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自分と音楽との関わりについて・・・

第一章 バイオリン

第二章 DTM

第三章 ベース

第四章 天才ばかばんど

第五章 CDデビュー

第六章 バンド

以下、続く・・・か?



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第一章 バイオリン

幼稚園に入るまでは、特別なことはなかった。普通に童謡などを覚えて歌っていたと思う。
幼稚園に入ってから両親に楽器を習ってみないかと言われる。その時の候補として
ピアノとバイオリンがあった。当時マンション暮らしだったため、ピアノなんて大きなものを
置く場所が無いからと幼心に考えてたとかないとか^^;そういうことで、バイオリンを
習うことになった。このときピアノにしておけば、キーボード奏者になれたのに
と後に思うのであるが、今の音楽の知識の基礎(そんなたいしたものではないが)を
得たのがバイオリンを習ったことにあるのは自分にとっては幸運だったと思う。

ある日、演奏方法(ってスラーだったのだが^^;)でわからないことがあり、
どうしたものかと思っていると、隣に住んでた高校生くらいのお姉さんが音楽に
詳しいとのことで教えてもらい事なきを得た。その方が、今やソプラノ歌手で有名な
佐藤しのぶさんだったということを後に知る^^;
小学生になり大阪から奈良へ引っ越した後も大阪の教室に通っていたが、
小学4年生ごろでやめてしまった。このまま続けていれば・・・。
数年前なんとなくバイオリンを弾いてみたくなって通販で安物を買ってみたが、
やはり長年のブランクは大きく全く弾けなかった(T T。
しかし、ベースをやりだし指が動くようになってきた今は少しは弾けるかも?

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第二章 DTM

中学生のころパソコンを知りのめり込んで行った。そのころはまだ黎明期であり、
今のチュンソフト(ドラクエや風来のシレンなどで有名)の社長がアマチュアの
プログラムコンテストで優勝するなどでかなり儲けたという話を聞いて、自分も
ひとつ当ててやるぞ!とプログラミングを習得したものだが、今やゲーム開発も
なにかと厳しい状況とか・・・。

それはさておき、当時のパソコンでも音を鳴らすことができるものがあり、
これで音楽ができれば面白そうだという思いはすでにあった。とはいうものの、
ちょっと波形のいじれる正弦波が同時に3つ鳴らせるという代物だったので、
せいぜいゲームの音を鳴らすくらいでしかなかった。
数年後、すでに音楽界では利用されていたFM音源がパソコンにも登場し、
さっそく自分のパソコンにも搭載してみる。当時としては最高の8重和音の
ものであるが、今の携帯電話の音ほうがよほど高性能だったりする^^;

それでもやっと音楽らしいことができる環境が揃いDTMの世界へ。
しかし、作曲などできるはずもなく^^;好きな曲のコピーをすることに。
そのころTM NETWORKがはやっており、多彩な電子楽器を取り入れた
楽曲に興味を持つ。早速ヒット曲「Get Wild」をコピーするのだが、
耳コピーできず楽譜を買うことに^^;次に問題となるのは音数。
FM8重+正弦波3重しかないのでどのように振り分けるか。そして一番
苦労したのが音色。TMの曲もFM音源を使用しているのだが、性能が
異なるしパラメータの値もわからない。特にギターの音はFM音源の苦手
とするものだ。(Get Wildは本物のギター使って演奏してるしね^^;)
そうしてやっとのことでできたものは、自分でも割と納得のいくものだった。
が、あまりのたいへんさにそれ以降FM音源で作ることはほとんどなかった^^;

そうしているうちに、DTM用の音源モジュールに性能のいいものが出始め、
音数と音色に苦労したくなかったので、RolandのMIDI音源SC-55を購入。
このころはフュージョンに興味を持ち、T-SQUAREやCASIOPEAなんかの
楽譜を買って(またか^^;)コピーをする。本物とほぼ同じ音が出るからには
本物と同じ演奏を再現したいと、楽器の演奏方法をいろいろ調べた。
ギターのソロパートなどが本物どおりに再現できているのを聴くと、非常に
気持ちのいいものだった^^;そのうちもっといい音を、ということでRolandの
SC-88Proを買って今に至る。加えて、作曲もやりたいなと音楽理論も
勉強しようとするが、コード進行が少しわかったくらいで進んでいない^^;
社会人になりさらに時間がなく、コピーもまったくしなくなって現在に至る・・・
うげっ、随分長くなってしまった^^;

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第三章 ベース

今一番興味のある楽器。そもそものきっかけはTM NETWORKの
「Get Wild」のポップなベースラインを聴いてからのような気がするが^^;
確かにそのころから音楽を聴くたびにベースの音が気にはなっていた。
楽器自体に興味を持つのは、弟がベースをやりはじめてから。
たまに借りては遊んでいた。しかし、兄弟二人ともベースじゃ面白くない
と考え、ギターをやろうと入門セットを購入する。というものの、昔やってた
バイオリンのように指は動かず、DTMで得た演奏方法も実践できず、
またすでに社会人になっていたので時間もなく、結局コードをいくつか
押さえることしかできないまま、現在に至る^^;

ちょっとそれてしまったが、相変わらずベースの音には敏感になっているし、
2001年にいろんなライブに行くようになってから自分も演奏してみたい
という衝動に駆られ、2001年10月末についにベースを購入。
それも5弦^^;やはり低音に魅せられてもっと低い音も鳴らしてみたい
ということと、弾いてみたい曲に5弦を使っているものがあったから。
しかし、アンプがギター用のものしかないので、その低音がうまく出ない
のが難点である^^;まだスラップ演奏ができないのがちょっと歯痒い^^;
因みに今興味があってやろうとしてるのは野田順子さんの曲(爆)

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第四章 天才ばかばんど

ベースを購入する少し前に芝田吾朗さんに出会ったのが始まり。
野田順子さんのライブのサポートギターとして参加されたのが最初の出会い。
その後、芝居で多才な面を見、ライブがあるというので見に行くことで
次第に興味を持つようになる。前後して吾朗さんのHPを見ていて、
「天才ばかばんど」なるパフォーマンス集団を立ち上げたことを知る。
音楽はもちろん、芸術、文芸、その他何でも一芸があれば参加できるという
画期的な集団。メンバー千人をめざし、世界一大きいバンドを作ろうという
その壮大な計画に度肝を抜かれた(笑)

しかしながら、まだベースも始めておらず、そのころ人より多少知識があると
言えばコンピュータのことぐらいで、非常に入りたい気持ちがあるものの
参加するのが躊躇われていた。しかし、面白いことをやっているメンバーを
見るに従い居ても立ってもいられず、コンピュータを一芸に参加を決意した。
入って良かったと思っている。彼らとの出会いがこれまでの自分の音楽観を
変えてきているし、メンバーの活動が自分への刺激にもなる。
お陰で自分も音楽活動を行うきっかけとなった。

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第五章 CDデビュー

そんなものは夢のまた夢、と思っていた。しかし、天才ばかばんど(てんばか)
に入ることで現実となることに。メンバーも300人を越えた頃、100曲入りCDの
制作が行われることに。参加する条件は、CD制作に関わるお金10000万円を出資
できることのみでオーディションなどなし。プロで活躍する人から素人まで
ありとあらゆる表現者が挙って参加を表明。
このチャンスにもちろん自分も名乗りを上げようと画策する。しかし、歌も楽器も
自信がないので躊躇われていた。丁度その頃、以前より別サイトで知り合い、
てんばかメンバーにもなっていたHIRO君も参加したがっているのを知り、
一緒にやろうと呼びかける。

HIRO君は歌や作詞を、自分は作曲をやりたかったので、約1ヵ月半後の締め切りで
最初の2週間でHIRO君が詞を作り、それを受けて2週間で自分が曲を作ることに
なっていたが、初めての作曲は思い通りに行かず、詞を少し変えてもらって
3週間かかってやっとメロディーができた。あとはアレンジを加えることに。
ちょっと凝ったものをと思っていたが、時間もないのでアコギとベース、ドラム
という簡単な構成で作ることにした。当初、HIRO君がギターを始めたこともあり、
演奏もしてもらうつもりであったが、時間がなく結局打ち込みで鳴らすことに。
ベースも自分が演奏したかったが同じく時間がなく断念。
結局、録音当日にカラオケが出来上がり、録音前にHIRO君とカラオケ屋で音あわせと
打ち合わせて録音スタジオに。

録音は、これもてんばかメンバーのさくらさんを通じて知り合ったとんぶりさんに
お願いする。ここで、てんばかの恩恵を思い知る。急遽アシスタントとして
来ていた同じてんばかメンバーのミキコさんに驚きつつ、曲とHIRO君の歌を録音。
最初に自分で形にした曲としてはまずまずの出来だと思う。
その日東京に来ていたプロデューサー役の吾朗さんに手渡し無事完了。
1ヵ月半後、無事CDはリリースされ、インディーズの売り上げ1位などを記録した。
その後、第2弾の制作もあったが、曲を作る時間がとれなかったものの、2曲に
ベース奏者として、1曲にコーラスとして参加した。

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第六章 バンド

ベースを始めたならバンドもやりたくなるのは人情。すでに「天才ばかばんど」に
参加はしているが、やはり独自にやりたいし。
2002年4月頃、バンドメンバー募集サイトを見て惹かれたのがフュージョンバンド。
第二章でも書いたとおり、T-SQUREなどが好きだったし「TRUTH」とかも
演奏してみたかったので参加希望を打診。他にもバンド経験者の応募があったが、
自分のやる気を認めてくれて正式加入。フルートを吹く女の子もいたりしたが、
顔合わせだけで脱退。ギターも1度練習に来ただけで脱退。2回ほど練習したが
その後音沙汰がなく自然消滅・・・なんだよ。せっかく人がやる気出してるのに

1年後の2003年4月、同じ募集サイトで今度はJ-POPのバンド募集に興味を持つ。
奥田民生やウルフルズなどをやるバンドで顔合わせをし、課題曲も決まった。
暫く個別練習。かなりスピードを要求される曲があり、苦労する・・・
しかし待てど暮らせど合同練習ができない。メンバーの一人の都合が合わない。
そうしてるうちにこちらも音信不通・・・お前、なめとんのか!!!
一度も練習することなく終わった。もうダメだね、メン○ネット

そのバンドの少し前の2003年2月に、ときめきメモリアルのファンクラブ会報に
ときめきメモリアル関係のバンドメンバー募集の告知が掲載されるのを発見する。
「勇気の神様」をやるのが夢だったので即応募。(実際は数日考えた^^;)
3月に顔合わせし、その後続々加入。ボーカルがなかなか応募がなかったが
7月にやっと加入し、本格始動できることに。練習も開始。なかなか良い感じ。
その間に思っても見なかった方向への展開もあり個人的に今後が楽しみ。
とりあえず2003年中は月1回の練習をこなし、2004年春ごろにライブができれば
いいなと。そういう感じでやっとバンド活動ができるようになった。

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