二人が好きだった、この街並みに。

あの日の僕らが。

あの日の笑顔のまま、そこにいる。

もう戻ることはないとわかってるのに。

それでも、あなたを探してしまう。




今でも、僕はここで待ち続けている。

二人笑いあった、あのカフェで…。



『アンジュナ』



 「ね!てっちゃん!」

 「…………」

 「…ねぇってば!」

 「あ…わりぃ…呼んだ?」


 ベッドに腰掛けて、火照った身体を冷ます。
 背中の後ろで俺を呼ぶは、まだベッドの中でもぞもぞと動いている。
 その身体を動かす振動がシーツ越しに伝わって、気づく。

 なんだか身体がすげぇ重たくて。
 の声なんて、耳には届いていなかった。

 そしてそのまま、言う事の聞かない身体をまたベッドに沈めた。









 
 「…ったく…いつだってここに来る日は……雨ばっかだな…」

 「…だね。」


 今日も、向かい側の席に座るが、そう呟く。



 古ぼけたカフェ。どこか懐かしい匂い。コーヒーの香り。古いアメリカ映画のポスターが所狭しと並び、年季の入った壁がけ時計がいくつも置いてある。

 どんくらい前だったかな…。
 俺の休みとの休みが、偶然にも重なってドライブの途中に入った店。その時間が止まったような空間に足を踏み入れると、決まっては俺の向かい側に。そして、静かに何も口に出さず、窓の外を眺めている。









**********



 そこには、道を行きかう無数の人の群れ。

 特に話す事なんてない。
 二人して、ただコーヒーカップを規則的に口に運ぶだけ。
 そんでもって、ときどき交わす少ない会話から二人で他愛なく笑いあって。

 それが苦痛に感じたことなんてのは一度もないけど。
 この場所に来るたび、は楽しそうな顔と…寂しそうな顔を見せる。
 何か言葉をかけたくても、それすら許さないようなそんな表情で。

 そんな寂しそうな顔を見せる割に、休みになれば、ここに来たがる。
 それが不思議でならなかったけど答えはきちんとの中にはあった。

 「おまえさぁ…なんで、そんなここ好きなわけ?」

 は俺の目を見て微笑み、こう答えた。


  ここだけがね…色褪せたみたいで…
  セピア色って言うのかな…
  でも、ここだけが時間が止まっていて…
  今のあたし達の二人で過ごした思い出も…
  永遠に記憶してくれそうな気がするの…

  だから…
  てつやと二人で過ごす日はね…
  ここで思い出を残しておきたい…

  もし別れる日が来ても…
  …ここに来れば……
  一緒に過ごした日々を忘れられずにいるでしょ?…



 そんな日は来るわけがない。
 俺はそう思って、鼻で笑った。
 いつだって。
 いつだって、俺たちは同じ未来を見ていると思ってたから。



**********











 『ねぇ…そろそろ終わりにしない?』

 そんな昔の事を一つ一つ思い出す。
 そしての声で現実に引き戻されたとき。

 目の前には、香ばしいコーヒーと。

 窓の外から聞こえる雨の音。

 そして。

 耳に届く、の言葉。




 「…は?…わけ…わかんねーんだけど。」

 「…てつやと一緒にいるの…疲れちゃったの。」


 目の前にいるは、今日も変わらず、窓の外を眺めたまま、別れの言葉を呟く。




 は気づいてんだろーか。

 外を眺める、お前の横顔を。

 俺はずっと、向かい側で見ていたこと。

 この店に来たときから…。




 そして俺は。

 今日も変わらず、の横顔を見つめ。



 の頬に涙が流れるのを静かに見ている。












 「…気づいてたよ。てつやが、いつも…あたしの事を見てるの…」

 〜だから気づいてほしかった…あたしが苦しんでた事…〜









 胸のあたりが妙に痛かった。

 それと同時に、胸の奥にずっとあった”ヒッカカルモノ”が静かに消えてく。



 そっか…

 いつかこんな日が来るかもしれない…

 のあの日の言葉を聴いてから、俺ずっとそう思ってたんだ…

 だから…

 鼻で笑ったはずの、あの言葉を今でも覚えてるんだ…。






 俺はお前の何を見ていたんだろう…

 静かに街並みを見つめるお前の横顔

 笑うと赤くなる唇

 そして…


 寂しそうな瞳…














 「……ごめん…」

 ごめん…

 ……ごめん…

 ………気づいてやれなくて…

















 何度も、心ん中で謝って。

 俺は。

 席を立つ最後の最後まで。

 いつものように。

 の横顔を見つめ。




 が店を出て行く背中にかける言葉を探すけど。



 後悔だけが溢れてきて。



 一つも見つかりやしない…。





 そして。






 俺達に永遠の別れがやってきては、去っていった。































 「…かわんねーな……」

 しばらく来ることのなかった、この店はあの日のまま変わらない。

 あの日と同じ…今日も雨……

 時間が経てば忘れられるものだと思ったけど。

 あいつが好きだったこの街並みに。

 ……俺もまた来たくなって…

 のことも…

 この街のことも…

 忘れられやしない事を思い知らされる…


 二人の思い出が、ここには詰まっていて。

 あの日のように後悔だけが溢れてくる。

 そして、今日もあの日と同じように…雨が俺の胸んとこを叩く。

 俺の心ん中で、深く閉ざしていた窓を。


 あの日見つめたの横顔。

 頬を流れる涙。

 一言だけ。

 愛してる

 そう口に出せたらよかったけど。

 それすらも言えなくて。

 あの日のお前の涙が否が応でも俺を責め立てる…。




 今なら…

 去っていくの背中に…なんて言葉をかけるかな…

 いまさら考えたってどうしようもねーのにな。










   「……………ここには俺達の思い出がありすぎんだよ…」








 ふと漏らしてしまった言葉に。

 また、あの日と同じ。

 胸の痛みを覚える。

 俺はずっと…この痛みを抱き続けなくちゃなんないのか?

 なぁ………

 席が…

 いつもお前が座っていた向かいの席が空いてんだよ…

 あの日のように…

 もう抱きしめてはくれねーのか?

 どこまでも…

 どこに行っても…

 俺達は一緒だと…

 そう言いながら抱きしめてくれねーのか?




 いつまでも…

 俺は一人で…

 お前を待ち続けなくちゃなんないのか?




 今も俺の目の前には。

 お前が微笑んで、俺の向かい側にいるんだ…。




 あの俺が好きだった、微笑みを浮かべて。

 俺の傍にいるような気がしてなんねーんだよ…。




















 いらっしゃいませ。

 店の人間が言うたびに。

 店の扉が開くたびに…

 後ろを振り返る…

 馬鹿だよな俺も…

 でも…

 …そこにはお前が立っているような気がして…





   「………ほんと…馬鹿だよな……」










   もう終わりにするわ

   席を立つ あなたの横顔

   去っていく 背中に かける言葉さえも 捜してる


   二人が好きだった 街並みは 今日も雨模様

   僕の後悔さえも 優しく包み込んで 流れてく

   あの日の記憶が 涙で責めるのさ


   最後の記憶が 涙が責めるのさ

   Oh 「愛している」と 口に出せない 愚かなこの僕を


   今も抱き続ける胸の痛み

   想い出が香るこの場所から

   誰もいない向かいの席

   いつまでも

   僕はあなたを待ち続けてる



   二人が好きだったこの街は 今日も雨模様

   僕の後悔さえも 優しく包み込んで 降り注ぐ


   あのときと同じ雨が窓を叩く

   Oh 「サヨナラ」なんて したくなかった 愚かなこの僕を


   今も抱き続ける胸の痛み

   想い出が香るこの場所から

   誰もいない向かいの席

   いつまでも僕は独りで




   扉開く度 後ろ振り返る

   あなたが 今も 微笑み 浮かべて 僕の傍に 居る気がして



   今も抱き続ける 胸の痛み

   想い出が香るこの場所から

   誰もいない向かいの席

   いつまでも僕はあなたを


   抱きしめてよ

   あの日のように

   どこまでも 二人は一緒だと

   誰もいない向かいの席

   いつまでも

   あなただけを 待ち続けてる…













 二人が好きだった、この街並みに。

 あの日の僕らが。

 あの日の笑顔のまま、そこにいる。

 もう戻ることはないとわかってるのに。

 それでも、あなたを探してしまう。


 あの日の思い出は、色褪せて。

 セピア色に褪せた街並みに。

 セピア色に褪せた君を。

 今でも、僕はここで待ち続けている。




 ヒトリで…。




END

■あとがきと言う名の言い訳
本当の復帰作はやはり村上ものになってしまいました。\(__ ) はんせい。