オーケストラ・アンサンブル金沢21
ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番;ハイドン:協奏交響曲;シューベルト:交響曲 第5番

1)ショスタコーヴィチ/ピアノ協奏曲第1番ハ短調 Op.35
2)ハイドン/協奏交響曲変ロ長調 Hob.I-105
3)シューベルト/交響曲第5番 変ロ長調 D.485
●演奏
安永徹(ヴァイオリン*2,リーダー),市野あゆみ(ピアノ*1),藤井幹人(トランペット*1),ルドヴィート・カンタ(チェロ*2),加納律子(オーボエ*2),柳浦慎史(ファゴット*2),オーケストラ・アンサンブル金沢
●録音/2009年7月25日 石川県立音楽堂コンサートホール(ライヴ録音)
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパンWPCS-12383(2010年2010年6月23日発売) \1500(税込)

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)21シリーズの2010年第3回発売は,2009年7月の安永徹がリーダーを務めた定期公演をそのまま収録したライブ録音CDである。ただし,曲順は変更になっている。定期公演の時は,シューベルト,ショスタコーヴィチ,ハイドンの順に演奏されていた。

安永徹と市野あゆみのOEKへの客演もすっかり定例化しており,毎回,二人がソロを担当する曲が演奏されている。今回も1曲目のショスタコーヴィチで市野のソロ,2曲目のハイドンで安永のソロを聞くことができる。それに加え,両曲とも複数のソリストが登場し,一種,室内楽的な演奏になっているのが特徴である。

最初のショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番は,OEK自身は過去何回も演奏してきた曲だが,市野とは,これまで主に古典派からロマン派の曲ばかりを共演してきたので,少々意表を付く選曲である。

演奏全体からは,ソヴィエト的というよりはロシア的といっても良いようなたっぷりとした情感が感じられる。曲の冒頭は,現代的な響きであるが,市野のピアノ音は非常に深みがあり,どこかロマン派のピアノ協奏曲への哀愁を思わせる趣きがある。もちろん,この曲ならではのおどけたような部分も多いが,随所に出てくるコントラバスの深々とした音ともども,ゆったりとした懐の深さを感じさせてくれる。トランペット・ソロは,OEKの藤井幹人が担当している。こちらの方も,マイルドで気持ちの良い膨らみを持った音を聞かせてくれる。

第2楽章には,冷たさと暖かさが入り混じったような複雑な情感が漂う。室内オーケストラ編成ならではの密度の高い演奏で,古典的でシンプルな美しさを持った,端正な演奏となっている。楽章後半に出てくる藤井のトランペットも,寂しさと温かみが入り混じった味わい深い演奏聞かせてくれる。

第4楽章への伏線のような深刻さを持った第3楽章に続き,生き生きとした第4楽章へと続く。実演で聞いた時は,かなり大暴れしているように聞こえたが,今回,CDとして聞いてみると,とても緻密にまとまっているのが分かる。反面,やや慎重でまじめ過ぎるところがあるかもしれない。ただし,曲の終盤での,一気にアクセルを踏み込むようなスピード感と流れの良さは見事である。

ハイドンの協奏交響曲は,第1楽章の冒頭からじっくりとしたテンポで演奏されている。ティンパニの音もしっかりと聞こえてきて,どこか素朴な味わいがある。安永を含め4人もソリストが登場する曲で,OEKと安永の共演の積み重ねの成果を感じさせてくれるような家庭的な温かさを伝えてくれる。安永のヴァイオリン,カンタのチェロ,加納のオーボエ,柳浦のファゴットと,お馴染みの奏者がソリストとして登場すると,OEKファンとしては,各奏者に対して感情移入をせざるを得ない。「ピーターと狼」を聞くように,家族のキャラクターを類推しながら聞いてしまう。それがまた楽しい曲でもある(そのままソフトバンクのCMあたりに使えるかも?)。

演奏は,この4人による音の対話を中心に進んでいく。気楽なだけではなく,時に濃い味わいを聞かせてくれたり,名人芸の競演になるのも楽しい。特に安永のヴァイオリンの緻密さは聴き応えがある。

第2楽章は,さらに室内楽的な気分が中心になり,ひっそりとした語らいを聞かせてくれる。この親密さは,同じオーケストラのメンバーならではである。第3楽章は,ティンパニが活躍する序奏に続いて,ヴァイオリンがレチタティーヴォのように演奏し始める。どこかベートーヴェンの第9交響曲を思わせるようなところがあり面白い。その後も安永のヴァイオリンの名人芸を中心に変化に富んだ曲想が次々と登場する。演奏全体にゆとりがあるので,巧まずしてユーモアが伝わって来るのが素晴らしい。

曲全体としては,協奏曲としても交響曲としても,さらには室内楽としても楽しめる「お得感」がある。「どっちつかず」「中途半端」とも言えるが,今回の演奏は,全編にリラックスした気分が溢れており,曲の持つキャラクターにぴったりである。第3楽章最後の,安永のヴァイオリンとカンタのチェロによる,ユーモアたっぷりの対話を聞くだけで幸せな気分になることができる。

最後に収録されている,シューベルトの交響曲第5番は,まさにOEK向きの曲である。CD録音が今回初めてというのが少々意外なくらいである。個人的にも,この曲は特に好きな曲ということもあり,第1楽章最初の木管楽器の和音が聞こえた瞬間に嬉しくなる。昔からよく聴いてきたブルーノ・ワルター指揮のCDなどと比べるとテンポが速く(ワルター盤が遅すぎるのでしょう),すべての音がくっきりと聞こえくる気持ち良さがある。続いて弦楽器が第1主題をすっきりとメロディを歌い始める。その音は清冽で,自信に満ちている。流れが良いだけではなく,きめ細かいニュアンスの変化がデリケートに付けられているのも印象的で,ハッとさせてくれる部分が多い。

呈示部の繰り返しを行っていなかったのは意外だったが,そのこともあり,楽章全体がかっちりとコンパクトにまとまっている。実際,そういう雰囲気が似合う曲である。展開部などでは,所々で翳りが漂うが,その表情の変化も魅力的である。自然に音楽が流れながらも充実した内容を感じさせてくれる見事な演奏である。

第2楽章は,深くしみじみとした音楽である。変ったことをしていないのに,安心して音楽に浸れるような「味」が染み出ている。安永/OEKコンビの熟成を感じた。音楽が重くなり過ぎないのは,室内オーケストラならではである。第3楽章は,しなやかなスケルツォ風メヌエットである。トリオの部分で,じっくりとテンポを落とし,非常にデリケートな雰囲気を作っているのが特に印象的である。その気分の切り替えも絶妙である。

第4楽章は,大げさに盛り上げることはなく,全体に抑え気味の演奏である。その抑制した感じがまた曲想に合っている。最後の部分だけは,少しタメを作って,わずかに終結感を作っている辺りにどこか奥ゆかしさが漂う。

●録音
2009年7月25日に行われた第258回定期公演のライブ録音。アンコールで演奏された曲以外の全曲が収録されている。楽器の配置は,コントラバスが下手側にくる古典的な対向配置だった。ジャケットに使われている写真は,能登半島の仁江海岸である。

(参考ページ)
第265回定期公演のレビュー

(2010/11/11)