オーケストラ・アンサンブル金沢21
モーツァルト:ミサ曲ハ短調K.427

モーツァルト:ミサ曲ハ短調K.427
●演奏
ロルフ・ベック指揮オーケストラ・アンサンブル金沢,シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭合唱団
シモーナ・ホウダ=シャトゥローヴァ(ソプラノ),カチャ・ピーヴェック(ソプラノ),ヤロスラフ・ブレツィナ(テノール),イストヴァン・コヴァーチ(バス)
●録音/2005年7月24日シュレスヴィヒ大聖堂(ライヴ録音)
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパンWPCS-11923(2006年6月21日発売) \1500(税込)
「オーケストラ・アンサンブル(OEK)金沢21」の2006年度第3回目の新譜は,このシリーズ初の海外ライブ録音である。OEKは昨年2005年7月に行われたシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭(SHMF)にレジデント・オーケストラとして参加し,6回の公演を行った。このCDに収録に収録されているのは,その際,ロルフ・ベック指揮でシュレスヴィヒ大聖堂で行われた公演の演奏である。OEKはこの公演以外にもジェシー・ノーマンやトーマス・ツェートマイヤーなどとも共演を行い,高い評価を得たが,今回の録音は「SHMF参加記念CD」とも言うべき記念碑的な録音である。

この音楽祭の芸術監督でもあるベックは,過去数回OEKを指揮している。その結びつきが今回の招聘に繋がったようである。ベックは宗教音楽・合唱指揮の専門家として有名で,OEKともバッハのマニフィカト,モーツァルトの戴冠式ミサを演奏したことがある。今回はシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭合唱団及びヨーロッパの若手歌手たちととともにモーツァルトのミサ曲ハ短調K.427を演奏した。

この作品は,通常のミサ曲には含まれる「アニュス・デイ」が作曲されておらず,「クレド」も未完成という作品であるが,妻コンスタンツェとの結婚を記念して,個人的な動機から作曲されたという気合の入った作品だけあって,非常に充実した内容を持っている。レクイエムと並ぶモーツァルトの声楽曲の代表作の一つである。

曲全体には,指揮者のベックの厳格で貫禄のある,正統的な音楽作りが貫かれている。曲の冒頭のキリエから,ゆっくりとした揺るぎのない歩みを持った音楽が続く。今回の録音の行われたシュレスヴィヒ大聖堂は,非常に残響が長いが,その残響をたっぷりと味わわせてくれる聞き応えのあるテンポ設定となっている。フレーズごとにきちんきちんと念を押しながら進めていく感じなので,音楽は軽く流れすぎず,浮ついたところがない。ドイツ正当派の宗教音楽の鏡のような音楽を作り出している。時々,打ち込まれるトム・オケーリーさんの凄みのあるティンパニの音も曲の迫真性を増すのに貢献している。

その厳格さの一方で,コンスタンツェ自身が歌ったというソプラノ独唱の抒情的な歌の美しさも聞き物である。シモーナ・ホウダ=シャトゥローヴァの声は,透明感を持ちながらも底光りするような深みを感じさせてくれる。しっかりと染み渡るような声は厳格さの目立つオーケストラ・合唱の響きと好対照を作っている。その他の

全曲中では,アリア風の部分,ソプラノ二重唱,バッハ・ヘンデルの時代の宗教曲を思わせる部分など多彩な音楽が続くグローリアの部分が特に聞き応えがある。明確な対位法的な音の動き,重みとキレの良さを感じさせる付点音符,壮麗にまとめたアーメンの部分など,宗教音楽を得意とするベックの指揮で聞いていると,バッハの受難曲を聴いているような厳粛かつドラマティックな気分になる。このグローリアの最後の部分のアーメンが全体の頂点を築いている。

クレドから後も重量感のある音楽が続くが,この中ではソプラノのホウダ=シャトゥローヴァの独唱による「聖霊によって」の部分の穏やかな感動に満ちた歌が素晴らしい。彫りの深い音楽が続く中でオアシスのような癒しの時間を作ってくれている。

この録音は,本拠地の石川県立音楽堂とは違う旅先で録音されていること,通常のコンサート会場とは違う教会で行われていることもあって,OEKの作る音楽にもいつもとはちょっと違う雰囲気がある。演奏の方には古楽器奏法を意識した部分は感じられないが,常に緊張感と新鮮味溢れる音楽を作り出している。SHMF合唱団のバランス良さとダイナミックさを兼ね備えた充実感に満ちた響きと併せて,OEKの録音してきたCD録音の中でも特に聞き応えのある1枚になっている。

■録音データ
2005年7月24日にドイツのシュレスヴィヒ大聖堂で行われた公演のライブ録音。会場のノイズはほとんどないが,演奏終了後,かなり間をおいて拍手が始まりライブ録音だと気付かされる。宗教音楽の演奏後らしく,熱狂的ではなくしみじみとした拍手であるのが印象的である。

コンサート・ミストレスはアビゲイル・ヤング。通常のメンバーにトロンボーン3名とオルガンがエキストラで加わっている。SHMF合唱団はオーディションで選ばれたメンバーによる合唱団で,この公演には50名ほどが参加している。

2005年のSHMFは,「日本」がテーマとなり,OEKがレジデンス・オーケストラとして招聘された。その返礼として,クリストフ・エッシェンバッハ指揮SHMF管弦楽団が日本公演を行った。(2006/07/15)