オーケストラ・アンサンブル金沢21
松村禎三:ゲッセマネの夜に,シューベルト:交響曲第8(旧9)番「ザ・グレート」

1)松村禎三:ゲッセマネの夜に(2001年度OEK委嘱作品)
2)シューベルト:交響曲第8(旧9)番ハ長調D.944「ザ・グレート」
●演奏
岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
●録音/2002年9月8日(1),2003年4月24日(2) 石川県立音楽堂コンサートホール(ライヴ録音)
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパンWPCS-11880(2005年9月21日発売) \1500(税込)

「オーケストラ・アンサンブル(OEK)金沢21」の第5弾は,岩城宏之OEK音楽監督による「ザ・グレート」を中心とした1枚である。当初,今回のシリーズにはオリバー・ナッセン指揮のCDが入っていたが,それが何らかの理由で発売されなくなったため,岩城指揮のこの1枚が代わりに加わったものと思われる。しかし演奏の方は「代わり」という感じではなく,近年の岩城さんらしい充実した1枚となっている。特に「ザ・グレート」の若々しい推進力は聞いていて大変気持ちが良い。

日本人作曲家の新曲と古典的な曲を組み合わせて発売するというやり方は前回のブラームスの交響曲第2番の時と同様である。この2曲は,作曲された時代も曲想も全然違うのだが,意外に取り合わせが良いと感じた。どちらも執拗に続くリズムが特徴となっているからである。偶然そうなったのかもしれないが,東洋の瞑想的な繰り返しと西洋の構築的な繰り返しとを対比して楽しめる。

最初に収録されている「ゲッセマネの夜に」は,OEKが委嘱を行なった作品で2002年の定期公演で初演されている。ジオットの宗教画にインスパイアされて作られた作品で,夜の静けさの中にひたひたと緊迫感が押し寄せてくるような作品である。渋く重い響きが中心だが,聞き難い作品ではない。途中から「トトトトトト...」というリズムが出てきて段々と盛り上がってくる。このリズムが次第に警告のような響きに感じられてくる。途中に出てくるマイケル・ダウスさんによるヴァイオリン・ソロもミステリアスな気分を作っている。最後はどこか安堵感のある響きになり,最初の静けさに戻る。松村禎三は,映画音楽をはじめドラマのための音楽も沢山作っているが,そういう劇的な要素と重厚でオーソドックスな響きと室内楽的な精緻さとがバランス良く取れている作品である。

シューベルトの「ザ・グレイト」は全体に速目のテンポで流れ良く演奏されている。その中で序奏は比較的落ち着いたテンポで演奏されている。冒頭のホルン・ソロは過剰な表情がなくすっきりと演奏されている。それに続くオーボエや弦楽器には繊細な歌心が満ちている。室内オーケストラならではの薄い響きの弦楽器の音はとても瑞々しい。

重苦しくはないが全曲の要になるような重さを感じさせるこの序奏の後,アッチェレランドをして,主部に入っていく。この軽やかさは,その後,全曲に渡り一貫している。直線的なテンポと踊るようなリズムに満ちており,とても70歳を超える指揮者の音楽とは思えない。特に木管楽器群の「トトトトトトト...」というリズムが非常に気持ちが良い。

第2主題は少しテンポを落として,その存在を印象付けるがそのエネルギーと軽快さは変わらない。トロンボーンが新しい主題を出してくる辺りのひっそりとした弱音も印象的である。展開部になると同じ音型の繰り返しが目立ってくる。退屈させるのではなく,次第に気持ち良さに変わってくる。そして,第1曲に聞いた「ゲッセマネの夜に」の繰り返し音形の残像のように感じられてくる。思わぬ一致に嬉しくなる。

再現部でも,同一音型の繰り返しが続くが,これがしつこく感じられない。さらに爽やかさを増して盛り上がって行く。この辺のスピード感が素晴らしい。コーダでは少しテンポを落とし,序奏に対応するような「どっしり感」を残して締められる。

第2楽章はのんびりとひなびた歩みで始まるが,リズムは軽快である。風格と軽さがしっかりと表現されている。それに水谷さんのオーボエの控えめで可憐な響きが加わり,大変魅力的な雰囲気をかもし出している。中間部のさりげないけれども静かな歌に満ちた部分も素晴らしい。大切なものをいとおしむような優しさが溢れている。

楽章後半で,強奏の後,一旦大きな休符が入るが,その緊張感のある対比も聞き応えがある。その後に続く,ひそやかに流れる音楽では,弦楽器の伴奏のピツィカートに至るまで血が通っており室内オーケストラの良さが感じられる。

第3楽章はキレが良く,小回りの良さを感じさせてくれる。このキビキビとしたリズム感はいかにも岩城さんらしい。音楽の自然な流れの良さも魅力的である。トリオの部分では,邪心のない音楽の戯れを聞くことができる。ホッとさせてくれるような穏やかで平和な世界がいつまでも続いて欲しいと感じる。最後,主部の勢いが戻ってくる。

その勢いのまま第4楽章に入っていく。ここでもリズムのキレは大変良く,さらに熱気を増している。リズムの繰り返しのしつこさは相変わらずだが,これだけサクサクと進むと,とても気持ち良く感じる。全曲のクラマックスでも溜めを作らず,最後の音を短く切って終わっているのも岩城らしいところである。質実剛健な潔さを感じさせる。

全曲を通じて,非常に健康的な感じのする演奏である。曲の流れが直線的で,聞いていて段々と元気が出てくる。岩城/OEKはベートーヴェンの交響曲第7番を頻繁に演奏しているが,キビキビとしたリズムを中心とした曲作りという点では,どこかと共通する雰囲気を感じさせてくれる。この曲の標題となっている「ザ・グレイト」というイメージとは少し違うのかもしれないが,長さを全く感じさせない好感度抜群の演奏である。この演奏は岩城/OEKらしさがすみずみまで浸透した名演だと思う。

■演奏・録音データ
「ゲッセマネの夜に」は2002年9月8日,「ザ・グレイト」は2003年4月24日に行なわれたOEKの定期公演のライブ録音である。前者のコンサートマスターはマイケル・ダウス,後者のコンサート・マスターはサイモン・ブレンディスだった。「ザ・グレイト」ではトロンボーン3人が加わっており,コントラバスも3人に増強されている。

■演奏時間の比較
「ザ・グレイト」はかなり速い演奏だがもっと速い演奏がないか調べてみたところ,ジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団のものが岩城指揮のものよりもっと速いことがわかった。

  第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章 合計
岩城/OEK(2003年) 13:12 14:21 10:16 11:05 48:54
セル/クリーブランドO(2002年) 13:31 13:37 9:06 10:30 46:44

■参考ページ
オーケストラ・アンサンブル金沢第126回定期公演(2002/09/08)
オーケストラ・アンサンブル金沢第140回定期公演(2003/04/24)

(2005/11/04)