて感じさせないのに。

 こんなときだけは、凄く悩ましくて艶っぽい雄二が。

 私は好きなのかもしれない。

 そして、私を心配してくれる雄二が、好きなのかもしれない。



 ちょっと、変わっていて。

 ちょっと、唄が上手くて。

 ちょっと、エッチで。

 ちょっと、心配性で。



 そんな雄二が私は好きなのかもしれない。







 「…ん…タバコの味がするなぁ…どうしたもんかなぁ…」


 キスの合間に、雄二がいつものように呟く。
END

■あとがきと言う名の言い訳
絶対的に雄二がタバコを吸う女性が嫌いなのを知ってるんですが。私も吸うし、凄くファンの長い、面白い雄二ファンのお友達も吸うんで。こんなのもありかと。タバコ、ほんとうは女性はやめたほうがいいんでしょうけどね。多分私の肺は真っ黒。