オーケストラ・アンサンブル金沢21
堀内貴晃/あばれ祭りに寄せて,アウエルバッハ/憂鬱な海のためのセレナード,ベートーヴェン:交響曲第4番
1)堀内貴晃/小編成管弦楽のためのCopriccio:あばれ祭りに寄せて
2)アウエルバッハ/憂鬱な海のためのセレナード
3)ベートーヴェン/交響曲第4番変ロ長調op.60
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*2),ルドヴィート・カンタ(チェロ*2),松井晃子(ピアノ*2)
●録音/2008年7月26日 石川県立音楽堂コンサートホール(ライヴ録音)
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパンWPCS-12291(2009年4月22日発売) \1500(税込)  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)21シリーズの2009年第1回発売は,2008年7月26日に行われた井上道義指揮の定期公演の一部を収録したものである。この演奏会は,2008年の夏に行ったOEKのヨーロッパ公演で取り上げた作品の中から4曲をピックアップした「壮行演奏会」だった。外国向けということを意識して,現代日本の作品を1曲,OEKの財産であるコンポーザー・イン・レジデンスの作品を1曲,最後にOEKの公演の定番であるベートーヴェンの交響曲という形となっている(定期公演の時は,この3曲以外にハイドンの交響曲第96番「奇跡」が演奏されている)。

最初に収録されている堀内貴晃の作品は,1998年,OEK創立10周年記念の際に行われた作曲登竜門オーディションで最優秀で選ばれ,岩城宏之指揮で初演されたが,その後は,演奏至難な曲ということもあり,ほとんど演奏されてこなかった。2008年夏のヨーロッパ公演を機会に再演されることになった,いわば「幻の名作」である。変拍子が連続する点が「あばれ祭り」を思わせるが,改めてCDとして聞いてみると,古典的な清潔感が漂うような所もあり,とても気持ちよくまとまって聞こえる。穏やかな雰囲気になる中間部などにも,和風の叙情性が漂う。初演後,10年が経ち,満を持してOEKの基本的レパートリーとして手中に入ってきた演奏と言える。

次のアウエルバッハの曲は,2002年,彼女がOEKのコンポーザー・イン・レジデンスを務めていた際に作曲した曲で,同年の定期公演で岩城宏之指揮で初演されている。ピアノ三重奏の編成のソリスト3人(初演はギドン・クレーメルを想定していたが,その時は急病でOEKのコンサートマスターのマイケル・ダウスに変更になった)+弦楽合奏という編成ということもあり,バロック時代の合奏協奏曲を思わせるが,ジャケットに使われている写真の通り,チェロ,コントラバス以外の弦楽合奏はステージの奥で全員起立して演奏するという独特の形を取っている。つまり,指揮者及び独奏3人との間にかなり大きな空間ができる。

このことが演奏にも影響しており,演奏の背景に透き通るようなスケール感のある音が流れる。この上にヤングさん,カンタさんが堂々としたやり取りを聞かせる。弦楽器のみの編成の中から,松井さんのピアノの硬質な音が全体の響きを引き締めるように聞こえてくる。ちょっと難解な現代音楽風の響きもするが,特に独奏3人の演奏には,ピアソラの曲やジャズのセッションを思わせるような自在さがあり,詩的で文学的な気分を常に漂わせている。音楽が進むにつれて,曲の持つ深い世界に包み込まれてしまうような部分があり,それが大変魅力的である。いちばん最後の部分でカンタさんのチェロが演奏する「ギ,ギ,ギ...」という違和感のある音も不思議な余韻を残す。

最後のベートーヴェンの交響曲第4番は,ベートーヴェンの交響曲を積極的に取り上げているOEKとしては,比較的演奏する頻度の少ない曲である。今のところ,金聖響さん,ギュンター・ピヒラーさん共にOEKとはCD録音を残していない。

第1楽章は,まず序奏部と主部のコントラストが鮮やかである。演奏全体としてはすっきりとまとまっているのだが,弦楽器の音にはしっかりと地に足のついた落ち着きと高級感があり,その上に管楽器が鮮やかな音色を聞かせる。演奏全体に強靭さがあるのもOEKらしい。ヴァイオリンの音は非常にすっきりしており,トランペットのアクセントの付け方も鋭く,ちょっと古楽奏法を思わせる部分があるのも新鮮である。

第2楽章は,どこにも余分な力が入っていないが,背後にしっかりとした拍動のエネルギーを感じさせてくれる。シンプルに,しかししっかりと歌われた弦楽器の響きも魅力的である。第3楽章もスピード感があり,非常にすっきりとまとまっている。さらりとしながらも,しっかりと流れているので大変爽やかである。

第4楽章は,精緻な音の動きを,楽章の最初からキレ味良く聞かせてくれる。ライブならではの大変ノリの良い演奏で,OEKの各奏者の名技性をアピールしている。荒々しくないのに音の爆発力や鮮やかさがしっかりと伝わって来る見事な演奏である。

全体として古典的なまとまりの良さの中に緊迫感と推進力のある音のドラマを盛り込んだ,非常にバランスの良い演奏となっている。第1楽章の呈示部の繰り返しを行っていないが,これも演奏の推進力を高めていると思う。

このアルバムは,全く違うタイプの3曲を収録しながら,全く違和感なくコンパクトにまとまっているのが面白い。どの曲からもOEKらしさが伝わって来るという点で,井上道義+OEKの目指す方向性が凝縮された1枚と言える。

●録音データ等
2008年7月26日に行われたOEK第245回定期公演のライブ録音。ただし,拍手等は収録されていない。コンサートミストレスはアビゲイル・ヤングだった。このCDの収録時間は,43分と大変短いので,もう1曲この公演で演奏されたハイドンの交響曲第96番「奇跡」も十分収録できるが,この辺は,今後のCDの発売計画と関係があるのかもしれない。

このCDのジャケットには,金沢市にある名勝・兼六園のことじ灯篭の写真(文字通り絵に描いたような写真)が演奏とは全く関係なく使われている。このミスマッチぶりは,意図してのものだと思うが,いろいろな意味で大変分かりやすいジャケットである。2009年度発売分の今後のジャケットにも注目したいと思う。

演奏時間の比較
岩城宏之指揮OEKの過去の録音と演奏時間を比較してみた。岩城の方が速く見えるが,井上版では第4楽章の繰り返しを行っているので,実際は井上盤の方が速い。
第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章 合計
井上(2008) 8:57 9:23 5:26 6:18 30:04
岩城(1994) 9:33 9:16 5:45 5:07 29:41
(2009/06/09)