桜が咲く季節がまたやってきた。
華やか、そのイメージだけで入ってきた新人の顔を見つめる。
こうやって辞めてくかもしれない子達と私の昔をだぶってしまう。
ゴスペラーズがデビューして10周年。
私が入社当初、すぐに彼らの担当になって10年。
正直何度も辞めようと思ったけど、でも同期でもある彼らに励まされて、何とかここまで続ける事が出来た。〜俺ら同期って感じじゃん?辞めんなよな。〜
その言葉がなかったら…てつやの言葉がなかったら今ここにいないかもしれない。
「!次の現場ってどこ?」
「あー…六本木。てつや、何で?」
事務所が小さい事もあってか、彼らが別れてキャンペーンする時はレコード会社の人間がマネージメント的な役割をする事もあった。
「あ、じゃあ悪いけどさ。俺あとで直接現場向かってもいい?」
後部座席に座るてつやが、運転する私に声をかけた。
「ん?いいけど…どうかしたの?」
「あれ?ちゃん知らないの?てっちゃんの彼女の誕生日明日なんだよ。」
「うるせーな安岡…。には言ってねーもん、知らねーよな?」
「そうなんだ…。プレゼントとか?」
「まぁな。だから悪りーんだけど、降ろしてくんない?」
目の前が真っ暗になった。
わかってるつもりだった。この10年間、てつやが私に掛けてくれる言葉も、笑いかけてくれるのも、優しくしてくれるのも、気遣ってくれるのも全部”友達”としてだって事くらい。
だけど…てつやに新しい彼女が出来るたびに…彼女の話を彼がするたびに…胸が痛くて痛くて。
てつやを誰よりも知ってるのは、他でもない私なのに。
でも、てつやは私を女として見てない。仕事仲間とでしか思ってない。だから、この10年間うまく私達はやってこれた。
誰もいなくなったテレビ局の控え室。てつやが着る衣装。てつやのつけてる香水の香り。私も………あたしも…てつやが欲しいのに…。
「電話してんのに、電気もつけないで何やってんだお前。」
てつやの衣装を見つめながら、涙を拭って振り返ると、その衣装を着る彼が立ってる。
「…ごめん…」
「…泣いんの?どうした?」
お願いだから今だけ優しくしないで…
「…何でもない…彼女へのプレゼント…いいの買えた?」
「あ?まぁ…な。」
お願いだから私に近寄らないで…
「じゃ、あたしスタジオの様子見てくるね。」
「あっ…」
「何?ヤス?ヤスなら別室で取材受けてる。他のメンバーはまだ到着してないよ。」
私は、何か言いた気な様子で近づいてきたてつやの脇を抜けて控え室をあとにしようとした。とにかく、今はてつやの顔を見てられないから。
「…待てよ。」
すり抜けるように出て行こうとする私の腕をてつやが引き止める。
お願いだから、私に触れないで…。
「何?腕…痛いんだけど。」
彼の目を見ることが出来なくて、視線を逸らしたままでしか言えない。何て臆病なんだろう…。
「何泣いてんだよ。何かあったんなら言えよ。」
言え?言った所でてつやは困るだけなのに?
「理由を言ったところで、てつやがどうにかしてくれるの?」
自分でも驚く声の低さに、てつやも驚いたのか手を放した。
かすかに腕に残るてつやのぬくもり。
「お前…変だぞ?…俺が何かしたか?」
悪いのはあなたじゃないのに。
素直になれない私が悪いのに。
「別に。」
「じゃ、どうしたんだよ。」
視線を少し上げると、そこには悲しそうな顔をした彼の目があった。
「そんなに理由が知りたい?じゃ、教えてあげる。」
今まで言えなかった、あなたへの想い。
「てつや…今の彼女と別れる事が出来る?」
そう。理由が知りたいんでしょ?
教えてあげる。
その代わり、彼女と別れる事が出来る?
あたしのために別れる事が出来るの?
それが全ての理由なの。
あたしは貴方がずっと好きだった。
私と合った視線を逸らすことなく、てつやは黙ったままだった。本当は素直に、てつやが好きだった、そう言えばいいだけなのに。もう優しくして欲しくないから…もう心配して欲しくないから…。
「それが理由なのか?」
悲しそうな目をして、呟く彼は今までに見たことのない表情で。
「…あたし……あたし…てつやがずっと…好きだった…気付かなかったでしょ?」
気付くわけがない。私は、てつやにとって仕事仲間でしかないんだから…ただの友達でしかないんだから…
「…」
何で黙るの?何か言ってよ。じゃないと、私ただの馬鹿みたいじゃない。
「だから、辛くて……てつやに心配されたくないの…優しくしないで…もう…」
辛すぎて流れる涙。
「……ごめん」
そう彼が言った瞬間、私を暖かいぬくもりが包んだ。それはてつやの身体のぬくもり。
「優しくしないでよ……」
これじゃ、あまりにも辛いから。だからもう止めてよ…。
「ごめん…けど…お前の気が済むまでこうさせてくれよ…」
本当は、あなたの最愛の人になってから抱きしめてほしかった。
でも、それは叶わぬ願い。
真っ暗な控え室の中で。
私の嗚咽とてつやの息遣いしか聴こえない部屋の中で。
私はてつやの腕の中で。
てつやを想うための「最後の涙」を流した。
彼のぬくもりを私の身体が忘れないように。
最初で最後に抱きしめられたぬくもりを忘れないように。
身体に記憶させながら。
また四月がやってくる。
それは桜の咲く季節。
私は、あのときの記憶と共に新しい道を歩き始める。
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