オーケストラ・アンサンブル金沢21
ビゼー:小組曲「子供の遊び」/ドビュッシー:バレエ音楽「おもちゃ箱」
1)ビゼー/小組曲「子供の遊び」
2)ドビュッシー(カプレ編曲)/バレエ音楽「おもちゃ箱」
●演奏
井上道義(指揮・演出・ナレーション) オーケストラ・アンサンブル金沢
●録音/2008年3月22日 石川県立音楽堂コンサートホール(ライヴ録音)
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパンWPCS-12133(2008年6月25日発売) \1500(税込) 

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)21シリーズの2008年第3回発売は,井上道義音楽監督の指揮(そして,ナレーション!)による,フランス音楽集である。OEKの音楽監督が井上に代わって以来,フランス音楽重視する傾向が見られるが,そのことを反映するようなプログラムとなっている。

もう一つのキーワードは,「子供」である。井上は,これから先のクラシック音楽の盛衰は,子供たちがどれだけクラシック音楽に関心を持ってくれるかに掛かっていると常に考えているようなところがある。2008年5月に金沢で行われた「ラ・フォル・ジュルネ金沢」にも,その視点を強く感じた。

このアルバムに収録されている2曲とも,子供に関する曲である。しかし,そこには大人の視線があり,大人が聞いても楽しめる音楽となっている。

最初の「子供の遊び」は,5曲の小品からなる組曲で,テンポの速い曲と緩やかな曲とが交互に並ぶ。冒頭の行進曲から管楽器の音を中心としたカラッとした感覚が気持ち良い。低弦のビートもしっかり効いており,生き生きとした気分に満ちている。最初の曲ということで,控えめに演奏しているが,その抑制した感覚もおもちゃの行進っぽくて良い。

この行進曲だが,今回改めて聞いてみて,どこかマーラーの「子供の不思議な角笛」の中の1曲に雰囲気が似ていると感じた。もしかしたら井上の指揮にもその辺を意識した部分があったからなのかもしれない。

2曲目の子守唄は,井上の「永遠の少年」的な感性が感じられる魅力的な演奏である。「爽やかな自己陶酔」という気分が漂っている。3曲目の間奏曲の小粋な雰囲気は,井上の指揮が目に見えるようである。4曲目の二重奏にも2曲目に通じる陶酔感があるが,さらに流麗さを増し,演奏全体の一つのクライマックスを築いている。終曲のギャロップは,リズムのキレ味と躍動感が素晴らしく,ライブ的な高揚感とともに,すっきりかつ熱く締めくくっている。この曲は,なぜか,これまでOEKが演奏する機会の少なかった作品だが,まさにOEK向きの作品であると実感した。

後半に収録されている「おもちゃ箱」は,演奏される機会が多くない作品だが,トロンボーンの入らない編成ということで,OEKの基本編成(+パーカッション等)で演奏できる数少ないドビュッシーのオーケストラ作品である。オーケストラのステージ全体をおもちゃ箱に見立て,その中のおもちゃの人形たちが,夜になって動き出す様子を描いている(ちなみに,朝になって元に戻るというのも,「くるみ割り人形」「おもちゃのチャチャチャ」など,おもちゃの出てくる音楽と共通)。

鮮明なストーリーはないので,夢の中の世界のように,断片が次々登場するような内容となっているが,この夢想的な内容に,指揮者の井上によるオリジナルなストーリーとナレーションが加えられているのがこの演奏のいちばんの特徴である。

バレエ音楽をコンサートで再現するために取られた面白いアイデアであり,2008年3月に行われた実演の方も,OEK団員や石川県立音楽堂の職員のパフォーマンスが加わることで,非常に楽しい内容となっていた。

この公演をCD化した内容ということで,お客さんのざわめきなども収録されているが,この公演に行かなかった人には,「なぜ,笑っているのだろう」と少々もどかしい部分もあるかもしれない。井上のナレーションは,非常にこなれており,どこまでがシナリオでどこからがアドリブなのか分からないくらいである。指揮をしながら演技やナレーションをすること自体滅多にないことだが,そのライブ録音となると,ほとんど過去に例がないのではないかと思う。ライブ収録なので,少々,マイクの音が遠い部分もあるが,会場の雰囲気はよく伝わってくる。実演を聞いた時は,もっと沢山セリフを語っていたような気がしたが,今回CDを聞いてみると思ったよりもセリフは少なく,ドビュッシーの音楽をしっかりと聞いた気分になる。

このように特殊な設定で演奏された演奏なのだが,指揮者の井上の「チャレンジングな感性」,「子供っぽい発想」そして「舞台芸術に対する適応性」がしっかりと反映されており,大変生き生きとした音楽になっているのが素晴らしい。OEKの奏者たちも,それぞれが演技をしながらの演奏ということで,どこか遊びの感覚が曲全体に満ちている気がする。

オーケストラのサウンドの方は,ピアノやチェレスタなどの入る小編成オーケストラ向けの作品ということで,どこかクールな雰囲気がある。甘いメルヘンというよりは,ちょっとひねった感覚があるのが,井上のナレーションの雰囲気にもよく合っている。

この演奏については,映像付きで見たかったという思いもあるが,私の個人的な経験からすると,映像なしの演奏の方が繰り返し楽しめるものである。今回,この文章を書くために繰り返しこのCDを聞いているが,井上の語りは,不思議と飽きが来ない。井上は,さらりとやっているが,意外なことに(?)大人が繰り返し聞いても楽しめる味わい深いCDとなっている。日曜日の夜,「明日から職場に行きたくないなぁ」といった状況で聞いても,ぴったり来るような気する。お試し下さい。

●録音データ
2008年3月22日に行われた定期公演のライブ録音。演奏会後約3ヶ月で発売されたことになる。OEKの奏者たちは,立ち上がって演奏したり,歩き回って演奏したり,かぶりものをかぶったり,寝た真似をしたり...ありとあらゆるパフォーマンスを行っていたが(この演奏については,以下の演奏会レビューを参照),CD録音の方では何事もなかったように見事な演奏を聞かせている。

オーケストラ・アンサンブル金沢第238回定期公演PH 2008/03/22 

特に以下の管楽器の奏者たちは,自分のソロの部分で立ち上がって演奏していた。フルート:上石薫,オーボエ:水谷元,コールアングレ:加納律子,クラリネット:遠藤文江

その他,コンサート・マスターのサイモン・ブレンディスと井上とがつかみ合いをするパフォーマンスがあったが...見られないのは残念である。
(2008/07/06)