「…留守番電話におつなぎします…」

 おいおい?電源まで切ってんのかよ?

 …しらふで言えるわけねぇだろう…



携帯電話




 「ねぇ!何で言ってくんないの?!」

 「ばか!お前、今俺が何してるかわかってんの?なぁ?」

 「知るわけないでしょ?!」

 「今、ここにメンバーとかもいんだよ!わかれよ、それぐらい!」

 「…もういい。わかった…メンバーとお幸せに。」

 「は?…もしもし?…ちょ…ちょっとぉ?」





 ちょっと…何だ?何で、あんな不機嫌なんだよ…。大体言えるか、そんな言葉!
 だから言えない代わりに、唄で伝えてきたつもりなのにさぁ…。

 「どうしたの?てっちゃん?今日はテレビなんだからね。」

 赤坂にあるテレビ局の控え室。
 どうやら廊下まで俺の今の声は聞こえてるみたいだった。その廊下で、他の誰かと話してた北山が、何事かと控え室まで戻ってきた。

 「あ…悪い…。」
 「どうしたの?何かあったんでしょ?」

 「いやさ、あいつがさぁ…」
 溜息交じりに俺が、ことのいきさつを話そうとすると、
 〜あ、てっちゃんの彼女のことね?〜
 そう北山は、確認をとる。

 「そう。その彼女がさぁ…電話してきて急に『愛してるって言ってよ!』って。」
 「で?」
 「で?ってお前冷たいねぇ。」
 「いや、そんな意味じゃなくて言ってあげた?」
 「言えるわけねぇだろう…。しかも、他にもメンバーとかいんのにさ。」

 な?言えるわけないじゃん。
 楽屋には、他のメンバーも居てよ?
 そのなかで、俺が、電話握り締めてニヤニヤしながら「愛してるよ」なんて。
 死んでも言えるわけがないのよね。

 そりゃ、愛してるのは確かだけど。

 人がいるところで、しかもしらふでなんか言えないって…。


 「そりゃ村上が悪いよぉ。」
 「お前とちがって、そうそう言える体質じゃないのよ、俺。」

 俺が座ってる向かい側のソファーから、黒沢が声を掛けてきた。
 その黒沢のよこには酒井が座っていて。
 ニヤニヤしながら、俺を見ている。
 なんだ!文句でもあんのかよ。酒井、こういう人の困ってるの好きだからなぁ…。

 あ〜俺って恵まれてないのねぇ〜。




 握り締めていた携帯を自分の足元に置いておいた鞄に戻す。


 「ゴスペラーズの皆さん、そろそろ20時になるんでスタジオお願いします!」
 鞄に携帯を戻すと、番組のスタッフが楽屋へやってきた。
 その声を合図に楽屋を出る、俺ら5人とマネージャー。

 その日、唄ったのは「ひとり」だった。

 白を基調としたセットの上で唄う「ひとり」。
 何となく、その「ひとり」の詩が、頭でエンドレスで鳴り響く。

 〜たった一つの事 約束したんだ…〜


 「はい!ゴスペラーズの皆さん、お疲れ様でした!」
 「お疲れ様でした!」
 「次のトーク録りまで、一時間あるので宜しくお願いします!」

 さっきと同じスタッフが、スタジオ全体に唄録りの終わりを告げる。


 「たった一つのこと、約束したんだぁ〜ってか。ねぇ、てっちゃん。」
 スタジオを出ようとする俺の肩を軽く叩いて、不敵な笑みで笑う酒井。


 あぁ…何なんだよ、酒井…うるせぇんだよ…


 ああ、そうさ。
 「ひとり」は、俺があいつと付き合う事になったとき書いた曲だよ。
 そう、あいつを守りたくて、俺が書いた唄さ。
 だから、何があってもあいつを守るつもりだし。
 あいつと、ずっと一緒に歩んでいくって決めたんだ。

 まぁ、あいつの言いたくなる気持ちもわかるしなぁ…。
 ここ最近、今までにまして忙しくなって。
 ゆっくり、逢える時間もつくってやれないからなぁ…。


 「ね。言ってあげなよ。減るもんじゃないんだし。」
 酒井と同じように俺の肩を叩いて、諭すように呟く北山。


 しゃーないな。

 困り半分で、俺は楽屋に戻ると、戻した携帯を再度取り出して握り締めた。
 そして、人目のつかない控え室前の廊下に出て、押しなれた番号を押す。


 「…なに。何の用。」
 案の定、俺の愛しの彼女さんは、不機嫌な声。
 「いいか?よく聞けよ。」

 「は?何言ってんの?」

 「いいか?二度と言わないぞ?聞き逃しても知らねぇからな。」

 「あ…あい…愛してるから…。」

 恥ずかしさのあまりに、途切れ途切れになる言葉。

 その瞬間、「プッ」と笑う声が、携帯電話の向こうから聞こえた。


 「何だよ!せっかく言ったのに、笑うって。」
 「…ごめん。ありがとうね。」
 「…なんだかねぇ…。笑われちゃったしなぁ…」
 「いや、久しぶりに、その言葉聞けたからさ…。」
 「あ…。」

 思い返してみれば、昔は呆れるくらい言ってた、この言葉。
 気付けば、最近言ってなかたっけ。

 「ごめんな…。」
 「あ、いいよ。今ので気が済んだから。」
 「そうなの?」
 「うん。」
 「今日は、早く終るんだよね。仕事。」
 「え、そうなの?」
 「そうなのよ。」

 「じゃあ、飯喰いに行かねぇ?」
 「えー…。」
 「あら?何なのよ。」
 「テツの家で、のんびりしない?」

 ほんとに、こいつは安上がりでいい。
 それで満足してくれるなら、いつでも俺の家を使って下さいよ。

 「いいよ。あと2時間位かな。」
 「んじゃ、どうしたらいいかな?」
 「じゃあ…今日車で来てるから、お前の家まで迎えに行くよ。」
 「わかった。じゃぁ、またあとでね。」

 愛しの我が姫は、上機嫌で電話を切った。
 俺も一安心で、楽屋に戻る。

 「お、てっちゃん帰ってきましたね〜。」
 「うわ、ニヤニヤしてる。」
 「村上、細い目がさらに細いよ〜。」

 酒井、北山、黒沢の声。何とでも言ってくれよ。
 人の幸せは、ちょっとやそっとじゃ壊れるもんじゃないからね。
 ヤスは、状況が飲み込めなくて、俺ら4人の顔を交互に見渡している。

 「ばか、俺は、こう見えても苦労を背負い込んでるわけよ。」
 そう言ったものの、自分でも顔がニヤニヤしてるのがわかる。








 あんま、携帯って好きじゃねーんだけど。
 なんつーの?
 便利だけど、相手の顔が見えない分気持ちが伝わらないっつーか。

 けど、たまにはこんなのもいいかもしんない。

 こんなふうに、あったかい気持ちになれんならさ。

END

■あとがきと言う名の言い訳
これも雄二さんに続き何となく、おちゃらけた村上てつやを書きたかったのです。こんなネタ、ドリーム小説サイト見たらいっぱいあると思う…<パクリはしてないぞ、この野郎。