オーケストラ・アンサンブル金沢21
モーツァルト:レクイエム

●演奏
ニコラス・クレーマー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
ジュリエット・フレーザー(ソプラノ),アビ・スメサム(アルト),アンドリュー・ステイプルス(テノール),ジェイムス・マスタード(バス)
ケンブリッジ・クレア・カレッジ合唱団(合唱指揮:ティモシー・ブラウン)
ジェイムス・マクヴィニー(オルガン)
●録音/2004年7月5日 石川県立音楽堂コンサートホール(ライヴ録音)
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパンWPCS-11864(2005年7月27日発売) \1500(税込)
「オーケストラ・アンサンブル(OEK)金沢21」の第3弾は,2004年7月5日に行われた第164回定期公演で演奏されたモーツァルトのレクイエムのライブ録音である。指揮はOEKをたびたび指揮しているニコラス・クレーマーで,イギリスのケンブリッジ・クレア・カレッジ合唱団が客演している。

クレーマーは,古楽器奏法に通じたイギリスの指揮者ということもあり,今回のレクイエムの演奏にも古楽器奏法が取り入れられている。テンポはすべての曲について速め。アーティキュレーションは短め。音はすっきり透明である。曲全体の表情もドラマティックというよりは淡白である。

第1曲の「レクイエム」などもそれほど暗くはなく,さらりと流れていく。そのさりげない表情が美しい。オペラのようなドラマ性はなく,宗教音楽に相応しい,禁欲的な気分が自然に出ている。その中でティンパニの音だけは非常に強い。全曲の要所要所で楔を打つような強打が聞こえる。さりげなさの中にドラマ性を感じさせてくれる演奏と言える。

各曲の結び方はどれも,スッと優しく消えていくような感じで歌われており,品良く聞こえる。聞いていて全く疲れず,淡い悲しみが次第に染みてくる。私はこの曲の深刻さになかなかなじめずにいたので,今回の演奏は大変気に入った。

「キリエ」の出だしも非常にそっけない。ロマンティックな甘い情感はなく,質実で爽やかな曲の流れが全曲をピンと貫いている。合唱団,OEKともにそのポリシーを貫いている。

「怒りの日」も非常に快速である。怒り狂う気分は薄く,悲しみがスーッと走り抜けていく。「トゥーバ・ミルム」も圧迫感はない,後半ではその軽さ故にはかなささを感じさせる。

今回のソリストは全員クレアカレッジ合唱団の団員である。オーケストラ同様ヴィブラートの少ないすっきりとした清潔で若々しい声で歌われており,粒が揃っている。特に女声2人が良い。テノールはちょっと声がかすれている部分もあるが,この辺はライブ録音なので仕方がないかもしれない。

「レックス・トレメンデ」では,合唱団の実力を堪能できる。アマチュアと思えないほどよくトレーニングされており,薄過ぎず,厚すぎずのバランスの良い響きを聞かせてくれる。40名編成のOEKとのバランスも丁度良い。

「ラクリモサ」もすっきりとした表情を持つ。前半抑えていた分,後半では情感が大きく盛り上がって,涙があふれ出てくるように聞こえる。対向配置のヴァイオリンの音が,左右に揺れ,ノンヴィブラートの冷たくも美しい音が涙を感じさせる。

後半も,曲の流れに乗って一気に聞かせる。弟子のジュスマイアーが補作した後半の曲については,同じ素材が繰り返し使われている部分があるので,時折退屈することもあるが,この演奏だとそういうことはない。ライブ録音ならではの魅力だと思う。

合唱,オーケストラともに控えめな表情が一貫する「ホスティアス」のひっそりとした美しさ,「サンクトゥス」でのティンパニの祝祭的な感覚,続いて演奏される「ホザンナ」の節度のあるフーガ。「ベネディクトゥス」での淡々とした表情,途中に入る管楽器群の音色のまとまりの良さ。淡白な中に随所に味わい深さが盛り込まれている。最後はティンパニの乾いているけれども非常に重みのある音で結ばれ,心に悲しみが突き刺さる。

この演奏では,フーガなどの対位法的な動きのある部分でも,それほど厳格で堅苦しい感じはない。常に余裕がある軽やかさが感じされる。その一方,曲全体がぎゅっと圧縮されているので,個々の曲の印象よりは,曲全体としての印象が残る。ライブ録音らしく,一気に聞かせてくれる,素晴らしいレクイエムである。

■演奏・録音データ
2004年7月5日に行われた第164回定期公演のライブ録音。コンサートマスターは,アビゲイル・ヤングだった。クレーマーとOEKが共演したCDはこれが始めてである。

■参考ページ
オーケストラ・アンサンブル金沢第164回定期公演(2004/07/05)
(2005/09/08)