オーケストラ・アンサンブル金沢21
三枝成彰/ピアノ協奏曲「イカの哲学」,ベートーヴェン:交響曲第1番
1)三枝成彰/ピアノ協奏曲「イカの哲学」(2008年度OEK新曲委嘱作品・世界初演)
2)ベートーヴェン/交響曲第1番ハ長調op.21
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
木村かをり(ピアノ*1),薮内俊弥(語り*1)
●録音/2008年9月10日 石川県立音楽堂コンサートホール(ライヴ録音)
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパンWPCS-12292(2009年5月27日発売) \1500(税込)   

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)21シリーズの2009年第2回発売は,2008年9月10日に行われた井上道義指揮の定期公演の一部を収録したものである。この定期公演は,岩城宏之メモリアル・コンサートとして行われたが,そこから岩城宏之音楽賞受賞者の荒井結子さん独奏によるハイドンのチェロ協奏曲を除いて収録した形となる。この演奏については,いずれ別の形でCD化されることになるのかもしれない。前月に発売された2009年第1回分同様,現代曲とベートーヴェンの組み合わせということで,姉妹編的なアルバムとなっている。

まず,最初に演奏されている三枝成彰作曲のピアノ協奏曲「イカの哲学」だが,相当に型破りの作品である。ピアノ協奏曲にタイトルが付いていること自体珍しいが,それにナレーションが加わっている。このナレーションは,純粋な語りでもなく,音楽的な抑揚も持っているのでシュティンメンといった感じである。そして,そのナレーションのテキストとなっている題材もまた変わっている。

タイトルにもなっている「イカの哲学」は,中沢新一著の書籍のタイトルにちなんでいる。通常,音楽が付けられるテキストと言うのは,詩,小説,戯曲といったところだが,哲学の本に音楽を付けるというのも相当変わっている。ちなみにこの中沢の「イカの哲学」は,波多野一郎が残した著作「烏賊の哲学」に解説を加えたもので,イカが人間とコミュニケーションがとれたら,という発想から本質的な意味での世界平和を説くというものである。

曲は,音の奔流といった感じで始まる。木村かをりさんの演奏するピアノパートは,非常にメカニカルで,永遠に続く生命力を象徴しているように思える。薮内さんのナレーションは,非常に堂々としており,オーケストラと対等に渡り合っている。音楽の書き方自体も,声が埋もれないように工夫がされている。

途中,OEKの奏者たちによる「足踏み」の音が入り,不吉で意味深な気分を出したり(戦争の足音が聞こえる...といったイメージ),「語り」が「歌」に変わったり,様々な工夫がされている。シアターピース的な面白さを感じさせてくれる点で,オペラ作曲家としての三枝さんならではのピアノ協奏曲と言える。最後は輝かしい和音で大きく盛り上がって終わるが,散文的なテキストが内容を持ったドラマになっていたのもとても面白かった。

CDの後半は一転して,均衡の取れた古典派音楽の世界になる。この対比も面白い。ベートーヴェンの交響曲第1番の冒頭のハッとさせるような響きによって,演劇の場面転換のような感じで空気が変わる。

交響曲第1番だが,序奏部から慌てることなく非常にしっとりと歌われている。主部に入ってからもとても丁寧な音楽が続き,神経質なわけではないが,大切なものを扱っているような喜びを感じさせる。呈示部の繰り返しを行っているが,第4番の場合と違って,留まろう留まろうとする気分が伝わって来る。そのこともあり,「第1番にして既に大曲」的な存在感を漂わせた演奏となっている。終結部でのトランペットの強調も

第2楽章は落ち着きと心地良い推進力を持った演奏である。弦楽器のしっとりとした響きを中心に,ホールの空気を感じさせてくれるような豊かで自然な響きを楽しむことができる。第3楽章のスケルツォ風のメヌエットは,キレの良い小気味良さと中間部のひっそりとしたデリケートさの対比が良い。

第4楽章は堂々とした一撃で始まるが,すぐに,井上さんならではの,少しユーモラスでリラックスした雰囲気になり,微笑みをたたえた音楽がすっきりと流れる。井上さんは,ハイドンの交響曲を好んで取り上げているが,そのことを実感させてくれるような演奏である。このCDが収録された定期公演では,この曲が「トリ」だったが,最後はそれに相応しく,祝祭的な高揚感とともに堂々を締めくくられる。

このCDで取り上げられている2曲は全くといってほど共通点がないが,前述のとおり,鮮やかな対比を感じさせてくれる。また,何よりも,ちょっと他にはないオリジナリティ溢れるピアノ協奏曲を楽しむことができる。かつて映画のキャッチ・コピーになぞらえて言うと「読んでから聞くか?聞いてから読むか?」といったところのある一枚となっている。いろいろな媒体への関心を広げてくれる点で,これもまた井上+OEKらしいアルバムと言える。

●録音データ等
2008年9月10日に行われたOEK第246回定期公演のライブ録音。ただし,拍手等は収録されていない。コンサートミストレスはアビゲイル・ヤングだった。このCDの収録時間は,39分と大変短い。もう1曲この公演では,ハイドンのチェロ協奏曲第2番が演奏されているが,今後,ハイドンばかりを集めたCDとして発売されるのかもしれない。

今回のCDのジャケットは,金沢市にある東茶屋街の写真が使われている。。

演奏時間の比較
岩城宏之指揮OEKの過去の録音と演奏時間を比較してみた。両者とも第1楽章呈示部の繰り返しは行っており,ほぼ,同様の時間である。
第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章 合計
井上(2008) 9:22 6:03 3:30 5:43 24:38
岩城(1994) 9:44 6:30 3:35 5:29 25:18
(2009/06/09)