diary



フュージョン日記その25 2012/3/29  「サウンド・オブ・ミュージック」

クリストファー・プラマー氏がアカデーミー賞を受賞しました。映画「サウンド・オブ・ミュージック」のトラップ大佐役だった人です。現在82歳だそうです。
授賞式を見ながら、映画「サウンド・オブ・ミュージック」を見た頃のことをいろいろと思い出しました。
自分にとって「サウンド・オブ・ミュージック」は始めて見た大人の映画だったと思います。
それまでは子供向けディズニー映画を、親に連れられてよく見に行っていました。
そんなある日母親が、僕たち子供を「サウンド・オブ・ミュージック」を見に連れて行ってくれたのです。母は家族揃って子供映画を見に行くのに少し飽きていたのかもしれません。自分がたまには大人の映画を見たかったのかもしれないです。
「ウエスト・サイド物語」も立て続けに見に行きました。どちらもミュージカルです。
始めて見るの大人の映画はキラキラとしていて、ドキドキしたりハラハラしたり、それにミュージカルですから歌や踊りがふんだんに出てきてワクワクしながら夢中になったのを覚えています。
公開年度から考えてロードショーではなかったと思います。名画の再上映だったのでしょう。
この2本の映画はその後、何度も見ています。何度見ても新鮮で、心に強く残る忘れがたい名作です。始めて見た映画がこの2作品でラッキーだったと思います。
この映画に連れて行ってくれた母に感謝したいと思います。

フュージョン日記その24 2011/12/22  「朝のドリンク」

起き抜けに水(冬場は白湯)を飲む習慣が付いています。1リットルぐらい飲むかな。
その後、コーンクリームスープがお気に入りだったのですが、先日から、新たなドリンクを飲み始めました。
テレビで見て早速実践してみたのですが、名付けて「朝のたんぱく源ドリンク」です。
作り方は、豆乳200mlに、きな粉を大さじ3杯、ハチミツを大さじ1杯混ぜるだけで、極めてシンプルです。
番組では、「ステーキは朝食べるか、夜食べるか」という話題から、タンパク質は朝採った方が良い、と結論づけたあとに、「しかし、朝からステーキは無理」という人のために、このドリンクを紹介していました。豆乳も、きな粉も大豆の食品で、タンパク質がたっぷりだそうです。
お鍋でゆっくり熱しながら混ぜると、上手く混ざります。
これ1杯でおなかがいっぱいになるので、朝食べずに急いで出かける人に、最適かもしれません。美味しいですよ!ショウガやゴマを少し入れてみるのが、これからの課題です。
皆さんもお試しあれ。

フュージョン日記その23 2006/6/13   『手のひらを綺麗に』

「洗顔フォームは手でよく泡立ててから使うのがいいんだよ」と教えてもらい、手のひらにもらってしっかり泡立てていますと、段々と泡が減って、手のひらがすっかり綺麗になりました。
先に手を綺麗に洗っておかないといけませんね。


 
フュージョン日記その22 2006/6/1  「数字パズル」

数字パズルにハマっています。「数独」とか「ナンプレ」とか呼ばれているマスを数字で埋めていくシンプルなパズルです。携帯ゲーム機用のソフトも発売されました。
ルールは簡単で、縦横9×9のマスを1ケタの数字で埋めていくだけです。
興味を持たれた方は、実際の問題を見ながら挑戦してみて下さい。
私がこのパズルにハマったのは、熱心に取り組んでいる友人の様子をのぞき込んだことがきっかけです。何をやっているのか聞くと、友人はルールを説明してくれて、簡単な問題を1問やらせてくれました。それ以来見事にハマってしまいました。4年ばかり前のことです。
今では超難問集ばかりを探して、毎日1問解いてから寝る習慣がついてしまいました。このパズルはクロスワードに似た形をしていますが、物知りを競うパズルではなく、ヒントを探して数字を書き込むもので、いわば誰にでも出来るパズルです。そして超難問でも必ず解けます。それが私がハマった理由です。
今では相当の強者になったつもりですが、それでも何日も悩んで、結局ヒントを見つけられずに放置してある難しい問題もあります。理解不能な高等な解法もあります、シンプルなパズルがそんな深みを持っているのが魅力的なのです。
一時「お絵かきパズル」にハマったこともありました。一夏こもって難問集に取り組んだことがあります。そういうものが好きなようです。
フュージョン日記その21 2006/5/1 「東京で12年(2)」


「コテコテの関西人」である私が見た東京についての2回目です。

今回は言葉の違いについて書いてみようと思います。
一番苦労したのは「ありがとう」という言葉です。これは後で説明します。
関西と関東の言葉の違いは、思っているより大きく、関東弁(と敢えて書きます)を話しているつもりでも、最初はすぐに「関西の方ですか?」と言われてしまったものでした。
さすがに12年経つと「訛がありませんね、関西の方だと気付きませんでした」と言われるようになりました。立派なバイリンガルの誕生です。
関西人はどこに住んでも関西弁のままの人が多いですが、これはさんまさんを初めとするお笑い芸人さん達のお陰が大きいと思います。テレビの影響も大きいですね。私の父は京都人ですが、若かりし頃東京に住んで「言葉が通じなくて苦労した」と言っていました。
また、若くして関東に移った関西人には、古い関西弁を使う人がいます。言葉は生き物だなあと感心したり、言葉の地層を見る思いで面白く聞いています。

さて「ありがとう」ですが、関西では「と」にアクセントを置いて発音します。関東では「り」が一番強い音になります。東京育ちの人は関西風の「ありがとう」を聞くと、ふざけているように聞こえるようです。と話している東京人の話を小耳に挟んでしまってからは、意識して「り」に力を入れるように心掛けているのですが、関東風
に発音すると自分の言葉ではない気がして何だか心がこもりません。これには困りました。一番心から言うべき言葉なのに、発音の違いで何だか自分がウソをついているような気持になってしまうのです。

コンビニでお釣りをもらうときとか、ちょっとした挨拶から練習を始めて、今では慣れましたが、違和感を克服するには思ったより時間がかかりました。心を込めて言うべき言葉だからだと思います。東京に住んで一番苦労したのは「ありがとう」という言葉だったかもしれません。

関西に住みながら関西が好きな人が大勢います。これは不思議だなあと思います。他の地に住んで故郷の良さを思うのが普通ではないでしょうか。「関東の人は気取っている」「関東の人は冷たい」と関西人はよく言います。そんな関西人には、あなたが関西を振りかざさなければ、関東の人は気さくだし、温かい人が多いですよと言いたです。

フュージョン日記その20 2006/4/10

『歯医者さんagain』
またまた歯医者さんに通っています。
「恐いもの」のトップを争う苦手な歯医者さんに通うことになったのは、もちろん歯が痛くなったからです。
治療済みの歯が、冷たさが染み始めて早2年、さっさと治してもらえばいいのに、恐いモンだからついつい月日は経って、ある日、本格的に痛みだしました。
本当に痛い虫歯は、本当に痛いです。
子供の頃、虫歯が痛くてメソメソ泣いたのを思い出しました。
ただただ痛くて無気力になります。
痛み始めて二日目に先生に電話をして「助けて下さい」と言いました。
先生は笑って「明日空きがあるからいらっしゃい」とおっしゃって下さいました。
神様の声でした。と同時に自分が地獄行きの道を選んだことを自覚しました。

ここで、先生に教わった「歯医者さん豆知識」
一度治療した歯がまた痛くなるのは、唾液がセメントを溶かすからだそうです。
最近のセメント(歯と治療の金属を貼りつけるセメントです)は唾液で溶けなくなり
ました。治療済みの古い虫歯のセメントが溶けて中が虫歯になると、歯磨きでは太刀
打ちできません。そもそも虫歯を作らないように元気な歯をしっかり磨くことが大切
です。

私が通っている歯医者さんの先生とはライブハウスで知り合いました。
音楽がお好きな先生で、ミュージシャンの患者さんが沢山いらっしゃいます。
なので評判を聞けたのがラッキーでした、皆が「最高の腕だ」と薦めてくれたのです。

面白いサイトがあります。http://www.tusinbo.com/「病院の通信簿」と言います。
患者さんが評価した病院のランクが見られます。
お医者さん選びは難しいと思うので役に立つと思います。

さて、私がお世話になっている歯医者さんをご紹介しておきます。
良い歯医者さんをお探しなら是非訪ねてみて下さい。
「久が原駅前歯科」東急池上線「久が原」の本当に駅前なのですぐに分かります。
予約制なので電話してからお出かけになることをお勧めします。
フュージョン日記その19  2006/2/17 「東京で12年」

東京に住んで12年になりました。

私は京都生まれの大阪育ち、活動の拠点を移したのが遅かったので、私の場合いわゆる「コテコテの関西人」が東京に移住したことになります。そんな私が東京に住んでみて感じたことを2回に分けて書いてみようと思います。

関西にすっかり馴染んでからの移住は、文化の差を見比べるには便利でした。
東京に来て初めて見た物は、人が一杯で階段を上がれない電車のホームでした。
こんなにも沢山の人が住んでいるのかと驚きました。
また、どんなマニアックなイベントにでもそこそこ入場者がいることにも驚きました。
これも人口の多さゆえだと思います。
その他にもお店の多さ、お店の多彩さ、品揃えの多彩さなども住んでみて嬉しい部分でした。

関西の人が勘違いしていることの一つに車と信号の関係があります。
よく言われるように信号待ちからのフライングは関西ではよく見かけます。でも信号が黄、赤と変わったときのストップのタイミングは東京の方がはるかに遅いです。つまり信号が赤に変わってからもどんどんと車が突っこんでくるのです。
最初の内は信号待ちをしているこちらの信号が青に変わっているのに、交差点に入ってくる車が途切れないので恐い思いをしました。
これはどちらの習慣も褒められたことではないので、文化の違いなどと言わずにお互いに改めたいものです。
信号を除けば東京の道路はとても運転しやすいです。指示機さえちゃんと出していれば車線変更もすぐに出来ます。優しい運転手さんが多いと感じました。譲り合いの習慣もちゃんと定着しています。
交通量はお昼も夜中も一緒です、これには驚きました。どんなに遅い時間になろうが車の量が減らないのです。遅くまで働いている人が多い証拠だと思います。
優しいドライバーさんは多いですが、さすがに忙しい大都会東京では、道が空いていると時々とんでもないスピードで走り抜けて行く車がいます。関西ではあり得ない、想像を超えた速さです。急いでいるのでしょうが、安全には十分配慮してほしいと思います。

フュージョン日記その18 2005/4/18 「50ccバイク」

いわゆる原動機付き自転車、50ccバイクに乗っています。今までバイクには縁がなかったのですが、ある日「自転車で行くにはちょっと遠い、けど車で行くほどではない」距離の所へ行くときに「バイクはどうだろう」と思ったのです。
 思い返せば二十歳頃、友人の立派なバイクに股がらせてもらったことがあったのですが、アクセルと共にバイクだけ前に飛び出し、荒馬のように垂直に立てて倒してしまったことがありました。それから何となくバイクを敬遠していたのですが、車の普通免許を持っているので、いつでも乗れたわけです。
 友人のクマちゃん(「クマ」という友人が3人いるので、他のお二人ごめんなさい)に紹介してもらって、2万円で中古の真?なバイクが手に入りました。
 一番安いヘルメットだけ買って、早速乗り始めました。渋滞した車の横をスルスルと抜けて行くのはいい気分です。
 一番最初に驚いたのは雨でした。自転車よりスピードが出るので服はびしょ濡れ、雨粒が顔に痛いのです。目が開けられなくて困りました。せめてゴーグル付きのヘルメットにしておけばよかった。翌日合羽を買いました。これで雨は大丈夫としよう。
 行った先にちょいと置けるのも有難いです。車だと置き場所探しにいつも苦労するのですが、バイクならば大丈夫(もちろん駐禁はあります)。
 乗り始めた時期は寒さの真っ最中だったので凍えましたが、暖かくなってきてこれからはいい気分です。

フュージョン日記その17 2003/10/6 「舞台裏」

9月、10月と、小野リサさんのツアーをお手伝いしています。全国のホールを回るのですが、旅や演奏以外に、私には楽しみがあります。ホールや劇場を見学するのが好きなのです。それも舞台裏が大好きなのです。ホールに着いて、サウンドチェックやリハーサルが終わり、空き時間が出来たときに責任者の方にお願いして見学させてもらっています。なぜか昔から好きです。小学生だった頃から、講堂の舞台袖や幕の裏に侵入するとドキドキしていました。「探検気分」なのでしょうか。

さて、二千も席数があるホールとなると、小学校の講堂とは規模が違います。座席とステージの周りに沢山のしかけがしてあります。座席の下にはほぼ何もありませんが、左右には照明装置が舞台に向けて設置されています。外壁とホールの壁の間を、照明装置をくぐって細い鉄の階段を上っていくと、スポット・ライトにたどり着きます。スポット・ライトは座席の一番後ろの高い位置か、ホールがあまりに広い場合には、天井に割れ目を作って、天井裏から鋭い角度でステージを照らすようにしてあります。必ず操作をするスタッフがいるのですが、足がすくむ高さです。さらに、細くて暗い(舞台裏ですから)通路を辿っていくと、ステージの真上に出ます。
ステージには表の幕である分厚い緞帳や、後ろの上がり下がりする幕があることはご存じだと思いますが、それらの幕や背景を書いた絵などをつり上げるために、ステージの上にはステージと同じ大きさのスペースがあります。雪を降らしたりするのもこの場所からですね。ステージの上をさらに倍の高さから眺めると、相当な高さになります。真上から見るステージも不思議で面白い光景です。
ステージを見下ろしながら横切って、ステージ袖から今度は階段を下っていくと、ステージ下にはオーケストラ・ピットの入り口があります。オーケストラがステージと客席の間に、一段下がって配置されていることがありますね、その場所をオーケストラ・ピットと言います。さらに階段を下っていくと、一番下が奈落です。ここにはステージそのものを動かす仕掛けがあります。渋谷公会堂で回転舞台の装置を見た時には「これがドリフを回していたんだな」と感激しました。

このように、ステージを支えるしかけがホール中に巡らされています。出し物をより楽しんでもらうために、何倍もの見えないスペースと装置が用意されているのです。良い環境で見て、聞いてもらうために、スタッフは本番中もまるで忍者のように物音を立てずに、舞台裏を素早く移動しています。探検気分を味わってもらえたでしょうか?もちろんこれらのほとんどの場所は「関係者以外立ち入り禁止」です。出演者でも、無断では入れません。必ず許可を取って入れてもらっています。劇場の管理者の方や現場のスタッフにお礼を言いたいと思います。

さて、舞台裏が好きな理由を「探検気分」と簡単に書きましたが、もう少し深い何かがあるような気がします。理由は分からないけれど好きなモノってありませんか?何か思い当たったら、また日記に書こうと思います。
フュージョン日記その16 2003/9/8 「老眼鏡」

細かい字を続けて読む必要があったので、今日、老眼鏡を買いました。
目のレンズの調節機能も年々ボケてきまして、近くに焦点が合いません。細かい文字や絵を見るには目を近付けますが、年齢とともに、レンズがその近さに対応できなくなってくるのです。
細かい文字を読むときに顔を離す動作がありますね。年齢を感じさせる仕草です。字が細かいからといって、目に近づけるとかえって焦点が合わなくてボヤけてしまうのです。あなたも私も、若い皆さんもみんないずれそうなってきます。
正直に言いますと、西原理恵子のマンガ「鳥頭紀行」を文庫本サイズで読もうとしたら、文字が細かくて私の目には無理でした。そろそろ日常に不自由を感じ始めていましたので、ではこの際一つ買っておこうか、となったのです。
本格的な眼鏡を持ったことがなく、今回も「ついで」で売っているようなのを買いました。
運転免許の書き換え時に目の検査がありますが、いつもギリギリOKなので、次の免許切り替えの時には、遠近両用のちゃんとしたのを買って行こうと思っています


フュージョン日記その15  2003/7/20 「寝る族」

人間には「寝る族」と「起きる族」がいると思う。「寝る族」はなるべく寝たい人。
「起きる族」はなるべく起きていたい人である。私自身は「寝る族」だ。「寝るより楽はなかりけり」が父の座右の銘であった。私もそのとおりだと思う。「起きる族」に言わせると「寝ている間に面白いことがあったら悔しい。生きている時間は限られているのだから、なるべく起きていたい。」のだそうだ。ふ〜ん、よく分からない。
早目に用事を片づけて、風呂に入ってちゃっちゃと寝る。もしくは、休みの日は起きて飯を食ったらまた寝る、一日ゴロゴロ寝る、これに勝る幸せがあるだろうか?
テレビで起きる族を「Short Sleeper」と名付けて特集していた(迷惑な話である)。エジソンは毎日の睡眠時間が4時間、ナポレオンは3時間、ダビンチに至ってはたった45分だったそうだ。どうしてそんなことが出来るのかというと、睡眠が深いんだそうである。う〜ん、そういう話じゃないんだけどなぁ。対してLong Sleeperの代表はアインシュタイン氏、毎日10時間寝たそうである。ただし氏は不眠症だったという説もある。ノーベル賞を受賞した小柴先生も確かよく寝られる方だったと思う。
知ってる中で最もShort Sleeperなのはナニワ・エキスプレスの清水興氏である。シミちゃんは「ホントに寝ないね」と言われて、先日「でも毎日ちょっとづつしんどいで」と答えていた。起きる族の鑑だと思う。
世の中、早く帰って寝る人間に冷たいように思う。エラい人ほど「まだまだぁ!」と言い「もう一件!」と言う。寝てない自慢がいまだにまかり通っている。早く帰って寝ようよ!「寝る子は育つ」んだゼ!


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