二人で支えあう事は出来ないのかな?

君との夢を二人で分かち合う事は出来ないのかな?

いつも君を傷つけたあとで後悔してしまう。

本当は、二人で笑っていたいのに。



Serenade



 「しばらく逢うのはよそう。」

 彼女が、車を脇に止めて、そう言うから僕は車を停めた。
 そして言いずらそうに、僕を見つめる彼女。
 ちょうどラッシュの時間帯。夕焼けに染まるいくつもの車が僕らの横を通り過ぎる。

 「陽ちゃんは仕事を、私はこれからの人生を見つめ…」

 「もう聞きたくない!」

 僕はの言葉を遮るように叫んだ。

 「だって…陽ちゃん、いつも仕事で逢えないし…」

 は、言いづらそうに言葉を続ける。

 「このままじゃ私駄目になっちゃう。」

 「なんで?が駄目になるの?」

 「頭の中はいつも陽ちゃんで、このままじゃ陽ちゃんに頼る人生になっちゃうし…。」

 そう言ってくれるのは嬉しいんだけど。

 どうして、僕の想いが君に伝わらないのだろう?








 「そんで?そんでオマ、オッケーしたわけ?」

 うん。てつみたく繋ぎとめておけるほど僕は利口じゃないし。

 「そりゃちゃんの気持ち考えれば、そうかもしれないね。」

 黒沢さんもそう思う?

 「北山先生はさぁ、大人過ぎるんだよ。」

 ヤスに言われてもね。

 「女心ですらわからんのに、男心までわからなくなってしまいそうだぞ…。」

 雄二にも彼女が出来れば、きっと同じことすると思うよ。


 フーっとヤスがタバコの煙を吐くと同時に楽屋には只ならぬ空気が流れ、その空気を知ってか知らずか黒沢さんが口を開く。

 「でもさ、いいの?明日から海外だよ?あれだけ仲良かったのに…。」
 「だよな。お前とちゃん、すげー仲良かったじゃん?」

 お兄ちゃん達が交互に話す。



 もういいんだよ。

 が決めた事だから。

 僕は、物分りのいい男を演じる事で。

 に最後の最後に彼氏らしい事をやってあげられたんだし。














 --まもなく離陸致します--

 機内アナウンス。
 そう今日から僕たちは新しいアルバムを作るために海外へ行く。雄二以外のメンバーの彼女は暫しの別れを惜しむように空港へ見送りに。本当は、にも来て欲しかった。




 日本が少しずつ遠くなっていく。















 「今回は北山の語りを入れて、最後につながりを持っていくからな。」

 二ヵ月後。
 僕らは新しいアルバムの完成に伴うツアーの打ち合わせに入っていた。少しずつのことを忘れはじめて、仕事に没頭しはじめていた。やるべき事はいっぱいあるのだから。












 -----家族席のチケット枚数のことだけど。北山は何枚いる?------

 ツアーも半ば、マネージャーがいつものように聞いてくる。ツアーには家族席の枠があって、僕らは自由に枚数を頼むことが出来た。そう。去年までは両親の分と妹の分、そしての分を頼んでいたっけ。

 「じゃあ、4枚。」

 「はい4枚ね。」

 言ってから、しまった!と思った。いつもの癖で、の分まで。もう必要ないのに。



 「そんなによぉ、未練があるならよぉ、ちゃん呼んだらいいじゃねえか。」

 よっぽど僕が、困った顔をしていたのだろう。リハーサルスタジオの隅で休んでいた、雄二が声を掛けてきた。

 「雄二にはわかんないよ。」

 可愛げもなく、そんな返事をしてしまう。

 「なっ!なにおぉ!北山!北山、可愛くないぞぉ!」




 呼ぶ?

 を?

 もう別れた二人なのに?

 出来るはずがない。

 呼んだところで来やしないさ。








 両親と妹を呼んだ日、いつものようにライブは進んでいた。そして今回のライブでの僕の見せ場。天体望遠鏡を横に語るシーン。






 「この惑星には皆さん、どれだけの星があるか知っていますか?…」

 「数十億の星があって、その中の一つに僕らはいます。」

 「もしかしたら、ガラスのボトルに、愛しい人への想いを詰めて海へ流したら…」

 「もしかしたら、誰かに、その想いが届くかもしれない…」


 届くかもしれない。

 への想い。

 どれだけ愛していたか。

 そして今も愛しているか。


 は…。

 今は何をしているんだろう…。


 この望遠鏡を覗き込んだら…。

 が今どこにいるのか見えたりして…なんてね。





 何考えてるんだ、俺は。

 駄目だ。

 もう忘れよう。

 忘れるしかないんだから。





 そして僕は演出されたとおりに望遠鏡を覗き込み、照明が消えるとヤスが出てくる。再び望遠鏡を片手にヤスと二人で唄う「月光」。ぼーっとライブの流れを淡々とこなすように僕は望遠鏡を覗き込み客席を見た。






 !?






 だ。


 確かにが望遠鏡の先に居た。

 何で?

 何でここに?

 僕は呼んでいなのに。





 ふいにステージ袖を見ると、メンバー4人がピースサインで僕を見ている。




 そうか。あいつらが呼んだんだな。ここは喜んだほうがいいんだよね?







 愛しい人が、そこにいる喜びは。

 どんなものにもかえがたくて。

 でも、それに気付いた時には。

 もう愛すべき人はそばにいないかもしれない。

 僕は、そんな後悔だけはしたくない。

 君にもしてほしくない。

 長い時間のあいだで。

 気付かない幸せも沢山あって。

 優しさだけが君を包み。

 優しさだけが君を傷つける。

 
 この望遠鏡のように。

 君の心を覗き込めたら楽だけど。

 それが出来ないから、君が愛しいのかもしれない。


 まだわからない。

 君が僕を愛してくれているのか。

 だけど。

 僕が君を愛していることにはかわりはない。

 だから。

 そばにいてほしい。



 この想いよ。

 君に届け。













 ありもしないアドリブ。

 何回かライブに来ていた子は、いきなりのアドリブに驚き。も驚いていた。でも見逃さなかったよ。頬に伝う君の涙。ファンの子に言いかけるように、君に言いかけるように。
 どうか届いてくれ。僕の想い。
















 ライブも無事終った。少なくとも僕の心以外は。




 そして、いつにもなく僕の様子を伺う4人と僕。楽屋は--お疲れ様--と言う言葉が飛び交っている。

 「なぁ…どうすんのよ?お前。」

 「…どうするも何も…てつが呼んだの?」

 そんなのどうでもいいじゃん。そう言って、てつは僕から眼を逸らした。

 「いい加減素直になれよ。」

 「…。」

 「このままで終っていいのかよ?」

 「…。」

 「嫌なんだろ?だから、お前今日あんなアドリブが出たんだろ?!」

 --何か言えよ!北山!--


 僕は黙ったまま、静かに楽屋を出た。



 ステージへ向かう長い廊下。

 本当は、このツアーが終ったら言うつもりだった。に。一緒に暮らそうって。でも別れは突然やってきて。何気なく、使うのを楽しみにして僕がに内緒で買っておいたマグカップ。使われないまま、この数ヶ月袋から出される事なく。




 色んなことを思い出して、考えて。

 と初めて出逢った日。

 と初めて繋いだ手のぬくもり。

 と初めて交わした口づけ。


 ねぇ、わかってるの?

 僕は君への。

 への想いで押しつぶれされそうだよ…。









 「何だよ、こんなところで。」

 気付けば、ステージの上に立ち尽くす僕を黒沢さんが探しに来てくれた。

 「村上、お前の事心配してたよ。」

 小さく呟き彼は、さっきまでが座っていた席に腰を下ろす。








 「どうした?」

 「うん?」

 「いや、今日の北山何かね。いつにもまして理屈っぽかったんだよね。」

 「何が?」

 「あのアドリブ。」


 二人の声が、気持ちよく会場に響く。


 「あぁ。」

 「でもねぇ…理屈っぽかったんだけどね、何か伝わったよ。北山の気持ち。」

 「そうか。」

 「ちゃんにも届いてるよ、きっとね。」

 「…ならいいんだけどね。…黒沢さん…」

 「何?」

 「俺さぁ、わかんないんだよね…」

 「何が?」

 素直な疑問を口に出す。

 「別れたんだよ。なのに、何で来てくれたのかなって。」

 「それはさぁ…なんて言うのかな…まだ冷めてないって事だよね、きっと。」


 彼の唐突な答えに、僕は眼を見開いた。


 「ちゃんの北山への気持ち。大嫌いなら、来ないでしょ。」

 「でね、俺忘れようと思ったんだけど…だ…駄目…だった…」


 〜どうしたらいいんだろう?〜

 そう聞きたかった、黒沢さんに。だけど、必要以上に僕の心を締め付けるの涙を思い出したら苦しくなって。忘れられないへの想いに、涙が僕の頬に流れていた。いっそ、このままへの想いを抱いたまま永遠の眠りにつきたい。そして君が僕の心と身体に巻いた「想い」の鎖をはずしてよ…。






 「そんな苦しいなら、ちゃんと後悔しねーように本人に言えよ。ばかじゃねーの、お前。」


 会場に一筋の光が漏れたと同時に聴こえた、てつの声。舞台の上に、丸くなって嗚咽をあげる僕に、投げつける言葉。1階の後方に見える、てつ。そして、てつの背中越しに見えたの姿。


 「ちゃんと言えよな。俺は、こんな事するほど暇じゃねーんだからな。」
 「どうして村上は、いつも一言多いかなぁ…」


 僕の頼れる先輩達は、会場を後にした。







 「…」

 「陽ちゃん、今日は…ありがとう。」

 「…。」

 「あれ…私への言葉と思っていいんだよ…ね?」

 「あ、あれは…」

 「さっきね、帰ろうと思ったら竹内さんに呼び止められちゃって。」

 「…うん。」

 「正直残っていようか迷ったよ。勿論今日ここに陽ちゃんを見に来るのもね。」

 「…だと思ったよ。の事だからね…」

 「でもね、私陽ちゃんと出逢ったときの事思い出したんだ。」

 「え?」

 「私が陽ちゃんを好きになった理由って、陽ちゃんの歌う姿だったから。」

 「…。」

 「だから…だから最後にもう一度陽ちゃんの歌う姿眼に焼き付けようと思って。」

 「最後…か。」




 ----そんな苦しいなら、ちゃんと後悔しないように本人に言えよ。-----



 「最後…なら…最後の悪あがき…してもいいかな…。」

 「へぇっ?」




 もう一度届けたい。

 この想い。

 たまには、てつの言う事を信じてみよう。

 僕が後悔しないように。

 僕が僕であるために。

 への想い。

 もう一度届けたい。





 「、"Serenade"って言葉の意味知ってる?」




 僕は折っていた膝を伸ばし、スッと立ち上がった。ステージに立つ僕。それを見ていてくれる。僕の最後の告白。





 「"Serenade"ってね、海を越えた国での言葉でね。」





 窓の外から、愛しい女性に向かって綴る愛を表現した唄のことなんだ。

 あの…あの言葉は。

 僕から。

 北山陽一から最後のへの想い。

 最後の"Serenade"のつもりだったんだよ。






 「…陽ちゃん…」







 ごめんね、

 僕は最後の最後まで、彼氏らしく、頼れる男で居られないよ。

 こんなにも。

 狂おしいほど。

 のことを愛しているから…。







 「ひどいよね。」

 思ってもいなかったからの言葉。

 「これを最後にしようって思ってたのに。」

 「えっ?」



 --これからも…陽ちゃんの唄う姿、見続けたくなっちゃった…--



 その言葉は。

 その唄は。

 確かに聴こえた。

 そう。

 から僕への"Serenade"。









 「…抱きしめても…いいかな…」


 「うん。」




 そっと僕はステージを降り、客席へ向かう。












 もう一度を抱きしめられる喜びに、手足が震えながら。








 -----(陽ちゃん、涙で顔がぐちゃぐちゃ)-----

 -----(…なんで、こういう良い所で、そういう事言うかなぁ…)-----

 -----(だって本当だもん)-----

 -----(うるさい)-----


 少しの会話との体温を感じながら。壊れるほど君を抱きしめる。間違ってないと。二人の未来が間違っていないと。確信するために。









 それから二日後。彼女は、仕事で一年間アメリカへ旅立った。やりたい本当の仕事が出来たらしい。『ちょっとだけ、寂しくなるね。』僕がそう言うと、彼女は大きなスーツケースを床に置いて僕を抱きしめてくれた。『一年間だもの。永遠の別れじゃないわ。』

 --そうだね--

 そう呟いて、僕から彼女に軽くキスをして、彼女の乗った飛行機を僕は見送った。










 これから君が帰ってくるまでの毎日。

 何度でも君への『Srenade』を聴かせよう。

 愛しい女性への愛の歌を。






 そしてを待ってるよ。






 飛び立つ飛行機を見つめ、少しだけ微笑んで僕は飛行場を後にした。





 少しだけ風がゆるやかになった気がした…。
END

■あとがきと言う名の言い訳
海外と日本で、平気な顔して遠距離してそうなよほいちさん。おいらは無理だな。でもって、これ再公開??わからん…サイト放置プレイしすぎたな…。2004/02 少し手直し。