シューベルト/交響曲第8番「未完成」ほか シノーポリ指揮フィルハーモニアO
ジュゼッペ・シノーポリ追悼

シューベルト/交響曲第8番ロ短調,D.759「未完成」
メンデルスゾーン/交響曲第4番イ長調,op.90「イタリア」
●演奏
ジュゼッペ・シノーポリ/フィルハーモニアO
D/1983/ロンドン
DG F35G−50109[ 98/5/4購入]

先日,指揮者のジュゼッペ・シノーポリが急死しました。まだ,50代で指揮者としてはこれからという時でした。というわけで,追悼の意味を込めてシノーポリのCDを1枚聴いてみました。

シノーポリは実演を一度聴いたことががあります。同じ職場の人でカルロス・クライバーのファン(クラシック音楽ファンというわけではない)の女性がいて,わざわざ大阪まで聴きに行く予定にしていたのですが,急に演奏会がキャンセルになってしまいました(クライバーならですね。)。その代役がシノーポリでした。「シノーポリなら行かない。大阪までの列車代,宿代,チケット代まとめて2万数千円で如何?」という条件で丸ごとその人になり代わって大阪に行って来ました。オーケストラはウィーン・フィルでした。この超有名オーケストラを一度見てみたいというのも大阪に行くことにした理由です。その時はマーラーの巨人などを演奏したのですが,実はよく覚えていません。今は亡き,コンサート・マスターのゲルハルト・ヘッツェルさんの姿を見たことの方が印象に残っているくらいです。

というわけで,私はそれほど積極的なシノーポリの聞き手ではなかったのですが,やはり気になる存在でした。ここで紹介するCDは実は中古CDショップで300円ほどでたまたま購入したものです。それほどよく聴いていなかったのですが,改めて聴いてみると素晴らしい演奏でした。

「未完成」「イタリア」というとどちらもそれぞれの作曲家の代名詞のような名曲です。私がクラシック音楽を聴き始めた小学校高学年〜中学生の頃に特によく聴いた曲で,今でも聴くたびに懐かしさを覚える曲です。特に「未完成」の方は当時大きな話題を集めていたカール・ベーム指揮ウィーン・フィルの来日公演(1975年)で最初に聴きました。私がクラシック音楽を聴き始めた最初期の記憶の一つです。

シノーポリの未完成は普通よりやや遅目のテンポです。当然,提示部の繰り返しもしているので第1楽章だけで16:32かかっています。弱音部に意味を持たせようと緊張感のある響きを追求しているのがいちばんの特徴です。チェロの第2主題も甘すぎず抑制された深い響きが聴けます。展開部はかなり劇的です。クレッシェンドとともに微妙にアッチェレランドをかけていくようなところがあります。いたるところで微妙なニュアンスの変化をつけており,「まさに芸術家」という雰囲気を持つシノーポリならではの解釈です。その割に音楽がもたれることもなく,流れも悪くありません。オーケストラの響きも透明です。この辺はロンドンのオーケストラの良い点だと思います。1楽章の終結部は楽譜の版によって解釈が変わる部分ですが,かなり盛大に強烈に終わっているので新しい版なのではないかと思います。

第2楽章は,第1楽章よりさっぱりしています。ここでもオーケストラの透明感がよく生きています。この楽章のクラリネット〜オーボエのメロディを聴くと「明るいけど悲しい」という妙な気分になります。その辺の明るさと暗さの交錯がうまく表現されています。シノーポリさんがよく指揮をするマーラーの緩徐楽章と通じるものがあるかもしれません。

「イタリア」の方は,非常に明快・率直に始まります。シノーポリさんがイタリア人だ,ということを思い出させます。が,やはりここでも少し音が弱くなると微妙な表情づけをしています。やはり「イタリア=単純」というのとは少々違います。

2楽章は慎重なテンポ感で終始します。低弦の上に出てくるヴァイオリンの響きは抑制が効いており,悲しみを抑えているような魅力があります。3楽章も遅目のテンポです。しかも全般にしっとりと柔らかい雰囲気に包まれています。中間部のホルンの信号を聞くと「未完成」の時と同様,中学生の頃を思い出し,ノスタルジックになるのですが,そういう雰囲気にぴったりの演奏です。ちょっと重過ぎる気がしないでもありませんが。

第4楽章は,対照的に強烈な響きで始まります。それほど性急なテンポではないのですが,強いパワーとキレを感じさせます。しかも,ただ単純なだけではなく,深い陰影を感じさせる音楽になっています。

この2曲をじっくり聴いてみると,抑制と解放の対比が大きく,やはり「ドラマティックな指揮者=オペラを得意とする指揮者」という印象を持ちました。このCDはデビューしたばかりのシノーポリの気合いが伝わってくる演奏です。聴き応えがあり,完成度も非常に高いと思います。競合盤の多い両曲の演奏の中でも強い存在感を示しているといえます。