オーケストラ・アンサンブル金沢21
モーツァルト:ピアノと管弦楽のためのロンド;ハイドン:交響曲第104番 他

1)パーセル:歌劇「ディドとエネアス」組曲(序曲, 勝利の踊り(第1幕), 復讐の女神達の踊り(第2幕),リトルネッロ(第2幕), 水夫の踊り(第3幕), 魔女の踊り(第3幕)
2)モーツァルト/ピアノと管弦楽のためのロンド ニ長調 K.382
3)ブリテン/ピアノ、弦楽四重奏と弦楽合奏のための「若きアポロ」 Op.16
4)ディーリアス:小管弦楽のための2つの小品(春を告げるカッコウを聴く, 夏の夜に川面で)
5)ハイドン/交響曲 第104番 ニ長調 Hob.I-104「ロンドン」
●演奏
尾高忠明指揮オーケストラ・アンサンブル金沢,小菅優子(ピアノ*2,3)
マイケル・ダウス,江原千絵(ヴァイオリン*3),安保恵麻(ヴィオラ*3),ルドヴィート・カンタ(チェロ*3)
●録音/2009年3月21日 石川県立音楽堂コンサートホール(ライヴ録音)
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパンWPCS-12382(2010年5月26日発売) \1500(税込)


オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)21シリーズの2010年第2回発売は,2009年3月の尾高忠明指揮の定期公演をそのまま収録したものである。尾高がOEKとレコーディングを行うのは,今回が初めてであるが,尾高が得意とするイギリス音楽を核とすることで,尾高らしさをしっかりと感じさせてくれる1枚となっている。

モーツァルトのロンドだけは直接イギリスとは無関係だが(イギリス滞在を含む大旅行後からモーツァルトの初期のピアノ協奏曲は作られるようになったという点でつながりはあるが),パーセル,ブリテン,ディーリアス,ハイドンの「ロンドン」交響曲と並ぶ選曲は,イギリス音楽史をしっかりと俯瞰し,ストーリー性が感じられる。

最初に収録されているパーセルの歌劇「ディドとエネアス」組曲は,OEKが取り上げるのは珍しい作品である。最初のメニューに相応しく,ほのかに哀しみを滲ませながら,典雅さと温かみを持った世界を伝え,演奏会に導いてくれる。

モーツァルトのロンドもまた,温かみのある上品な気分で始まる。その上に,全く力んだところのない小菅さんのピアノの音が広がる。全曲を通じて,落ち着いたテンポ感が非常に心地良い。刺激的なところはないが,純度の高い音と音の絡み合いをしっかり堪能できる。

ブリテンの「若きアポロ」は,演奏される機会は多くない作品だが,大変魅力的な作品である。冒頭部から不思議な明るさと透明感に満たされており,異次元空間に紛れ込んだような新鮮さがある。小菅さんのピアノは,前曲から一転して,輝きのある音と切れ味抜群の技巧を駆使して颯爽と曲を支配する。それが心地良い。合奏協奏曲風に弦楽合奏が加わることで,音に遠近感ができ,独特のザワザワとした肌触りが感じられるのも面白い。

ディーリアスの2曲には,2枚の風景画といった趣きがある。尾高とOEKの演奏からは,うっとりとロマンティックな田園風景に浸る感じ,印象派の絵を見るような輪郭がはっきりとしないデリケートさが伝わって来る。その一方で,弦楽器の透明さ,木管楽器の凛とした美しさが音楽を引き締まったものにしている。

最後に収録されているハイドンの「ロンドン」交響曲は,ディーリアスとは対照的に,かっちりと組み立てられた音楽の立派さを伝えてくれる。しかし,第1楽章の冒頭から威圧的に響く部分はなく,平穏だけれどもスケールの大きな音楽に包み込まれる。ノン・ヴィブラートだけれども雄弁な弦楽器の響きも素晴らしい。主部に入っても慌てることはなく,メロディを美しく柔らかく歌わせる。その後の展開部では,緻密に音が積み重ねられる。過剰にドラマティックにならず,誠実さを感じさせてくれる音楽作りが素晴らしい。

第2楽章は,波のない水面を思わせる静かな音楽が続く。時々,ちょっとしたドラマや陰影が加わる辺り,人間の人生そのもののような時間の推移を感じさせてくれる。明朗で率直なメヌエットに続く第4楽章では,個々の楽器の演奏から音楽を演奏する楽しさが滲み出てくる。それが一体になって,大変味わい深い音楽を作っている。

近年,OEKの井上道義音楽監督も積極的にハイドンの交響曲を取り上げており,このCDの前月に第102番のCDがリリースされているが,それとは全く違った肌触りなのが面白い。シンプルな音楽だからこそ,指揮者の個性や人間性がストレートに音楽に反映しやすいのかもしれない。井上と尾高は同世代の指揮者だが,それぞれが魅力的なハイドン演奏になっているのが,OEKファンとしては嬉しい限りである。

これまでもOEKはテーマに統一感のある定期公演を行ってきたが,このCDに残されたプログラムは,その中でも特に個性的で魅力的なものだった。演奏会には1回性の魅力があるが,それを何度でも味わってみたいと思わせるような完成度の高さを持つアルバムとなっている。

●録音
2009年3月21日に行われた第258回定期公演のライブ録音。アンコールで演奏された曲以外の全曲が収録されている。コンサートマスターは,マイケル・ダウスだった。楽器の配置は,近年のOEKには珍しく,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが並ぶ配置だった。

(参考ページ)
第258回定期公演
(2010/08/08)