オーケストラ・アンサンブル金沢21
モーツァルト:ピアノ協奏曲第14番,交響曲第35番「ハフナー」他
1)エルガー/弦楽のためのセレナードホ短調 op.20
2)モーツァルト/ピアノ協奏曲第14番変ホ長調K.449
3)シュニトケ/ピアノと弦楽のための協奏曲
4)モーツァルト/交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」
5)マルムスティン(ヨハンソン編曲)/サヨナラは手紙で
●演奏
ラルフ・ゴトーニ(指揮;ピアノ*2,3)オーケストラ・アンサンブル金沢
●録音/2008年4月26日 石川県立音楽堂コンサートホール(ライヴ録音)
●発売/ワーナー・ミュージック・ジャパンWPCS-12134(2008年7月23日発売) \1500(税込) 

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)21シリーズの2008年第4回発売は,2008年4月26日に行われたラルフ・ゴトーニ指揮の定期公演を丸ごと収録したものである。厳密には,モーツァルトのピアノ協奏曲の後に演奏されたアンコール曲だけは収録されていないが,それでも収録時間74分というのは,OEK21シリーズの中でも最長のものの一つである。選曲にも”OEKらしさ"がよく出ており,このシリーズの典型と言っても良い1枚である。

最初のエルガーは,弦楽器のみによる演奏だが,全編に漂う叙情性と軽快なリズムが心地よい。ゴトーニは,フィンランド出身でイギリス室内管弦楽団の指揮者として活躍されているが,イギリス音楽と北欧の音楽にはどこか共通する性格があることを再認識させてくれるような演奏である。OEKの弦楽セクションの作り出す,ほの暗く少し湿ったような空気感が素晴らしい。第2楽章もチャイコフスキーの弦楽セレナードの緩徐楽章を思わせるしっとりした濃さを持っているが,適度な爽やかさもある。第3楽章は,最初の楽章の気分が戻ってくる。曲全体の長さは12分ほどなのだが,最初の楽章が回帰してくる”懐かしさ”は,ドヴォルザークの弦楽セレナードとも似た部分がある。演奏会の最初の曲にぴったりの,適度な緊張感と適度な華やぎを持った演奏である。

モーツァルトのピアノ協奏曲第14番は,第20番以降のピアノ協奏曲に比べると演奏される機会の少ない曲である。確かに全体的に地味なところはあるが,ゴトーニの弾き振りによる正攻法の演奏は,「こんな良い曲がありますよ」と静かにアピールしているようである。

第1楽章はおっとりとした雰囲気で始まる。ゴトーニの作る音楽は,どの曲についても,しっかりとした抑制が効いている。軽薄に流れることはないので,聞いていて飽きが来ない。それでいてリズムのキレは良く,メロディも十分に歌われている。ピアノ演奏の方も華やかなものではないが,一つ一つのタッチに力と落ち着きがある。OEKの演奏ともども曲全体に透明感があり硬質な質感が感じられる。

第2楽章の抑えの聞いた歌も素晴らしい。抑制することによって,感動がさらに深く広がるようなところがある。ピアノの音の存在感は,ここでも素晴らしく,OEKの透明感のある響きとのバランスも絶妙である。互いに主張し過ぎないのにしっかり意図が通じ合っているような気持ちよさがある。

第3楽章にも軽妙さはあるが,全体としては着実で安定した気分がある。OEKはノンヴィブラート気味に演奏しており,すっきりとした清潔感のある音楽を聞かせる。各パートがフーガのように絡みあう部分の精緻さも面白い。小粋さと音の重さが同居しているようなところがあり,しっかりとした充実感を残してくれる。過不足のないスタンダードな演奏と言える。

シュニトケのピアノ協奏曲は,このアルバムの中では異質な選曲である。しかし,現代の作品とはいえ,それほど聞きにくい曲ではない。むしろアルバムの全体の中では,良いアクセントになっている。ゴトーニ自身,この曲を得意としているようで,CD録音はこれが再録音になる。演奏の方もどこか古典的な清潔感を感じさせる部分がある。そのシンプルさに対抗するような”どぎつさ”が随所にあるのは,やはり現代曲である。

この曲でもゴトーニさんの硬質で冷たく光るような重いタッチが印象的である。曲中,「ドーレーミー」という感じの単純なモチーフが何回か明確に出てくるが,その後に続く激しい不協和音など非常に刺激的である。低音のオスティナートの上に扇情的な音楽が続く部分などもショスタコーヴィチの音楽を思わせるような迫力と面白さがある。この曲などは,繰り返し演奏されれば,室内オーケストラ用のピアノ協奏曲のレパートリーとして定着するような可能性もあると思う。その意味でもこのCD録音の意義は大きいだろう。

定期公演では最後の曲として演奏されたモーツァルトの「ハフナー」交響曲は,OEKが十八番としている作品である。全曲どこを取ってもすっきりと引き締まった演奏で,古典的な清潔感を感じさせる演奏となっている。オーケストラの音のバランスが素晴らしく,完成された彫刻を見るような品格の高さを感じさせてくれる。

第2楽章なども,停滞感は全くなく,透明な音楽がすっきりと流れていく。情に流れる部分は皆無で,精緻で滑らかな音楽が続く。第3楽章も大げさな音楽ではないが,十分な躍動感があり,第2楽章と絶妙のバランスを作っている。トリオの部分との変化もくっきりと付けられており,大変鮮やかな印象を残す。

第4楽章もまた精緻な演奏で,全曲をすっきりまとめている。パンチ力のある引き締まったアクセントが鮮烈だが,全体のバランスを壊すことはない。トランペットやティンパニの音も,フィナーレに相応しい華やかさを持つが,うるさい感じは全くしない。スピード感があるのに,慌てたところが無く,そことなくユーモア感覚させ漂わせているのもさすがである。OEKは,日本国内のオーケストラの中で最も頻繁にこの曲を演奏している団体だと思うが,その本領が発揮された間然とするところのない演奏である。

CDの最後には,当日アンコールとして演奏された,マルムステンの「サヨナラは手紙で」が収録されている。これは,この公演を生で聞いた人には,絶好のプレゼントである。ピチカート・ポルカ風の弦楽器の親しみやすい響きと何ともとぼけていてそれでいて哀愁の漂う空き瓶か何かを叩いたような音との交錯が面白い。

このOEK21シリーズについては,複数の公演を組み合わせて1枚にしたものもあるが,今回のような「演奏会を丸ごと収録」という形が理想的だと思う。クラシック音楽だけではなく,CD業界全体として売り上げが下がっている中で,このOEKの定期公演シリーズの発想は面白い。音楽雑誌にとってみれば,交響曲に入れるか,協奏曲に入れるか,現代曲に入れるか,かなり迷うCDであるが,そこが新しさでもある。OEK定期会員向けの特典を付けるなど,さらに付加価値を付けた売り方も考えられる気はするが,今後も是非この形を続けて欲しいと思う。

●録音データ
2008年4月26日に行われた定期公演のライブ録音。演奏会後約3ヶ月で発売されたことになる。拍手は,定期公演の本割最後の「ハフナー」の後とアンコール曲の後にのみ収録されている。この日のコンサート・ミストレスは,アビゲイル・ヤングだった。

第240回定期公演M

(2008/10/18)