オーケストラ・アンサンブル金沢21
唇にバラを(ラ・ローザ・アル・ラヴィス)アリア&サルスエラ
トルドゥラ,ファリャ,モーツァルト

1)モーツァルト/「エジプト王タモス」のための幕間音楽〜第2曲,第5曲,第7曲
2)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」〜とうとう嬉しい時が来た
3)モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」〜打ってよマゼット
4)トルドゥラ/唇にバラを
5)チャピ/「セベデオの娘たち」〜とらわれ人の歌
6)ニエト,ヒメネス/「セヴィーリャの理髪師」〜皆が私を別嬪と呼ぶ
7)ファリャ/バレエ音楽「三角帽子」第1組曲(序奏〜昼下がり,粉屋の女房の踊り,代官〜粉屋の女房,ぶどうの房)
●演奏
オフェリア・サラ(ソプラノ*2-6)
ジャン=ピエール・ヴァレーズ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
●録音/2006年11月10日 石川県立音楽堂コンサートホール(ライヴ録音)
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパンWPCS-12033(2007年6月27日発売) \1500(税込) 

ワーナーミュージック・ジャパン/オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)提携シリーズ5(2007年版)の第3回発売は,2006年11月に行われた定期公演の抜粋となっている。この公演には,2001年までOEKのプリンシパル・ゲスト・コンダクターを務めたジャン=ピエール・ヴァレーズが指揮者として登場し,「一ひねりあるスパニッシュ・ナイト」といったコンセプトの曲目が演奏された。当日,ゲストとして登場した若手ソプラノ歌手のオフェリア・サラが強い印象を残してくれたが,その歌をCDで聴ける点も嬉しい。

このCDに収録されている曲目は,モーツァルトの「エジプト王タモス」の音楽を除くとスペインを舞台とした劇と歌劇の中のアリアを集めたものになっている。コンセプト的に言うとモーツァルトの「フィガロ」または「ドン・ジョヴァンニ」序曲で始まる方がまとまりが良いのかもしれないが,この「エジプト王タモス」という曲の方も,エジプトを舞台とした作品ということで,類似性は感じられる。演奏される頻度の少ない曲を発掘する,という点からするとこの選曲の方が意義が大きそうである。

この「エジプト王タモス」であるが,今回収録されている3曲は,どの曲も「魔笛」と「ドン・ジョヴァンニ」を掛け合わせたような独特の暗さを持っており魅力的である。ただし,定期公演の時は,もう少し沢山の曲が演奏されていたので,せっかくなので他の曲も収録し欲しかった。

この収録曲を減らした理由は,続いて登場するオフェリア・サラのための序曲的な位置づけにしたかったからかもしれない。そういう意味では,このCDは,OEKのアルバムよりは,声楽曲のアルバムと言える。

オフェリア・サラの歌は,軽めの声でしっとりとした雰囲気を伝えてくれる。「フィガロ」「ドン・ジョヴァンニ」の両曲ともに,”夜の帳”の気分を持っている。親しみやすいキャラクターと同時に穏やかな哀愁を感じさせてくれるのも魅力的である。

以下はサラの”お国もの”の歌が続く。最初の「唇にバラを」は,アルバム全体のタイトルにもなっているとおり,このアルバムの中心になる曲で,約10分ほどかかる6曲から成る組曲である。オーケストラ伴奏付きの民族性を感じさせる歌曲ということで「オーヴェルニュの歌」を思わせる部分があるが,よりコンパクトで,小唄風の曲が続く。これは他の曲にも言えることなのだが,できれば原詞だけではなく歌各曲のタイトル名ぐらいは和訳が欲しかった。ほのかにエキゾティックな雰囲気は伝わるものの何を歌っているのか分からないもどかしさが残る。ちなみに作曲者のトルドゥラは,1895年生まれのスペインの作曲家である。

次の2曲は,サルスエラ(スペイン独特の伝統歌劇)の中の曲である。そのこともあり,オーケストラの伴奏などはより原色的でダイナミックな感じになる。サラの歌もさらに生き生きとしたものになり,ラテンの気分を強く伝えてくれる。チャピの曲の最後の部分などでは,瑞々しい伸びやかさを感じさせてくれ,とても気持ちが良い。「セヴィーリアの理髪師」の方は,やはり対訳がないため,ロッシーニの歌劇のどの曲に対応するのかよく分からないが,「今の歌声は」辺りに該当する曲なのかもしれない。瑞々しさと同時に堂々たる貫禄を聞かせてくれる。声にライブ録音ならではの高揚感があるのも素晴らしい。

オフェリア・サラという歌手は,まだ日本ではほとんど知られていないが,落ち着きのある安定した歌と同時に今回の「スペインもの」で特に顕著だった多彩な表情が魅力的である。大げさ過ぎずに,しかし,しっかりと聞き手の耳を捉えるような声をもった注目の歌手だと思う。

アルバムの最後は,サルスエラの気分を受けるようにファリャの「三角帽子」第1組曲で締められる。この曲は,ヴァレーズが好んで演奏している曲であり,過去の定期公演でも数回演奏されている。ティンパニや打楽器の充実した響き(この録音ではシルヴィオ・グアルダという人がティンパニを担当している),金管楽器群の爽快さ,木管楽器の鮮やかさを始め,原色的な響きを聞かせてくれるが,厳しく締め付ける演奏ではなく,明るく開放的な空気を伝えてくれる。

ただし,この第1組曲のエンディングについては,「終わった?」というちょっとすっきりしない感覚が残る。この定期公演では,ファリャ以外にもヒメネスのとても楽しい曲が演奏されていたので,アルバムとしては,むしろその曲で締めてくれた方が良かったと個人的には思った。

このCDが発売された頃,オフェリア・サラさんは,新国立劇場で行われている「ばらの騎士」公演に丁度出演中だったが,それと併せて注目を集める1枚になったのではないかと思う。

●録音
2006年11月10日に行われたOEK第210回定期公演Mのライブ録音(拍手はすべてカットされている)。アビゲイル・ヤングがコンサート・ミストレスを努めている。当日は今回演奏された曲以外にも数曲演奏されていた。CDの収録時間が約50分だったので,もう少し収録曲数を増やしてもよかったような気がする。(2007/08/16)